弥生08 焼けた村
アリスは、男たちに腕を掴まれたまま歩かされていた。
どれくらい歩いたのか、もう分からない。
村を出た直後こそ、隙を見て逃げられないかと考えていた。けれど、その気持ちはすぐに消えた。
男たちはみな槍を持っていた。使い込まれた木の棒の先には、青黒く光る細い刃がついている。鉄やステンレスみたいな見慣れた銀色じゃない。その鈍い色が、余計に不気味だった。
それ以上に怖かったのは、アリスの腕を掴む男の手だ。
太く、筋肉に覆われた腕。短く硬い指が、万力みたいな力でアリスの細腕を握り続けている。一度、本気で振りほどこうとしたけれど、びくともしなかった。
言葉が通じない相手って、こんなに怖いんだ。
下手に騒げば、何をされるか分からない。アリスは歯を食いしばり、もつれる足を必死に前へ出し続けた。
振り返っても、もう村は木々の向こうに消えている。
ふっと、ヒイラギの顔が浮かんだ。
あの時、必死な顔で飛び出してきてくれたのに、何もできなかった。悔しそうに歪んだ顔を思い出すと、胸の奥が重くなる。
男たちは時々、短く何かを言い合って笑っていた。自分のことを話しているのかどうかも分からない。ただ、その笑い方だけで十分気味が悪い。
途中、水を引いたぬかるんだ畑が広がっていた。昨日見たものと同じだ。泥の中で男たちが土をならし、細い苗を並べて植えている。
こんな場所まで人の手で変えてしまうんだ、とぼんやり思った時だった。
風に、焦げた匂いが混じった。
最初は焚き火の煙かと思った。けれど、歩くほどに匂いは濃くなり、やがてアリスの目の前に広がったのは、黒く焼けた広い跡だった。
そこにあったのは、村だったものだ。
黒く焼けた柱。崩れた柵。割れた土壁。焼け焦げて潰れた草の屋根。人の姿はどこにもない。
ついさっきまで自分がいた村と、同じくらいの規模だった。
ところどころ、見覚えのある形の残骸まである。あの村にあったものと似ている気がして、妙に生々しかった。
男たちは、それを見ても何の反応も示さない。
ふいに、ひとりが槍の石突きを地面へ叩きつけた。
重い音が乾いた空気を震わせ、アリスの心臓が跳ねる。
別の男たちも真似をした。
何本もの槍が地面を打つたび、腹の奥に響くような音が連なっていく。
その中で、低い声が聞こえた。
「ブッサ」
別の男が笑いながら、また槍を打ち鳴らす。
「ブッサ!」
焼け跡の前で笑っている。
その光景が、あまりにも自然すぎて、アリスはぞっとした。
……まさか。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、自分で自分の想像に身震いする。
聞けるわけがない。
けれど、それまで乱暴なだけの連中に見えていた男たちが、もっと別の恐ろしいものに思えた。
その後も歩かされた。
木々の深い道を進み、細い坂を登る。片側が急な斜面になっている場所もあった。下には細い川が流れ、その向こうには深い森が広がっている。
もし逃げるなら、こういう場所の方がいいかもしれない。
そう思って森の奥を見ていると、腕を乱暴に引かれた。
男が睨んでいる。
考えを読まれたわけじゃない。ただ、じろじろ見すぎたらしい。
アリスは慌てて前を向いた。
さらに進むと、また焼け跡があった。
ひとつじゃない。
ふたつ、みっつと、同じ光景が続く。
焼けた家。
消えた人。
笑う男たち。
そして、あの言葉。
「ブッサ」
意味は分からないのに、それだけで嫌な感じがした。
歩き疲れて頭がぼんやりしていた頃、ようやく木々が途切れた。
その先を見て、アリスは足を止めた。
そこには、今まで見てきたどんな村とも違う世界があった。
巨大な木柵が左右へどこまでも続き、その外側を深い堀が囲んでいる。村の入口みたいな雑な囲いじゃない。明らかに、人を拒むための壁だった。
高く組まれた見張り台には人影が立ち、こちらを見下ろしている。
門にはひときわ太い木が何本も使われ、赤や黄色の布、鳥の羽、獣の骨みたいなものまでぶら下がっていた。風に揺れるたび、不気味にかさかさ鳴る。
その内側には、無数の建物が並んでいた。
煙が何本も空へ伸び、人が動いている。荷を運ぶ者、怒鳴る者、走る子ども、武器を持つ男たち。
村じゃない。
アリスの知っている“集落”なんて言葉では、まるで足りなかった。
その時だった。
門の奥から、武装した男たちの列が吐き出されるように現れた。
何十人もいる。
槍。弓。見たことのない武器。
足早に外へ向かいながら、笑っている者までいる。
その顔を見て、アリスの背筋が冷えた。
さっき、焼けた村の前で笑っていた男たちと同じ顔だった。
ここは安全な場所なんかじゃない。
もっと大きくて、もっと恐ろしい場所だ。
アリスの腕を掴んでいた男が、門の兵に向かって大声で叫んだ。
「ヤマタイ!」
周囲の男たちが笑う。
ヤマタイ?
アリスは巨大な門を見上げた。
ここはどこなんだろう。
何のために、私はここへ連れてこられたんだろう。
帰りたい。
けれど、ここから逃げられる気が、まるでしなかった。




