古墳06 漢字の村
ハニャさんは、次の日の朝になると、またアリスの袖を引っ張った。
「……キテ」
「また?」
アリスが首を傾げると、ハニャさんは大きく頷く。
どうやら何処かへ連れて行きたいらしい。
朝ご飯を食べ終えたばかりだった。
今日はご飯と小さい魚だけで、昨夜の卵と鳥肉は特別だったかもしれない。
それでも、ココ村のおばあちゃんの味より塩がきいていて美味しかった。
アリスは仕方なくごちそうさまをすると、土器の皿と箸をおいて立ち上がった。
「もしかして、村を案内してくれるの?」
アリスは、この人形作りの村に実はちょっと興味があったのだ。
ものを作るのも、アリスは好きだ。
絵を描く事が得意だし、ハンドメイド的なものはレジンアクセサリーからプラバン、押し花、テディベア作成等、色々と手を出した。
なんなら、埴輪作りのお手伝いもしてもいい。
村の外へ出ると、昨日よりも空は青かった。
風は涼しく、草の海がゆっくり揺れている。
もう、山の斜面のトンネルから煙が上り始めていて、何人か作業を始めている。
少年はお留守番のようで、寂し気に戸口からアリスをじっと見て見送ってくれた。
「行ってきまーす」
アリスの言葉に、ハニャさんは何か言おうとしたが、首を捻ってすぐに歩き始める。
家を出たハニャさんは、振り返りながら歩く。
ちゃんと付いて来ているか何度も確認してくれるので、なんだか本当に保護者みたいだった。
「あれ? 村でちゃうの?」
ハニャさんはアリスの心配げな声に、優しげに頷いたが、足を止めずに村から遠ざかっていく。
埴輪作りじゃないのかと、アリスはがっかりしながら、大きな背中についていく。
広い道だった。
舗装もされていない土剥き出しの地面だけれど、確かに人の作った道だ。
しばらく歩いていると、前方から大勢の人の掛け声が聞こえてきた。
セイ! エイ!
と叫ぶ声に、ハニャさんと道の端に寄る。
すると、大きな木ソリを押す集団がやってきた。
エイ、エイと叫びながら大勢の男達が、アリスたちの目の前をゆっくりと進んで行く。
全員が上半身裸で汗まみれだった。 肩に掛けた縄は肌に食い込み、赤くなっていた。
一歩進むたびに地面が削れた。
あんなに人がいるのに、歩くよりずっと遅い。
これ、めちゃくちゃ重そうだ。
それでも木ゾリは少しずつ前へ進んでいく。
積み荷は真っ白い石だった。
大人が抱えるほどの大きな石が何個も積まれていて、すごく重そうだ。
何台もの木ゾリが、土の地面に無数の跡をつけてガリガリと進んで行く。
その後ろを馬が何頭か歩いてくるのが見えた。
アリスが以前牧場でみたよりも小さい馬だった。
馬達も背中に沢山の荷物を積んでいる。
アリスはソリを押す人達と馬が進んでいった先を見つめた。
村を越えた先に用があるらしく、自分たちが来た道とは別の方へと進んで行く。
その先に何かあるんだろうとアリスは疑問に思う。
あんな大変な思いで、重い石を沢山運ぶ理由が気になる。
「何あれ?」
当然返事はない。
ハニャさんも木ゾリと馬達を見送るだけだった。
特に表情は変わらず、ハニャさんにとっては、まるで見慣れた光景のようだった。
また、ハニャさんは歩き出す。
やがて草原の向こうに別の村が見えてきた。
人形作りの村よりも、柵は立派で、何やら賑やかだった。
近づくにつれて違和感が大きくなる。
「あれ? 馬、多くない?」
柵の向こう、道の脇や家の横。
あちこちに馬がいるのが見えた。
村へ入ってみれば、やはり馬が多い。
馬。馬。馬。
どこを見ても馬だった。
どの馬も、さっきの馬と同じで背が低い。
「かわいいかも」
小さな馬の動物園みたいだ。
間違いなく、人より馬の方が多い。
アリスは思わず口元に笑みを浮かべた。
ハニャさんは、そんなアリスを見て、意味も分からず笑い返してくれた。
馬以外にも、ちょっと違和感を覚える新鮮さがあった。
ココ村の家と似ているけれど、やはり違う。
地面に穴を掘って茅葺屋根というのは、同じ。
柱の上に立っている家もあるけれど、これも他の村でも見た。
ただ違うのは、整理整頓が進んでいる事だ。
家の前には木札があり、そこには、文字や番号がある。
道も物置や馬小屋も、しっかり位置が揃っていて、90度を守って建てられている。
まるで、学校みたいだとアリスは感じた。
住んでいる人達も、何処か先生っぽかった。
身なりが綺麗で、背筋がピンと伸びている。
上品さもあるし、顔立ちもどこか異国の人を思わせる何かがあった。
「結構、この村……好きかも。……あれ、この札?」
アリスがきょろきょろと辺りを見回していると、ハニャさんは、何人もの通行人や目に入る人達にアリスを見せ始めた。
「え、なにしてるの?」
ハニャさんはアリスを無視して、人々に何かを説明している。
話しかけられた相手は、あまりハニャさんの言っている事を理解していないようだった。
言葉が、何故か通じていない。
それでも、意味が通じた最後に、アリスを見る。
そして、首を横に振る。
ハニャさんは、また別の人の所へ行く。
また首を振られる。
残念そうな、申し訳なさそうな表情を、皆が浮かべているのを見て、アリスは気づく。
ハニャさん、あたしを迷子だと思ってるんだ。
別の村から来た子供だと思われて、ここに連れてきてくれたってこと?
「……ごめんね」
あまりにもハニャさんがいい人すぎて、アリスの胸がほんわりと温かくなる。
言葉の通じないところで、頑張ってくれている大きな背中に、申し訳なさが募る。
でも、全然ちがうよ、ハニャさん……。
少しだけ複雑な気分になりながら歩いてると、今度は奇妙な匂いと音に気づく。
カン! カン! カン!
焦げた鉄みたいな匂い。
カンッ!
カンッ!
力強く金属を叩く音が響く。
音がする方を覗いてみると、変わった家があった。
壁がほとんど無い。柱に屋根がついただけの建物だ。
その家の前だけは広く地面が踏み固められている。
屋根の下には大きな石が置かれていた。その上で男が真っ赤な棒を叩いていた。
カンッ! カンッ!
火花が散る。
これは、鍛冶屋だ。
アリスもTVで見たことがある。
「あ、まただ」
この村にはあちこち木の札が置かれていたり、吊り下げられたりしている。
木には、墨で書いてあるのか「鉄剣」と書かれている。
「鉄剣? ここもしかして、鉄で剣を作ってるの?」
見れば周囲には、色々な形の鉄製品と思われる作りかけの鉄剣が、何本も置かれていた。
「カッコいい!」
アリスは次々に、村にある木の札を探して読み始めた。
こんなのは初めてだ。前に柱に彫られた大きな「親魏倭王」以来だ。
どこにもなかった。
文字を使っている人達は何処にもいなかったのに、ここには沢山いる。
ハニャさんが慌てて追ってくるが、村の中なら別に少しくらいいいよね。
「馬具、馬百一、馬百二…馬百三!」
漢字。
読める。
この建物は、馬小屋だ。
馬が沢山飼われている小屋には、入口に「百」の文字が吊るされている。
さらに隣の馬小屋には、「九十」の文字。
馬小屋に番号ふってるんだ!
馬百四。馬百五。馬百六!
その時だった。
背後から誰かの声がした。
振り向くと、小柄な老人がいた。
白髪混じりの髪、深い皺、長い髭は胸元まで垂れている。
そして、目が線のように細くて、閉じているみたいに見える。
ハニャさんが、何か言っているが、それを手を振って止めながら、老人は、ゆっくり地面へしゃがみ込む。
そして手にある木の枝で、サラサラと地面へ線を引く。
そして、顔を上げてアリスを見た。
細い目から、初めて黒い瞳が見えた。
その瞳の中に、アリスに何かを挑むようなものを感じて、老人の書いた地面の線を覗き見る。
山。
地面にはそう書かれていた。
「山?」
老人はピクリと反応して、長い髭をさすった。
まるで中国の仙人みたいだ。
このおじいちゃん、ただ者じゃない気がする。
ハニャさんを見ると、不自然な程に大きな体を萎縮させている。
おじいちゃんは、また地面に文字を書き、アリスを見る。
今度はその顔にニヤリとした笑みがある事に、アリスは気づく。
アリスは瞬きをした。
もしかして、このおじいちゃん、私に漢字クイズを挑んでいるのでは?
見れば、山の横に、いくつか文字を書いている。
人、空
「山……人、空?」
アリスがそれを読み上げると、老人の眉がぴくりと動く。
「シャン、レン、コン」
「え?」
おじいちゃんの言葉は、アリスの言葉と違った。
まるで、中国語みたいだ。
漢字の読み方が違う?
アリスは腕を組んで考える。
でも、漢字の持つ意味はどうなんだろう。
漢字って、確か絵みたいなものから出来たんだよね?
アリスは周囲を見ながら、遠くの山を指さしてみせた。
「山」
そして自分を指差して「人」、そして「空」。
おじいちゃんが、細い目を、今度は丸くした。
やっぱりだ。 意味が通じた手応えに、アリスは思わず顔をほころばせる。
そして、思いついたように、おじいちゃんの目の前に腰を下ろして、地面に文字を書く。
昨日の夜、レンが言っていた古墳時代。
古墳について、聞いてみたい。
古墳……じゃだめだ。
王様のお墓だったよね。
「王墓」
おじいちゃんの視線が地面に落ち、そして固まった。




