弥生13 骨占い
スマホの画面が暗くなる。
【レン】ちょっと考えさせてくれ
最後のメッセージに、アリスは「早く!!」「いつまで!?」「もう嫌だ!!」とわめきまくって、一旦ライメッセから離れることになった。
アリスは大きく息を吐きながら、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
柔らかい敷物が背中を受け止める。
結局、お兄ちゃんもよく分からないらしい。
最後に卑弥呼の名前を言われたけれど、よく知らない。
卑弥呼、か。
聞いたことはある気がする。
ある気はするのだが、テスト前に慌てて覚えて、翌日には忘れていたような単語ばかりだった。
何故お兄ちゃんがそれを聞いたのかは分からない。
4文字の漢字も、あと確かここまで連れてきた女性が「キドウ」と言っていた事も、アリスの中でなにか胸騒ぎを大きくしている。
ただ、久しぶりにレンとライメッセが繋がったのは、嬉しい。
誰にも繋がらず、そして知らない場所で1人きりだった事を思えば、どれだけ嬉しいだろう。
けれど、まだここからどうやって家に帰るのか、レンが助けに来てくれるのか、全くわからない。
ママの事ももっと聞きたかった。
みんな心配しているはずだ。
「はぁ。ダメだなぁ……」
ぽつりと呟いて天井を見上げる。
広い部屋だった。
壁には綺麗な布が掛けられ、床には柔らかな敷物が敷かれている。
つい数日前まで泥だらけの地面で寝ていたのが嘘みたいだった。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
変な男たちに捕まったと思ったら、大きな町へ連れてこられた。
偉そうな人たちに囲まれた。
お風呂みたいな場所へ連れて行かれ、身体を洗われた。
髪まで整えられた。
気づけば他の女性達と同じような白い着物を着せられていた。
そして今はこんな部屋にいる。
ここはどこだろう。
そして、何でここにいるんだろう。
何もかもわからずに、ただ流されるままここにいる。
早く家に帰りたいのに……。
お兄ちゃん……とにかく頼む……。
考えても分からない。
分かるのは、お腹が空いたことくらいだった。
目の前には山積みの果物。
多分、食べてもいいって事だよね。
アリスは黄緑の皮が薄そうな果物に歯を立てる。
口に流れ込んでくる甘い液に、気づけば夢中でかじりついた。
他の果物も、食べたことのないものばかりだったが、お腹に流れ込む甘い果物は、飢えて乾いたアリスの身体に深く染み込むようだ。
その時だった。
ガラリ、と戸が開く。
アリスは慌てて口元を拭う。
白い服を着た女性達が入ってくる。
その後ろから現れた人物を見て、アリスの表情が引きつった。
猫目の男だった。
やっぱり来た。
絶対ろくでもない。
アリスをここまで連れてきたのは、間違いなく、この男だった。
そして、この町でかなりの地位にいる偉そうな男。
猫目の男は、食べ散らかした果物を見て、機嫌が良さそうに目を細めると、アリスの前へ腰を下ろした。
女性達が果物を片付けていくのを尻目に、アリスも猫目の男を前に姿勢を正す。
何かを話す男の言葉は、当然分からない。
初めて耳にするイントネーションの単語が、長々と男の口から発せられる。
その全てに、アリスは首を傾げる。
猫目の男は困ったような顔をしたあと、後ろの女性達へ指示を出した。
しばらくして運ばれてきたものを見て、アリスは目を瞬かせる。
なんだこれ?
大きな布だった。
女性達が六人がかりで、それを丁寧に広げていく。
床いっぱいに広げられた布には、不思議な模様が描かれている。
曲がりくねった線、丸で囲まれた場所、小さな印。
地図みたいだった。
さらに女性達は、籠を持って地図の上を恐る恐る歩き始め、小さな石をいくつも並べ置く。
アリスはその様子を眺めながら、ずっとクエスチョンマークを頭に浮かべていた。
白い石、黒い石。
女性達が、地図から下りると、今度は男達が後ろから板に何かをのせて入室してきた。
何を運んできたのかとみれば、板の上に並んだのは、大小様々な骨。
そして、火を焚べた小さな釜。
アリスは眉をひそめた。
白く磨かれた骨達。
腕ほどもある長さのものもある。
なんで骨? 火に炙って食べる、わけないよね?
ふと、周囲を見渡せば、猫目の男は目をつむり何かに集中してモニョモニョとつぶやいている。
女性達も頭を垂れて、地図の両脇で綺麗に並んでいる。
みんなの顔が真剣すぎて、思わず顔が引きつる。
一体何をする気だろう?
猫目の男は布の前へ座る。
女性達も膝をつく。
部屋の空気が重く変わる。
誰も喋らない。
さっきまで普通だった場所が、急に儀式の場みたいになっていた。
もう、ここまでくると嫌な予感しかしない。
この状況で写真を撮るのは難しそうだが、本当は動画を撮ってレンにも見てもらいたい、とアリスは強く思った。
猫目の男は脇に置かれた骨を1つ持ち上げると、また何かを唱え始めた。
低く。
静かに。
聞き取れない言葉。
そのまま骨を、目の前の布の上へ置く。
次にアリスを指差した。
「え?」
自分?
男は頷く。
やれ。
そう言っているのだけは分かった。
「いやいやいや」
アリスは思わず周囲を見渡す。
誰も助けてくれない。
全員が見ている。
逃げられる空気ではなかった。
仕方なく布の上を歩き、板の骨が置かれたところへ向かう。
大小様々な骨が、綺麗に並んでいる。
なんの骨か分からないが、人骨らしき物はなさそうだ。
適当に選んだ骨は、想像以上に重く、冷たい感触。
アリスは恐る恐る骨を両手でもち、適当に布の上へ置いた。
その時、周囲がざわつく。
女性達が顔を見合わせる。
猫目の男は真剣な顔で、立ち上がると、骨を拾い上げた。
今度は火が運ばれてくる。
そして、アリスの選んだ骨をその火へ近づける。
部屋の中に、バーベキューで嗅いだような焦げた臭いが広がる。
アリスはただただ眉をひそめる。
やっていること全てが意味不明だ。
パチッ。
小さな音が鳴った。骨の表面へ細い亀裂が走る。
猫目の男の目が見開かれる。
周囲も息を呑む。
さらに男は骨を火へ近づける。
パチッ。
また亀裂。骨の表面に、思ったよりも複雑な線が広がっていく。
アリスだけが取り残されていた。
何を見ているのか分からない。
何が起きているのかも分からない。
何かの儀式のようだが、骨を置いた時や、割れた時の周りの様子が、アリスの中の不安を膨らませた。
やがて猫目の男は骨を布の上へ戻した。
そして亀裂をなぞるように指を滑らせる。
ゆっくり。慎重に。
やがて、指は亀裂から外へと外れていき、布の上を滑る。
その指が止まった。
布の上の一点だった。
男が呟く。
「ココ」
周囲の女性達がざわめく。
アリスは布を見る。
聞いたことがある言葉だ。
子供達の笑い声が耳の奥で響いた。
ココ! ココ! ココ!
あれは、どういう意味だったんだろう?
そして、少しだけ間を置いて、猫目の男は続けた。
「ブッサ」
空気が凍った。
ざわめきが消える。
女性達の顔色が変わる。
誰も喋らない。
猫目の男だけが険しい顔で布を見つめている。
アリスだけが置いていかれていた。
え、なに?
今の何?
ココ?
ブッサ?
顔を上げると、猫目の男が笑っていた。
にたぁっと横に広がる唇。
アリスの全身に鳥肌が立つ。
意味分かんないんだけど!?




