古墳09 埴輪作り
「うんしょ! ふぅ……重っ!」
アリスは粘土がぎっしり入った籠を、藁を編んだ大きな敷物の上へ、どすんと下ろした。
思っていた以上に重く、腕がジンジンする。
大きく息を吐いて、呼吸を整えながら周囲を見る。
敷物には、粘土質の土が積まれ、周りでは五、六人の女たちが、朝から黙々と土をこねていた。
後ろに束ねた長い髪が、泥に汚れても、気にせずに作業に集中している。
ばんっ。
ばんっ。
勢いよく粘土を叩く音が響く。
真ん中で一番忙しそうに動いているのは、ハニャさんの奥さんだった。
小柄な身体なのに動きは誰よりも素早い。
水を少し加え、砂を混ぜ、粘土を叩いては手触りを確かめる。
「……すご」
アリスは思わず見入った。
昨日まで優しいお母さんにしか見えなかった人が、今日はまるで職人だ。
周りの女性たちも、奥さんの様子を見ながら作業を進めている。
土作りのリーダーみたいだ。
その横では、おばあちゃんが平たい木の板の上で、粘土を細長く転がしていた。
ころころ。ころころ。
まるで太いうどんだ。
一本作ると、また粘土をつまんでとり、木の板の上でコロコロし始める。
また一本、そしてまた一本。
同じ太さのうどん粘土が、どんどん出来上がっていく。
「……埴輪、作ってるんだよね?」
どう見ても、うどんだった。
アリスは首を傾げながらも、新しい籠の粘土を奥さんの前へ運ぶ。
気づけば両手は泥だらけだった。
その時だった。
少年がやって来る。
ちらっとアリスと目があったような気がしたが、するすると女性達の背中を回り込み、おばあちゃんが作った"うどん"を、両腕いっぱいに抱え上げると、そのまま軽い足取りで走っていった。
「あっ!」
何に使うんだろう。
気になったアリスは思わず首だけでその姿を追ってしまう。
すると奥さんが笑いながら手を振った。
「シッ、シッ」
「え?」
追いかけていいの?
奥さんは笑ったまま頷いている。
「……いいってことだよね!」
アリスはぴょんと立ち上がると、少年の後を追いかけた。
村の中央には、大きな木の作業台が何台も並んでいた。
十人近い人達が、その周りで黙々と土を触っている。
昨日、古墳へ埴輪を運んでいた人たちもいた。
今の上には沢山の作りかけの埴輪があった。
大きいのもあれば小さいものもあり、個性豊かだ。
そして、その真ん中には――。
「ハニャハニャ!」
大きな声が響く。
ハニャさんだった。
埴輪を持つ男達に指示を出し、ヘラで仕上げをしている女性と言葉を交わし、そうかと思えば他の人の出来上がった埴輪を一つ一つ確認している。
「あれ?」
アリスは首を傾げた。
ハニャさんだけ、他の人達のようにテーブルに張り付かずに、他の人の動きを見て指示して回っているのだ。
ハニャさん……。埴輪、作ってない。
昨日は、ただ優しいおじさんだと思っていた。
でも今日は違う。
なんか、カッコいい。
出来上がった埴輪を確かめる大事な役目をしながら、次々と人へ指示を出している。
そういえば、ハニャさんの奥さんは粘土作りのリーダーだったし、埴輪作りのスペシャリスト家族みたいだ。
少年は、おばあちゃんから受け取った粘土うどんをテーブルの中央に置くと、空いている作業台へ腰を下ろす。
そして、粘土の紐を一本持ち上げた。
アリスは、その様子をもっと見たくて、そろそろと近づいていく。
「え?」
少年は粘土をぐるりと丸く置く。
その上へ。
また一本。
また一本。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
「そうやって作るんだ!」
少年が、ビクリといつの間にか後ろにいるアリスに驚いて飛び上がる。
その途端に、せっかく積み上げた粘土の輪が、少し崩れしまう。
「ごめん!」
少年は顔を赤くして肩をすくめると、またアリスに背中を向けて作業に戻る。
そして、チラチラとアリスを見ながら、またうどんを一本一本積み上げていく。
その耳が赤くなっていることに、アリスは気がつかない。
ただ、細長くした粘土が、積み重ねて形になっていく様子をじっと見ている。
少年は指先で継ぎ目を何度もなでる。
すると一本一本だった粘土が、いつの間にか一つの筒へ変わっていた。
「へー、すご……」
アリスは思わず身を乗り出す。
少年はさらにその筒に、テーブルに置いてあった粘土パーツを付け足していく。
もともと、胴体以外のパーツは作られていたらしく、そこからは速かった。
肩、腕、頭が、筒に着けられていくと、少しずつ兵士の姿になっていく。
少年が振り返ってこちらを見るので、アリスは目をキラキラさせて言った。
「すごいね! 埴輪になった!」
少年はぷいっとまた埴輪に向き合って作業を進める。
竹で出来たヘラや、縄を巻いた細い棒、尖った骨等を使い、埴輪の表面に線や模様を描いていく。
昨日まで怖いだけだった埴輪が、不思議なくらい可愛く見えてくる。
やがて少年は、出来上がった埴輪を両手で持ち上げた。
「おぉー!」
アリスは自然と拍手していた。
少年は少しだけ得意そうに笑い、その様子を見ていたハニャさんが、耳の横の輪髪を揺らしながら豪快に笑った。
周りの職人たちもつられて笑い出し、アリスに自分達が作った埴輪を持って見せてくる。
ワイワイとしたその空気が、アリスはなんだか嬉しかった。
すると少年が、新しい粘土の塊を持ってくる。
そして、アリスの目の前へ――。
どん。
「……え?」
少年は口を尖らせて、粘土を指差す。そして、次に、アリスを指差した。
「え、あたし?」
少年は大きく頷く。
さらに作業台をぽんぽんと叩いた。
どうやら『座れ』。そう言っているらしい。
「いやいやいや!」
アリスは慌てて両手を振る。
「無理だって!」
少年は首を傾げる。
ハニャさんもその後ろで首を傾げている。
周りのみんなまで笑いながらアリスを見ていた。
「えぇぇ……」
言葉が通じないし、逃げ道がない。
アリスは観念して作業台へ腰を下ろした。
目の前には、大きな粘土の塊。
さっき出来たばかりの埴輪が、見本とばかりにその脇に置かれる。
少年は腕を組みながら、満足そうに頷いている。
「……先生気取り?」
思わず笑うと、少年も少しだけ笑った。
言葉は通じない。でも。
「……やればいいんでしょ?」
アリスは袖をまくり上げる。
そして、大きく息を吸うと、目の前の粘土へゆっくりと両手を伸ばした。




