第24話
「いくぞ、サイアス」
団長が剣を握り直し一歩踏み出そうとするけれど、サイアスさんは動けない。
「やめてくれ、ジャック」
サイアスさんが絞り出すように声を出した。
「すまん。やめられん。あいつを斃さなくては国がなくなる」
団長はため息をついて、レオンを見据えた。
「ハナ、哀れだな。この国にお前の居場所はないようだ。俺もお前を抱えてまで戦うことはできない。仕方ない。お別れだ」
レオンが私の首元に当てていた短剣を振り上げる。私は静かに目を閉じた。
その瞬間、
「バカ者が! また、女、子どもを軽んじおって」
しゃがれた怒鳴り声に目を開くと、頭上から黒い影が降って来るのが見えた。
キィン
黒い影は、短剣を弾くと同時にレオンの背に剣を突き立てた。しかし、その背に刺さった剣は深さが十分ではなかったのかすぐに乾いた音を立てて床に落ちた。でも、その一撃は私を開放するのには十分だった。
「くっ」
レオンは軽く呻くと私を床に投げ出し、剣を鞘から抜いて対峙した黒い影に襲い掛かって行った。
キン、キン、キィン
室内に激しい金属音が反響する。
黒い影は両手に持った剣で、レオンの剣の猛攻を防いでいる。
「バカ者! 見とらんで早く助けんか!」
黒い影が団長に向けて怒鳴っている。この声には聞き覚えがある。剣聖ダニエルだ。大陸一番の剣の使い手が助けに来てくれたんだ。
「じじぃ、余裕じゃねーか」
団長はダニエルとレオンの打ち合いを眺めている。
「ダフル殿、ダニエル様に加勢しますよ。レオンにはまだ側近1人が残っています」
あぁ、ツイルさんだ。ツイルさんも助けに来てくれたんだ。
「わかったよ。そう心配すんな。じじぃは殺しても死なねぇ。大体、お前を踏み台にしてジャンプするなんざ、年寄りのすることじゃねぇよ」
「じじぃではありません! 剣聖をそのように呼ぶなど」
「あー、わかった。分かった。サイアス、お前は側近を斃してくれ。ハナはセインが手当てする」
団長はのそりと動き出した。その後にツイルさんが続く。サイアスさんも残っている側近に向けて歩みを進めた。
良かった。これでイーリアスは大丈夫だ。
レオンには剣聖ダニエルと団長、ツイルさんが揃ってかかれば絶対に斃すことができる。残った側近もサイアスさんなら余裕で斃すことができるだろう。
私は、床に転がされてすぐにセインさんに助け出されて壁際に避難していた。
「セインさん・・・・。右腕がすごく痛いです」
右肩から少し下の部分がずきずきと燃えるように痛い。
「あぁ、傷が深いですね。今、止血しますね。指は動かせますか」
セインさんの言葉に従って右手の指を動かす。痛みは走るけれど、動きに問題はないようだった。
「大丈夫そうですね。すぐに処置したいのですが、今ここを動くことはできません。暫く辛抱して下さい」
セインさんは私の右腕を押さえて止血しながら、すまなそうに言葉を発した。
「みんなは? 皇女や近衛のみんなは大丈夫なの?」
「えぇ、皇族の方々は誰一人負傷していません。けれど、近衛の方々は・・・・」
セインさんは遠くを見ながら呟くように教えてくれた。そうだよね。何人かは倒れて動かないのを見たもの・・・。
「レイラさんは! レイラさんはどうなっていますか」
レオンに蹴られて飛ばされたレイラさんはどうしたろう。蹴られた直後は動かなかったけど、まさか死んでないよね。
「彼女は右肋骨を2本骨折しました。この場が鎮まったら医務室に運びます」
「良かった・・・」
肋骨2本なんて重傷だと思うけれど、そのほかに受傷しているところもないようで、レイラさんの命があることにホッとする。
金属音はまだ室内に響いている。
サイアスさんの方を見るとレオンの側近を壁際まで追い詰めていた。側近は左腕と右太腿から血を流して息も切れ切れに剣を振るっている。サイアスさんが勝つのは目に見えている。
団長とダニエル、ツイルさんもレオンの身体各所にダメージを与えている。彼の顔は苦痛に歪み、立っているのもやっとのようだったけれど、剣を振るうことを止めてはいなかった。
大丈夫だ。イーリアスは大丈夫。
そう思ったら急に眼の前が歪んできた。腕の痛みと出血のせいで気を失うのかな・・・そんなことを考えていると、遠くにレオンが斃れるのが見えた。
私はこの後のことは覚えていない。眼が覚めた時には、ラインシートのお屋敷だったから。
「ハナ、眼が覚めたか」
眼を開くと間近にサイアスさん顔があった。
「うわっ」
慌てて起き上がろうと手を動かしたけれど、右手に痛みが走ってポスンとベットに倒れ込んだ。
「無理をするな。丸2日も高熱を出して寝込んでいたんだ。体力も落ちているはずだ」
そう言って私の髪を撫で、顔を覗き込んだサイアスさんの顔色は悪くて、目の下にはクマがみられた。
心配かけちゃったんだな。
「迷惑かけました。ごめんなさい」
私の言葉にサイアスさんはゆっくりと首を振って、私の手を優しく握った。
「良かった。ハナが生きていてくれて。あの時、意識を失ったハナを見てこのまま死んでしまうのではないかと思った。そう思うと、ひどく恐ろしくて生きた心地がしなかった。私は・・・ハナのいない世界では生きていけないのかもしれない」
サイアスさんの手が少し震えている。そんなに心配してくれたんだ。
「サイアスさん、大げさですよ」
私は笑いながらサイアスさんに答えたけれど、サイアスさんは真顔のままだった。
「ハナ、私と・・・・」
コン、コン
サイアスさんが何かを言いかけた時、扉をノックされる音が聞こえた。
「はい」
思わず答えると、メイとマリーネさんが部屋に入ってきた。
「ハナ! 眼が覚めたのね!」
「あぁ、良かった」
2人とも私が目覚めたのを知って安堵の表情を浮かべて、ベットサイドに小走りに寄ってきた。メイとマリーネさんの目の下にもクマが見られている。いろんな人に心配かけちゃっんたんだな。でも、心配してくれたんだ。こんなにもみんな心配してくれたんだ。団長はこの国に私の居場所はないなんて言ってたけど、いいよね、居場所はここだって思っていいよね。思わず瞳が潤んでくる。
「サイアス様、ハナさんの着替えの時間です。暫くお席を外して頂けますか」
「わかった」
マリーネさんがサイアスさんに言うと、サイアスさんは軽く溜め息をついて席を立った。
「良かったわ、ハナ。ずっと眠っているからどうなるかと思ってた」
「本当に。サイアス様は2日間ろくに眠らずに付ききっきりだったんですよ」
メイとマリーネさんが2日間の状況を教えてくれた。
レオンたちを斃した後、サイアスさんは真っ先に私の所に駆けつけて、傷の深さと意識が朦朧としている状態にひどく慌てて、私を抱きしめて離さなかったらしい。そんなに心配しなくて大丈夫だって言うセインさんの言葉も聞かずに医務室で処置を終えたら、すぐにお屋敷に連れ帰ってきたんだって。セインさんは医務室に泊まらせて経過をみるつもりだったけど、往診を余儀なくされたみたい。
それから、熱も高くて意識も朦朧としている私を心配して、みんなが反対するのも聞かずに、私の部屋に椅子やソファを運び込んで付きっきりで看病してくれたって。ただ、身体拭きだけはメイとマリーネさんが強固に引き受けたけど、何も言わなかったらサイアスさんがやっていたかもしれないって2人は口をそろえた。ありがとう、サイアスさんを止めてくれて。そこまでしてくれたら恥ずかしくて死ねるよ。
「でも、薬とかどうやって飲んだんだろう。ここまで回復しているのって薬も飲んだはずだよね。注射なんかないだろうし」
私が首を傾げると
「口移しに決まってるじゃない。初めは飲めるかなって口に含ませたりしたけど、流れ出てきちゃうから口移ししかなかったのよ」
メイが溜め息をついて教えてくれる。
「あぁ、メイがやってくれ・・・・」
「サイアス様よ」
「へっ」
「サイアス様に決まってるでしょう。ハナのことは全部サイアス様が担ってるんだから」
メイは当然とばかりに断言した。
「ギャーッ! 恥ずかしい! なんで止めてくれないの!」
恥ずかしい、恥ずかしい、歯磨きしてないし! いや、命に関わることだから、歯磨きなんて言ってられないけど。うわーっ!
「止められるわけないじゃない。朝の顔拭きから、整髪、傷の処置、発熱時の額の手巾交換、その他諸々、寝る間も惜しんで看病してるんだから。食事だって傍で摂ってたのよ。サイアス様にとってハナはなくてはならない人なんだから」
メイの言葉に赤面する。そんなに面倒みてもらっていたんだ。優しいな、サイアスさんは。でも、いつまでも甘えていられないよね。
「ねぇ、眼が覚めて少しお話したんでしょう。サイアス様から何か言われなかった?」
メイとマリーネさんがニコニコしている。なんだろう。
「うーん、心配してくれていたようなことは言っていたな。それと私がいない世界では生きていけないとか何とか言ってたような。大げさだよね。あっ、それから『ハナ、私と・・・・』って何か言いかけてたな。なんだったんだろう?」
「えっ!? 言いかけてた?」
「うん、でも2人がノックして入ってきたから途中になっちゃった」
私の言葉に2人はひどく驚いた顔をした。
「サイアス様、すみませんでした」
「ハナ! ノックになんて答えなくていいのよ!」
マリーネさんは暗い表情で俯き、メイはなぜかきれていた。
訳がわからない。なんか、また眠くなってきた。




