祭壇
インセニレは壁に耳を押し付けている。
「なにかあった?」
「いや、こっちの方から空気の動く音が聞こえたんだ。」
彼はそのままの格好で答えた。
「……風の音?」
「いや、もう少し弱い感じの音だ。出口が開いてもいきなり飛び出すのはやめたほうがいいかもな。向こう側は大きな落とし穴かもしれないぞ。」
「ああ、そうなの……」
合言葉が合っていた興奮がまだ冷めきっていないのは危険だ。スライドパズルの飛び石を思い出して、落ちたらどうなっていたかを想像する。なんとか恐怖で興奮が冷めた。
「まあ、もう聞こえなくなったがな。後ろから水っぽい音が聞こえたが、なにか見つけたか?」
「糸が巻き付いている円柱、みたいなのがあったよ。」
「糸か……よくわからないな。とにかくよく見てみるか。」
入り口の扉付近に戻ってきた。
「糸に見えるな。少し触ってみるか。」
「あ、ちょっと待って」
「どうした。」
「ナイフの柄で触れば、より安全かもしれない。」
袖に仕舞いっぱなしだったブラータのナイフを差し出した。
「そうだな。少し借りるぞ。」
「大切に扱ってね。」
「わかってる。」
インセニレは円柱をナイフで一瞬つついた。
「糸っぽいな。なにも起こらないし、もう少し触ってみるか。」
インセニレがナイフで円柱を撫でると、円柱が回転した。
「お……動くのか。」
「よく見てインセニレ、ほらナイフの上。」
わずかに光を反射するナイフの上に糸が乗っている。
「糸が乗ってるな。どっかほつれたのか?」
「いや、そうじゃないと思うな。」
ナイフの上の糸を引っ張った。円柱が回転して糸が出てきた。
「そういうことか。でも糸でなにをすればいいんだろうなあ……」
これは本当に糸なのだろうか。暗闇に目が慣れたとはいえよく見えない。今まで触ったことのある糸と比べて、微妙に太く、とてもしなやかでつるつるしている。
端を触ってみる。ちっともほぐれない……感触で管になっているのがわかった。
「この端っこ触ってみてよ。これ糸じゃない。管だ。」
インセニレは糸の端をじっくり触っていたが、
「ん~、、」
よくわからない様子だ。結局彼は目で見るとすぐにそれがわかった。
「お、たしかに管だ。触ってよく気付いたな。俺には見なきゃわからねぇや! ハハハ……」
「いや、僕は見たらわかんないや……」
「そうなのか? ところでこれ、横にも穴が空いてるな。」
「そうなの?」
何度か撫でたり見たりしてみたがさっぱりわからない。
首をかしげた。
「指が感じられる穴よりも目でみる穴のほうが小さいってところか。」
「うん、普通に考えてそうだね……しかし管か……管」
管ならどこか……最近頭の中に浮かんだことがある。そうだ、スライドパズル! さっき興奮を冷ますためにあの穴のことを思い浮かべたけれど、そのおかげで今パズルの絵を思い出した。
「スライドパズルの絵、杯に管で液体を入れてたよ。」
「じゃあ液体がこの中を通らなくちゃな。」
二人で窪みを覗いた。円柱の陰に隠れて、飛び出ている部分がある。
触ってみる。なにも起こらない。
押してみる。なにも起こらない。
引いてみようとした。つまんだ時に少し回転するのがわかった。
「これも回るみたいだ。回してみるよ。」
「いいぞ」
管から水が出てきた。
「これで何をすべきか決まったな。」
「うん、でも杯がないね。でも祭壇に絶対なにかするべきなんだよね。こんな風に設置されてるもの。」
通路が水浸しになって滑るといけないので水を止めておいた。
「インセニレ……?」
インセニレは塀に身を乗り出して祭壇を見だした。
「アリベラーレ、祭壇が杯だ。」
「そうなんだ……よくわからないけど。」
「いや、すごく小さな杯が祭壇に並んでる。この管を祭壇の上の2つの突起物の穴に通して水を流せば絵の通りになる。……こういうことなら得意だ。」
「でもこんな細いもの投げてもあの距離の穴には通せないと思うよ。」
「ナイフを貸してくれ。」
「あー、わかった。でもこれ借り物なんだよね……」
いや、もともと置きっぱなしにしたのはブラータ本人なんだから大丈夫だろう。多分。
「いや、やっぱり大丈夫。」
「よし、ありがとう」
「じゃあ向こう側で受け取るから、待ってて。」
「いくぞ!」
「いいよー」
管の結ばれたナイフは見事に穴を通ってまっすぐにこちらに飛んできた。両手で挟んで取る。
「水を流すぞ!」
「わかった!」
しばらくして出口の扉がひとりでに開いた。ナイフに結んだ管をほどき、ナイフは袖に仕舞った。
扉の向こうは落とし穴ではなかった。かなり狭い部屋だ。部屋というより人間用のかごといったほうがいい。明かりがあって植物をモチーフとした装飾が沢山施されていた。
「入って大丈夫かな。」
「もう行くしかないだろう。ここまで来ちまったんだからな。」
二人が入ると扉が閉まり、そのかごはゆっくり上昇を始めた。




