弥生09 邪馬台国
巨大な門をくぐった瞬間、アリスは思わず息を止めた。
外から見ても十分異様だったのに、中はもっと別の世界だった。
人が多い。
昨日までいた村とは比べものにならない。人、人、人だ。土の道を、荷物を背負った男たちが行き交い、女たちは籠を抱えて忙しそうに歩いている。裸足の子どもが駆け抜け、どこかで誰かが怒鳴り、別の場所では笑い声が上がる。
煙の匂い。焼いた何かの匂い。汗の匂い。土の湿った匂い。
いろんな匂いが混じり合って、頭がくらくらした。
建物だって違う。
村にあったような土と草の家だけじゃない。太い木でしっかり組まれた建物が並び、中には二階みたいになっているものまである。
「……なにここ」
思わず呟いてしまう。
もはや村じゃない。
町……いや、それとも国?
そんな言葉が頭をよぎる。
ただ、アリスの知っているどの町とも違う。
のんびり見物している余裕なんてなかった。
アリスの腕を掴んだままの男が、乱暴に前へ引っ張る。
人々の視線が、次々とアリスへ向いた。
男たちに連れられるアリスの姿が、よほど奇妙だったのだろう。
まるで見世物のように、人の波がわずかに道をひらける。ひそひそ声が飛び交う。
言葉は分からないのに、自分のことを話されているのは分かった。
「きゃっ、ちょっと!」
注目を浴びて気をよくしたのか、男たちはわざと胸を張り、道の真ん中をのっしのっし歩き始めた。
最悪だった。
視線が痛い。
アリスはなるべく小さくなって歩いた。
やがて、広い建物の前で男たちが足を止めた。
他より明らかに大きい。
太い柱。飾りのついた屋根。入口には武器を持った男たちが立っている。
ここ、偉い人の家?
そう思った時だった。
奥から、ひとりの男が出てきた。
細い、ひょろりとした長身の男だった。
兵士たちみたいな筋肉の塊じゃない。
むしろ痩せていて、長い手足が妙にしなやかだった。白っぽい布を何枚も巻きつけ、首には色のついた玉飾り。手には細い木の杖みたいなものを持っている。
そして、目。
細く、静かで、じっとこちらを見ている。
猫みたいな、獲物を観察するような、嫌な感じの目だ。
ふいに、ぞくり、とした。
怖い。
村にも偉そうな態度の男はいたが、こんな冷たい雰囲気を纏う嫌な感じの人はいなかった。
建物を守る兵士たちが何か短く叫ぶと、アリスを連れてきた男たちが、一斉に頭を下げる。
え?
アリスの腕を掴んでいた男の手が、僅かに震えていた。
見れば、他の男たちも愛想笑いを浮かべながら頭を垂れている。
その必死な様子に、アリスは驚いた。
この男たちも、あの猫目の男に怯えているのが伝わってきたのだ。
猫目の男は、そんな男たちに構わず、相変わらずアリスをじっと見ていた。
顔、髪、服、足元。
猫目の視線が、値踏みするみたいにゆっくり動く。
嫌な時間が、ゆっくり流れる。
猫目の男が、何か短く言った。
すると、アリスの腕を掴んでいた男が、あっさり手を離す。
痛かった場所が熱を帯びて、じんじんと痺れていた。
猫目の男が軽く指を鳴らすと、建物の奥から数人の女たちが現れた。
猫目が彼女たちに短い指示を飛ばす。
「え?」
女たちは、あっという間にアリスの周りに集まると、戸惑う間もなく背中を押した。
「ちょ、ちょっと!」
抵抗しても無駄だった。
猫目の男は、もうこちらを見ていない。
当然みたいな顔で、奥へ戻っていく。
その後を追うように、アリスは建物の中へ連れていかれた。
振り返ると、アリスを連れてきた男たちは、その場でまだ頭を垂れたままだった。
板扉をくぐると、外の喧騒が急に遠くなった。
中は、薄暗く、ひんやりしていた。
すぐ大きな部屋があり、細い背の高い男の背中が見えた。
その男は、さらに奥へ進んでいく。
部屋の中には、不思議なものがいくつも並んでいた。
歪な形の器。
色のついた石。
よく磨かれて光る玉の置き物。
何かの動物の骨。
細い木の札を束ねた山。
なにこれ……。
気味が悪いのに、目が離せない。
その奥へ、さらに進まされる。
ここ、なんなの。
偉い人の館?
それとも——
アリスの視線の先で、大きな布が静かに揺れた。




