弥生07 村にやってきた男達
歴史の授業は、苦手だった。
昔の人たちの暮らしなんて、正直どうでもよかったし、テスト前に最低限だけ覚えて、終わったらすぐ忘れるタイプだ。
だから、目の前の奇妙な建物を見て、これが何なのかなんて分かるはずもない。
ただ――
「ネズミ返し」という変な名前だけは、妙に記憶に残っていた。
授業中、誰かが笑って、それにつられてクラスのみんなも笑っていたからだ。
そんな、どうでもいい記憶だった。
でも、なんで、そんなものがここにあるんだろう。
……いやいや。
そんなわけない。
似てるだけだ。きっと。
アリスは頭を振った。
そうだ。こういう時は、お兄ちゃんだ。
アリスはこっそりスマホを取り出し、おばあちゃんに気づかれないよう高い建物を素早く撮った。
これは、お兄ちゃんに送っておこう。
この場所を特定できる手がかりになるかもしれない。
アリスはライメッセを開いた。
既読は、まだついていない。
でも構わない。
証拠になりそうなものを送ればいい。
おばあちゃんは、また歩き出している。
アリスはその後ろをついて歩きながら、あちこちへレンズを向けて適当に写真を撮った。
カシャ、と音が鳴るたびに、おばあちゃんが振り返る。
アリスは知らんふりを決め込んだ。
水の張られた畑。
泥の中で作業している男たち。
木でできた簡単な道具。
地面にへばりつくように建つ家々。
……普通じゃないよね、ここ。
やっぱりヤバいわ。
ふと、その中で、ひとりだけ偉そうに指示を出している男に気づく。
何を言っているのかは分からないけれど、誰も逆らわない。
アリスはその様子も撮った。
ついでに、少し離れたところで誰かを怒鳴りつけているおばあちゃんも撮る。
「あ」
思わず笑ってしまった。
この人も大概だ。
なんでこの村の人、みんなおばあちゃんに弱いんだろう。
スマホを見返す。
知らない景色ばかりだ。
でも、これなら少しは伝わるかもしれない。
アリスは画像を選んで、レンへ送った。
【アリス】これ
【アリス】なんかわかる?
送信。
やっぱり未送信にはならない。
ただ、画像は重いのか、ちゃんと送れているのかはっきりしない。
……ん?
圏外なのに、どうしてレンにだけはライメッセが送れるんだ?
アリスが首を傾げていると、いつの間にか、村の空気が変わっていた。
さっきまで騒いでいた子どもたちが静かになっている。
女たちの手も止まっていた。
男たちが、一斉に村の入口のほうを見ている。
アリスもつられてそちらを見た。
村の端には、尖らせた木を並べただけの粗い柵がある。
その向こうで、人影が動いた。
五人。
男たちだった。
村の男たちとは、どこか違う。
日に焼けた肌は硬そうで、骨ばった頬には愛想がない。
髪は後ろで雑に束ねられ、額には革紐みたいなものを巻いている。
槍を握る腕は太く、筋が浮いていた。
首には青緑色にくすんだ飾り。
誰も笑っていない。
ただ、まっすぐこちらへ歩いてくる。
その姿を見た瞬間、村人たちが自然に道を空けた。
目を合わせない。
頭を下げる人までいる。
アリスの背筋がぞわっとした。
うまく説明できない。
ただ、本能みたいなものが、近づいちゃいけないと騒いでいた。
それなのに、その男たちはまっすぐアリスのほうへ歩いてくる。
逃げたほうが――
「え?」
おばあちゃんが、迷いなくアリスの肩を掴んだ。
そのまま、ぐいっと前へ押し出される。
「ちょ、なに!?」
おばあちゃんはアリスを無視して、必死な顔で男たちに向かって何か話し始めた。
何度も頭を下げる。
手を合わせる。
祈るみたいに。
嫌な予感しかしなかった。
「ちょっと、やめてよ」
男たちの視線が、一斉にアリスへ向く。
ぞくっとした。
まるで品物でも見るみたいな目だった。
ひとりが近づいてくる。
「え……?」
次の瞬間、腕をぐいっと掴まれた。
「きゃっ!」
痛い。
強い。
振りほどこうとしても、びくともしない。
「ヤダってば!」
アリスが暴れると、男はさらに強く腕を引いた。
そこへヒイラギが飛び出した。
男に向かって何か叫ぶ。
必死だった。
でも、別の男にあっさり押さえつけられる。
助けたいのに、どうにもできない。
そんな顔で、ヒイラギは悔しそうに歪んでいた。
「やめて!」
おばあちゃんが、また、今度はそっとアリスの背を押した。
行け。
そう言われているのは分かった。
「なんで!? やだ!」
意味が分からない。
なんで助けてくれていたはずのおばあちゃんが、こんなことをするの?
ヒイラギを見る。
彼は押さえつけられたまま、悔しそうにこちらを見ていた。
そのままアリスは、男たちに引きずられるように村の外へ連れていかれた。




