古墳02 埴輪
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
悲鳴は土の壁へぶつかり、狭い部屋の中を何度も跳ね返った。
アリスは尻餅をついたまま後ずさると、逃げようとする。しかし手をついた先に何かがあった。
ざらり。
乾いた感触だった。
振り向くと、そこにも顔がある。
丸い穴の向こうが真っ黒だった。
壁中に張り巡らされた棚の上からも、何十もの
真っ黒な意志の読めない瞳が、アリスを見下ろしていた。
「ななな、なにこれ!???」
大小様々な土人形だ。
小さいものは手の平サイズのものもあるが、大きいものは人と同じくらいの背丈がある。
兵士姿の物が多いが、格好の違うものも多く、馬っぽい動物の人形もあったりと、一つ一つ微妙に違う。
顔も様々で、怒っているような顔もあれば、間の抜けた顔もある。
共通しているのは、赤茶色の土器みたいな素材の不思議な人形だという事。
そして、目が特徴的で、どれも大胆に大きな穴を空けてあって、それなのにその形で表情豊かだった。
部屋には土の匂いが満ちていた。
雨上がりの校庭みたいな懐かしさを覚える匂い。
その中へ混じるように、焼けた土の焦げ臭い香りが微かに漂っている。
「なに、ここ……」
呟いた声は、自分で思っていたより小さかった。
落ち着いて、周囲を観察すれば、床にも、壁にも、そこら中に粉っぽい土汚れがあった。
隅には乾ききっていない土の塊まで積まれている。
どう見ても普通の家ではない。
というか、どう見てもおかしい。
その時、部屋の外から足音が聞こえてきた。
慌てて走ってくるような、ドタドタと響く音。
乾いた土を踏みしめる音は、一人ではない。
何人かいる。
音は真っ直ぐこちらへ近づいてきて、戸口の前で止まった。
木戸が勢いよく開く。
朝の光が流れ込み、薄暗かった部屋を白く照らした。
逆光の中に立っていたのは大きな男だった。
肩幅が広い。
腕は丸太みたいに太く、日に焼けた肌には乾いた土がこびりついている。
髪型が変わっていて、耳の横で髪を輪のように結っていた。
服も汚れていた。
ついさっきまで土を触っていたのだろう。
頬や、指の節にも茶色い土が残っていた。
男は部屋の真ん中にいるアリスを見つけ、そのまま動きを止めた。
アリスも固まって、お互い瞬きだけを繰り返して凝視しあった。
男が何か言ったが、それはまたしても知らない言葉だった。
ヒイラギ達とはどこか違う言葉の連なりと響き。日本語にどこか似ていた。
アリスも慌てて何か言うが、やはり当然通じない。
男が首を傾げる。
アリスも首を傾げる。
やがて男の後ろから、小さな影がひょこりと顔を出す。
少年だった。
アリスと同じくらいの年齢に見える。
この少年も、大男と同じ特徴的な髪型をしていた。
耳の横で輪に結った髪が、ぴょこんと揺れた。
少年はアリスの全身を、怪訝な表情でジロジロと眺めている。
アリスの服装は、猫目男に着せられた白い着物だったが、ところどころが黒く煤で汚れている。きっと顔も、頭も煤だらけかもしれない。
少年は、そんなアリスを見て口元に笑みを浮かべた。
完全に珍獣を見る目だった。
なんだその顔。
ついアリスは、カチンときて口を開く。
「いや、そっちもすっごく変だからね? この土人形だらけの部屋なに?」
アリスの声に怒気を感じたのか、少年がびくりと肩を震わせた。
体格の良い男が、少年へ何か声をかける。
少年は少しだけ口を尖らせると、くるりと踵を返して奥へ走っていった。
だが、すぐ戻ってくる。
今度は何かを抱えていた。
両手で大事そうに抱えられていたそれを見て、アリスは目を瞬いた。
また、土人形だった。
部屋中に並んでいるものと同じ色をした、形もよく似た人形。
「なんで…? なんで、こんな人形推しなの?」
この部屋は土人形で溢れていて、この少年も土人形が大好きみたいだ。
意味がわからない。
けれど近くでよく見ると、部屋の中の人形と少し違う。
はっきり言って、ヘタクソだった。
兵士のような姿をした人形だけれど、腕も足もへにょりとした形で弱そうだ。
左右の目も少し大きさが違う。
口も真っ直ぐではなく、僅かに曲がっていた。
アリスが、色々指摘しようとすると、また少年はそれをぐいっと見せながら何か言う。
ふと、その言葉の意味がアリスに伝わった気がした。
どうだ。
そう言いたいのだ。
そうとしか思えない。顔に書いてある。
アリスはまた埴輪へ視線を戻す。
少年が、作ったのかもしれない。
そう思ったら、不思議と愛嬌がある。
見ているうちに笑いたくなる顔だった。
そして、……思わず笑顔になる。
アリスは手を合わせて、微笑んだ。
「うん、かわいい、かも?」
少年がぴたりと動きを止めた。
何を言われたのかは分からないと思うが、しばらく眉を寄せて何か考え事をしているように見えた。
やがて、ふいっと顔を背ける。
耳だけが妙に赤い事にアリスは気がつく。
後ろで大男が笑いながら、少年の肩に手を置き。
少年はさらに顔を背けているが、ますます顔や耳が赤い。
その様子がなんだか可笑しくて、アリスも大きな口でつられて笑った。
笑ったはずだった。
なのに。
頬へ落ちた雫に気付いて、アリスは首を傾げる。
一粒。
また一粒。
慌てて目元を擦る。
なに、この涙?
理由が分からない。
目の前には変な埴輪があって、照れている少年がいる。
困ったように笑う大男もいる。
泣くような事なんて何もない。
それなのに胸の奥が苦しかった。
まぶたの裏で、赤い火が揺れていた。
夜の闇があった。
誰かが叫んでいた。
伸ばされた手があった。
掴もうとして、届かなかった何かだけが胸の奥へ引っ掛かったまま残っている。
少年が戸惑った顔でこちらを見る。
大男も心配そうに何か話しかけてくる。
アリスは慌てて首を振った。
「ごめん……」
言葉が詰まる。
涙が止まらないアリスを、二人はじっと見ていた。
その時、懐で振動があった。
アリスは顔を上げた。
慌ててスマホを着物の上から抑える。
2人が首を傾げているが、我慢できずに背を向けてスマホを見た。
光った画面の中央には、見慣れた名前が表示されていた。
【レン】生きてるか?




