弥生05 お兄ちゃんのライメッセ
翌日も、アリスはおばあちゃんのそばで稲穂をこすっていた。
穂をこすって、殻を落として、またこする。
単純で退屈な作業だ。でも、何もせずぼんやりしているよりはずっとマシだった。余計なことを考えなくて済むからだ。
相変わらず周りの言葉は分からない。
それでも、おばあちゃんがそばにいるだけで少し安心する。
ヒイラギも今日も広場をうろうろしながら、重いものを運んだり誰かに呼ばれたりして忙しそうだ。
時々こちらを見ているのが、なんだか妙に安心した。
そんな中、小さな子どもたちが近くで棒を振り回して走り回っていた。
遊んでいるのか手伝っているのか、よく分からない。
時々大人に呼ばれて何かを取りに行ったかと思えば、また笑いながら走り回っている。
稲穂をさすりながら、そんな子どもたちを眺めていると、棒で地面に線を引いているのに気づいた。
ぼんやりその様子を見ていて、ふと小学校の校庭を思い出す。
放課後。
よく友達と遊んだ。
校庭に絵を描いたり、沢山の丸を描いたり。
「あ……」
ケンケンパだ。
懐かしくなって、アリスは稲穂を置いてしゃがみ込んだ。落ちていた石で地面に丸を描いて、立ち上がる。
ケン。
ケン。
パ。
着地して、自分でちょっと気まずくなった。
「……何してんだろ、アタシ」
振り返る。
「え」
もう子どもたちが丸の中に入っていた。
アリスを見上げる目が、きらきらしている。
ひとりが見よう見まねで跳ぶ。転ぶ。また立つ。笑う。
「違うって!」
思わず笑って、もう一度見本を見せた。
「ケン」
ぴょん。
「ケン」
ぴょん。
「パ!」
「「「パ!!」」」
声が重なって、アリスは吹き出した。
なぜか「パ」が一番楽しいらしい。
なんか可愛い。
調子に乗って丸を増やす。長くして、ちょっと難しくしてやる。
子どもたちはきゃあきゃあ言いながら挑戦した。
何人かの大人がちらっと見たけれど、おばあちゃんが何も言わないので、そのままだった。
気づけば、ずいぶん長いこと遊んでいた。
やがておばあちゃんに怒られて解散になったけれど、少しするとまた子どもたちが集まって、勝手に円を跳んでいる。
それを見ているだけで、なんだか嬉しかった。
夕方になり、子どもたちはそれぞれ家へ戻っていく。アリスもおばあちゃんに呼ばれて、またあの家へ戻った。
当然みたいに、ヒイラギも一緒だった。
その夜。
寝転びながらスマホを開く。
ライメッセに着信はない。
分かっているのに、つい見てしまう。
しばらく画面を眺めてから、アリスはフォトアプリを開いた。
そこに並んでいるのは、父が撮った写真ばかりだ。
変なタイミングで撮られた顔。
家でだらけている時。
買い物帰り。
家族で遠くに出かけた日。
なんでもない写真ばかりなのに、見ているだけで胸がぎゅっとなる。
……アタシ、めっちゃ笑ってる。
ママも。
レンも、なんだかんだ写ってる。
ちょっと、私の登場シーン多すぎじゃない?
父が嬉しそうに、事あるごとに私を撮ろうとしていたのを思い出す。
涙が、ぽたりと落ちた。
アリスは発作的にライメッセを開く。
【アリス】ママに会いたい
【アリス】帰りたい
震える指で送信。
……未送信マークがついた。
やっぱり……だめ……か。
唇を噛む。
無駄だって、もう分かっている。
誰に送っても届かない。
いつか、帰れるのかな?
……あれ?
アリスは、自分の気づきを確かめるようにレンとのトーク画面を開いた。
そこには、一つも未送信マークがない。
既読はつかない。返事もない。
おかしい。ママには未送信になるのに、レンにはならない。
思い返す。
最初に森で目を覚ました時、レンとはちゃんとやり取りできていた。
じゃあ今も?
本当は届いてる?
何か理由があって、返せないだけ?
……そんな都合のいい話、あるわけない。
でも。
だったら。
アリスはレンのトーク画面をじっと見つめた。
お願いだから、見て。
お兄ちゃん、気づいてよ。
スマホを握る手に力が入る。
胸の奥に、小さく、でも確かな火が灯っていた。




