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縄文11 どんぐり

誰も、来なかった。


最初は、本気で信じていた。


お兄ちゃんなら絶対どうにかしてくれる。

警察だって動く。

ママだって待ってる。


だから、すぐ帰れると思っていた。


でも、朝が来て。

また夜になって。

もう一度、朝が来ても。


誰かが助けに来る気配は、どこにもなかった。


南条アリスは火のそばで膝を抱え、スマホを握りしめる。


何度見ても、画面は同じだった。


既読はつかない。

位置情報も送れない。

電波の表示なんて、とっくにあてにならない。


それでも、電源を入れてしまう。


もしかしたら今だけつながるかもしれない。

今なら届くかもしれない。


そんな期待を、まだ捨てきれなかった。


帰りたい。


暖かいママの手料理が食べたかった。


いつもの布団で寝て、お風呂に入って、どうでもいいテレビの音が流れるリビングでだらだらしたかった。


父さんのうざい絡みですら、今なら泣ける。


会いたいよ、ママ。


優しく笑う顔を思い出しただけで、涙があふれた。


アリスは体育座りのまま顔を伏せ、腕の中へ押し込むようにして泣いた。


帰りたい。


その気持ちは、少しも薄くならなかった。


……けれど、泣いていても朝は来る。


朝になれば誰かが火を起こし、誰かが水を運ぶ。


男たちは石器を研ぎ、槍の先を削り、獣の皮をなめす匂いと煙が集落に漂っていた。


小さな子どもまで遊んでばかりはいない。細い枝を抱えて走り、貝殻を運び、怒られ、また笑って駆けていく。


三十人もいない小さな集落だった。


けれど、何もしない人間はいなかった。


アリス以外は。


最初こそ警戒されていたけれど、もう露骨に遠巻きに見られることはなくなっていた。


どこへ行くにも、あの小さな女の子がついてくるけれど。


この数日で、アリスにも分かったことがある。


川の水は朝が信じられないほど冷たいこと。


夜は現代みたいな“暗い”じゃないこと。灯りがない夜は、世界そのものが消えたみたいになること。


獣が近づかないよう、誰かが必ず火の番をしていること。


食べ物は木の実と山草と肉が中心で、それを少しでも食べやすくしようと女たちが工夫していること。


アリスが泣きつかれてぼんやりしていると、近くに人影が立った。


見上げると、あの若い男だった。


アリスは思わず苦笑する。

手には、もちろん例の木の実。


「またそれぇ……」


本気で嫌そうな顔になる。

苦い。渋い。口の中の水分がぜんぶ消える。

なのに男は毎回、「いいものだ」と言いたげな顔で差し出してくる。


なんでか、この人はやたら私に構ってくる。

たぶん、鹿の時のことを覚えてるんだと思う。


……たぶんだけど。


例の木の実が、アリスへすっと突き出される。


「どんだけ好きなの……」


思わず笑ってしまう。


この数日で、アリスは勝手にこの男を“どんぐり”と呼ぶようになっていた。


もちろん本人は知らない。


「はいはい、どんぐり、さんきゅ」


受け取ると、どんぐりは少し困ったように笑った。


この笑い方も、もう見慣れてきた。


なんかずるい。

何もしたくないし、誰にも関わりたくないのに。


ふと視線をずらすと、どんぐりのそばに縄が置いてあった。


植物の繊維を束ね、何本もより合わせた荒々しい縄だ。


近くには石、槍、削りかけの木材。

また狩りの準備だろう。


昨日、男たちは手ぶらで戻ってきていた。

鹿みたいな大物が、毎回そう都合よく捕れるわけじゃない。


その時、近くを小さな影がぴょんと跳ねた。


白っぽい塊。


長い耳。


「あ……ウサギ」


どんぐりが、はっとした顔で立ち上がる。


足元の石をつかみ、素早く投げる。


けれど外れた。


ウサギもどきは一瞬で森の中へ消えてしまう。


どんぐりが全身で悔しがっていて、アリスはつい吹き出した。


昨日もあのウサギもどき、集落に入り込んで男たちを振り回していた。


あんな小さいの、捕まえるの難しいよね。


槍を投げてもだめ。

石を投げても、あんな小さい相手じゃ当たらない。


……ん?


記憶がつながった。


レンと動画を見ていた時だ。


昔の狩り道具を紹介する動画で、石を縄でつないで投げる道具が映っていた。


動物の足へ絡ませて転ばせる仕組みだった。


『こういうの、シンプルだけど頭いいよな』


レンの声が、妙にはっきりよみがえる。


『ゲームの武器っぽ!』


自分の返事まで思い出して、アリスは目を見開いた。


……あれ。


これ、作れたりしない?


立ち上がって、近くの石を拾う。


縄をつかむ。


巻いてみる。


ほどける。


もう一回。


またほどける。


「んんんっ……!」


ぜんぜんダメだった。


いつの間にか近くで見ていた小さな女の子が、けらけら笑う。


「ちょ、うるさ!」


言葉なんて通じないのに、バカにされてる感じだけは完璧に伝わる。


むかつく。


すると、どんぐりが無言でアリスの手から縄を取った。


しゃがみ込み、石と縄を見比べる。


いつもの少し気の抜けた顔じゃない。


真剣な横顔だった。


指先で縄のより方を確かめ、石の形を見て、どう固定するか考えている。


アリスは思わず身を乗り出した。


「え、分かるの!?」


返事はない。


でも、言葉なんて通じないのに、ちゃんと伝わっていた。


そのことが、なんだか妙にうれしかった。


面白がった女の子まで石を拾って持ってくる。


火のそばで、三人だけの妙な作業が始まった。


言葉は通じない。


なのに今は、不思議なくらい会話ができている気がした。

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