弥生17 違う
【アリス】助けて、お兄ちゃん
送信した後、返信が来なかった。
歩きながら画面を見つめる。
既読は付いている。
なのに、いつものようにすぐ「は?」とも「馬鹿」とも返ってこない。
アリスはスマホを胸元にしまい、槍へと両手を戻した。
夜道はどこまでも続いていた。
町を出てから、どれほど歩いただろう。
見上げれば大量の星が溢れている。
けれど、背中には酷い熱気があった。
振り返れば、赤い炎が無数に揺れている。
松明。また松明。さらに松明。
火の列は暗闇の向こうまで続き、まるで巨大な蛇が森を這っているみたいだった。
誰もが槍や弓を持っていて、誰もが笑っている。
恐ろしいこの団体は、きっと『ココ』へ向かっている。
その先頭になぜ自分がいるのか。
足が疲れて痛い。
槍を持つ腕が痛い。
もう、倒れてしまいそうなのに、止まれば何をされるか分からない。
嫌な予感はとうに超え、アリスは恐怖に震えながらただ歩き続けた。
その時、ようやく懐のスマホが震えた。
【レン】ココって村には何人くらいいるんだ?
飛びつくようにスマホを見たアリスは、眉を寄せた。
そんな事、誰も聞いていない。
今すぐ、助けてほしかった。
それでも、アリスは、おばあちゃん、ヒイラギ、田んぼにいた女の人達、走り回っていた子供達の顔を浮かべながら数えた。
【アリス】多分、三十人ぐらい
震えて強張る指で返事を返すと、既読はついたが、また返信が止まった。
嫌な沈黙だった。
ただ、アリスはレンのメッセージを待った。
【レン】どうしてとか、もういい
【レン】武器持った二百人が、ココに向かってるんだな?
【アリス】そう
アリスの足が少し鈍る。
【アリス】怖い
【レン】逃げられないのか
【アリス】うん。先頭。
【レン】……おい。俺の想像を超えすぎ
【レン】笑えない
ついレンのメッセージに笑みを浮かべた。
本当に。私だって笑えない。
この先に何があるのか。
良いことが待ってるなんて、微塵も思えない。
槍を握る手が震える。
【アリス】私のせいで
【レン】違う
返信はすぐだった。
【アリス】私が骨置いた
【レン】違う
【アリス】でも私の占いで
【レン】違う
強い言葉だった。
何度も否定され、アリスは指を止めた。
【レン】それはお前が決めた事じゃない
【レン】あいつらが勝手に骨の割れ具合を読んだだけだ
アリスの喉から小さく嗚咽が漏れる。
納得なんて出来ない。
占いなんてしなければ良かった。
骨なんて壁に投げてやればよかった。
まさか、こんな結果なんて、知らなかった。
今だって、私の後をついてくる男達は、私のせいで……。
少しして、またメッセージが届く。
【レン】違う。お前は関係ない。
アリスはライメッセに返事を返せなかった。
【レン】アリス
【レン】たぶん
【レン】これから起きるのは
【レン】戦争だ
戦争。
その文字だけが、画面の中でやけに大きく見えた。
アリスは顔を上げる。
松明の列。槍。弓。荷物を担ぐ男達。笑い声。ココ。ブッサ。
目の前に広がっている現実は、戦争に行く戦士たち以外の何物でもない。
今までばらばらだった嫌なものが、急に一つの形になっていく。
「……いや」
小さく漏れた声は、誰にも届かなかった。
代わりにスマホが震えた。
【レン】米、土地、人。国を広げる理由はいくらでもある
国?
レンのメッセージの変化に、アリスは戸惑いながらも返事を返す。
【アリス】ここ日本だよ? あり得ないでしょ!?
【レン】お前のメッセージをまた調べてたんだが、それしか結論が出ない
【レン】そこは、本気で弥生時代かもしれない
【レン】昔の日本だ
アリスは画面を見つめたまま、言葉を失った。
過去。
昔の日本。
何を言っているのか分からない。
今はそれどころではないというのに。
【レン】俺も信じたくない
【レン】でも親魏倭王、鬼道、卑弥呼、骨占い
【レン】揃いすぎてる
アリスは大きく息を吐き出して、返事を返す。
【アリス】いい加減にして
【アリス】そんな事より、今はもっと
その時、そばにいた男達がざわめいた。
何かを指差している。
アリスはその騒ぎに、スマホから顔を上げた。
森が途切れて、広い平野が闇に広がっていた。
そして、村があった。
暗いけれど、見覚えのある川、低い柵。並んだ家。
胸が跳ねる。
ココ村だ。
そう思った次の瞬間、夜空の一角が赤く染まった。
一本の火が上がる。
続いて、もう一本。
黒い煙が、村の上へ伸びていく。
アリスの手から、スマホが滑り落ちそうになった。
燃えている。
ココ村が。




