起床
目が覚めた。
天井をみれば、そこがどこなのか分かった。
俺の部屋だ。
慌てて周りを見ても、そこはどう見ても俺の部屋だった。
「あれ? おかしいな」
思わず独り言を呟く。
確か、俺はゲーム内にいたはずだ。
必死に記憶を遡る。
マーナさんと街に入って転移門を開放し、その時に何やら称号を獲得し、謎の神殿に転移したと思ったら天使に襲われ、マーナさんに助けてもらい、怪しい宝珠を使用した……。
そう、宝珠を使用したのだ。
何度思い出してもそこで記憶は止まっている。
「ちょっと怖いな……」
VRヘッドセットを頭から外しながら、俺は言いようのない恐怖心を感じる。
記憶がない……一体何がどうなっているんだろうか。
時刻を確認すると、俺がイベントに参加した時間から数時間も経っている。
つまり、ゲーム内では約1日ほど時間が経過していたのだ。
俺はとりあえず落ち着こうと思い、自分の部屋から出た。
キッチンに向かい何か飲み物がないかと探す。
健康的な麦茶を見つけ、それをコップに入れて飲み干す。
すると少し気分が落ち着いたような気がした。
乱雑に置いてあるスナック菓子の一つを手に取り、袋を開ける。
「あ、スマホ忘れてた」
食べようとした瞬間に思い出した。
直ぐに部屋に戻り、机の上で充電されている自分のスマホを取る。
そしてリビングに戻った。スマホ片手にスナック菓子を摘みながら、俺はEOFについて少し調べた。
記憶がなくなる、なんていう事例が他にあるのか気になったのだ。
すると、ある事が分かった。
どうやらEOFはいま緊急メンテナンス中らしい。
加えてもうイベントも終了したのだとか。
え? と思ったが続けて調べる。
結果として、記憶がなくなることに関して分かったことは無かった。
だが、俺が覚えている限りの情報を整理すれば、少しずつ空白の時間が浮き出てくる。
イベントが終了したのはイベント開始から僅か数時間。
俺がエリアボスとして倒されたのは、イベント開始から1時間ほどだったはず。そしてその後、マーナさんに連れられて転移門に行き、謎の宝珠に触れた。
ここまでで恐らくだがイベント開始から約2時間ほどだったと思う。
正確な時間は分からないが、2時間以上経っていることは無いと思った。
つまり、イベントが開始して2時間の地点からイベントが終わるまでの数時間。その間の記憶が無いというわけだ。
「こればっかりはマーナさんに聞かないと分からないな……」
少なくともマーナさんは近くにいたはず。
何かしら知ってると思うので聞かなくては。
しかし、今はメンテナンス中。終了時刻も未定らしいので、記憶がなくなった件は一旦置いておくしかない。
そう結論づけると唐突に眠気が襲ってきた。
最近はEOFに掛かりっきりだったし、ここでちゃんと寝ておいたほうがいいかもしれない。
どうせやる事も今は課題くらいしかないしな。
俺は自分の部屋に戻ってベットに飛び込んだ。
☆☆☆☆☆
よく寝た。
自分が思っていたよりも睡眠不足は酷かったらしい。
半日近く寝ていたようだ。そこまでロングスリーパーではなかったはずだが、連日ゲーム続きで疲れていたようだ。
とりあえずシャワーを浴びて飯を食う。
それから加藤にイベントについてメッセージで聞いてみた。
ネットで調べるだけでも良かったが、実際に参加してるであろう加藤からも聞ける話は聞いておきたいと思った。
加藤からの返信は早かった。あいつも暇なんだろう。
『イベントどうだった?』
『ヤバい楽しかったぞ。有名プレイヤーと一緒に戦えたのヤバすぎる』
『結局お前はどこいたんだよ。一緒に行こうって言っても無視するしよー』
『それはすまん』
確かに加藤からはメッセージが来ていた。
が、俺はどうやっても一緒には出来ないので無視していたのだ。
この件に関しては俺が完全に悪い。
俺は話題を無理矢理切り替えた。
『にしてもめちゃくちゃ強いプレイヤーいなかったか?』
『ロイのことか?』
『んー、たぶん』
『そりゃあの人は近接最強って言われてるからな。ボス戦もずっと活躍してて凄かったぞ』
『お前は活躍したのか?』
『俺はリザードマンと戦ってた。貢献はした』
加藤はリザードマンと戦ってたらしい。
取り巻きか。まさかボスには触ってないのか?
『それよりメンテナンス中だし遊ぼうぜ』
『課題はどうした?』
『まだ時間はあるだろ』
『お前は良くても俺はちゃんとやるからな』
『おいおい、裏切るのか!』
『元からそっち側じゃない』
俺はスマホを閉じる。
ただでさえ課題が終わっていないのだ。今ぐらいはやらなければいつやるというのだ。
夏休みも残り少ない。
そこまで課題の量はないのでここら辺で終わらせておきたかった。
加藤から得られた情報はこれといって無かったな。
もしかしたら俺に{断罪}を掛けたプレイヤーが分かるかもと思ったが、名前を聞いたところで知らなかった。
ネットで調べても出てこなかったし、やはりマーナさんが言うように珍しい状態異常なのだろう。
せめてあの時に《鑑定》できていれば分かった事もあったかもしれないが、スキルが使えなかったのでどうしようもないか。
そんな事を思いながら、課題を進めるために自分の部屋に戻る。
机に座り、いざやろうとすると途端にやる気が薄れてきた。
しかし、俺はそれを抑えて課題に手をつける。偉いだろ?
そうして時間が過ぎていった。
☆☆☆☆☆
ある程度、課題が終わった。
残りは休み明けのテスト用の勉強だ。
今やっても夏休みが終わる頃にはどうせ内容を忘れているので、この課題は敢えてギリギリまで取っておくことにした。
決して面倒くさいわけじゃない。
机の上を片付け、スマホを覗く。
EOFは現在、アップデートをしているようだった。
終了予定時刻は明日の朝。
アップデート終了と共にイベントの結果と報酬がゲーム内で渡されるらしい。
確か、俺も報酬を貰えるはずだ。
エリアボスを担当した特別報酬を贈る、と運営からメッセージが昨日あったと思う。
それが何なのかは気になるところだが、それよりも気になる情報が公開されていた。
それはフィールド " エデン " の解放。
これが今回のアップデートの目玉らしい。
公式の記述によると、始まりの街の転移門から行ける世界で、この世界こそが本来のEOFのフィールドなのだとか。
始まりの街はあくまでもチュートリアル。プレイヤーのためだけの場所だが、" エデン " はNPCのための世界らしい。
実際に国を作って生活しており、力も権力も存在する。
ゲームが始まって一ヶ月もチュートリアルをやっていたことには驚いたが、新しい面白そうな要素が追加されるのは良いことだ。
それにイベントの名前が " 世界の進出 " だったことも、いま思えば伏線だったんだろう。
そして、その転移門を開放したのは恐らく俺だ。
始まりの街の転移門って言ったら間違いなくアレだし、その後に獲得した称号を思い出しても明らかにそうだと思う。
ということは、だ。
俺がマーナさんと転移した巨大な神殿。
あの場所は恐らくだが " エデン " の世界のどこかなのだろう。
何故いきなりあんな場所に飛んだのかは分からないが、公式からの情報を元に考えれば、俺がいた神殿は " エデン " の世界でほぼ間違いない。
と、なると。
マーナさんは一体何者なんだ、という疑問が自然と浮かんでくる。
始まりの街がチュートリアルエリアなら森エリアもチュートリアルエリアだと思う。マーナさんはそこのエリアボスだよな?
チュートリアルエリアのボスが、転移門を使って他のフィールドに行くって……有り得るのか?
いや、そうだ。
転移門を開放する前、マーナさんはクエストを無理矢理終わらせていた。つまり、あの瞬間からマーナさんはエリアボスではなくなっていたのだ。
だから転移門を使えたのか!
合点がいったことで心の中でそう叫ぶ。
謎が解けた。今なら、あの時のマーナさんの行動が理解できる。
" エデン " にある神殿で{断罪}を克服するために転移門を開放する必要があり、そのためにクエストを終わらせる必要があった。
……ん? つまり。
マーナさんは " エデン " の世界を知っている、ということか。
マーナさんは何者なのか。
その疑問について考えれば考えるだけ分からなくなっていく。
「んー。とにかく本人に聞くしかないか」
こんがらがってきた思考の末、俺はそう結論した。
アップデート終了は明日の朝。
明日のためにも、今日はもう休んでおいたほうが良いかもしれない。
俺は自分の部屋を出た。




