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縄文12 突然の別れ

次の日の朝。


まだ霧の残る集落で、どんぐりはひたすら縄を振り回していた。


南条アリスは、つい口元をおさえる。


「ハマりすぎでしょ……」


どんぐりは、こっちの反応なんて気にもしていない顔だった。


けれど、最初からうまくいっていたわけじゃない。


石は見当違いの方向へ飛び、縄は自分の足へ絡まり、そのたびに近くで見ていた子どもたちが腹を抱えて笑う。

いつもアリスについて回るあの女の子まで、遠慮なくけらけら笑っていた。


どんぐりはむっとした顔になるが、やめない。

笑われるほど意地になって続けていた。


見ているうちに、それがなんだかおかしくなってくる。


けれど、ただむきになっているだけじゃなかった。


縄の長さを変える。


石の大きさを替える。


振り回す速さも、手を離すタイミングも、少しずつ調整していた。


失敗するたび、ちゃんと考えている。


昨日、自分がなんとなく思い出しただけのものを、この人は本気で「使えるもの」にしようとしていた。


小さな集落だから、珍しいことがあるとすぐ人が集まる。


子どもたちが増え、女たちが手を止めて見はじめ、遠くの火のそばにいた老人たちまでこちらを気にしていた。


茂みがわずかに揺れた。


ぴく、と女の子が反応する。


どんぐりの顔つきが変わった。


さっきまで子どもに笑われていた人とは思えない目だった。


腰を落とし、縄を握る。


騒がしかった周囲が静かになり、アリスまで、つられて体に力が入る。


縄が低く回る。


石が風を切る音が、小さく鳴った。


放たれた縄が、弧を描く。


白っぽい小さな獣が跳ねる。

昨日の、あのウサギもどきだ。


その足へ、縄が絡みついた。


「え」


獣がもつれ、地面へ転がる。


どんぐりが飛び出した。


速い。


一気に押さえ込む。


静かだった集落が、ひっくり返ったみたいに騒がしくなった。


子どもたちが歓声をあげる。

女の子はその場でぴょんぴょん跳ねていた。

さっきまで座っていた老人まで立ち上がり、火のそばの大人たちも笑っている。


どんぐりが振り返った。

その顔には、昨日まで見たことのない笑顔があった。

無邪気で、ちょっと自慢げで、子どもっぽい笑み。


アリスは思わず声をあげる。


「うそ、捕れた!?!?」


捕まえたのは、たった一匹の小さな獣だ。


現代なら、コンビニのおにぎり一個にも負けそうなくらいの小さな命。


でも、ここでは違う。


今夜、誰かのお腹を満たせる。


子どもたちが火のまわりへ集まり、獲物をのぞき込み、老人まで目を細めて笑っていた。


アリスは、その光景をぼんやり見つめる。


胸がほんのり暖かくて、自然と頬が緩んでいた。


自分が思いついたものが、誰かの役に立って、誰かを笑わせている。


アリスが今まで感じたことのないものかもしれなかった。

遊びみたいな思いつきだったのに、どんぐりが頑張ってくれて、とにかく、嬉しい気持ちが身体を駆け巡っていた。


ここが何処かなんてわからない。

言葉も通じない。

寒いし、みんな毛皮着てるし、普通なんて何処にもないような森の中。


なのに。


胸の奥で、何かが静かに燃えていた。


なんかもう、“生きてる”ってこういうことなのかもしれない。


もしかしたら、アタシにももっとできることがあるのかもしれない。


アリスの中で、何かスイッチが入ったようだった。


そうだ。


木の実をもっと食べやすくするとか。

食べられるものを増やすとか。

罠を工夫するとか。


それに、お兄ちゃんなら、こういうのもっと知ってそう!


スマホで調べられたら——


そこで、違和感が走った。


え……?


周囲に幕が下りたように、風が、消えた。


ぱちぱち鳴っていた火の音が、遠くなる。


笑っていた子どもたちの声まで、水の底から聞こえるみたいにぼやけていく。


興奮していた頭が一気に冷たくなる。

足元から背筋へと、冷たいものが這い上がった。


……な、なに? これ?


世界が、ゆっくり傾く。


地面が溶けるみたいに頼りなくなり、視界がぐにゃりと歪んだ。


そして、目の前に、亀裂のような穴が現れる。


見覚えがある。

これ、あの時の……。


空も、火も、人の姿も、渦へ吸い込まれるみたいに形を失っていく。


女の子が慌ててアリスの腕へしがみついた。


どんぐりも駆け寄ってくる。


何か叫んでいる。


でも、声は届かない。


色が抜けていく。

女の子の温もりも消えた。


赤かった火が薄れ、茶色い土が白けていく。

全ての色が、紙へ水をこぼしたみたいに滲んで消えていく。


人の輪郭だけが、白い線みたいに残った。


その中で。


どんぐりの手だけが、最後までこちらへ伸びていた。


引き止めるみたいに。


アリスは叫ぶ。


「待って!!」


景色が砕けて、アリスは穴を超えた。


世界がばらばらになり、その破片の中をアリスの身体が落ちていく。


落ちる。


落ちる。


アリスは、また落ちていく。



――世界が、異物を次の時代へ排出する――


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