第23話
なん・・・で・・・。
目の前に現れた男の不敵な笑いに身体が震える。
「ガレル国王、探しましたよ。執務室ではなくこんなところにいらっしゃったとは」
レオンが、2人の兵士と共に大広間の控室に入ってきた。兵士はライデントの制服を着ており、そのうちの1人はイーリアスの貴族を拘束し引きずっている。
拘束されている貴族の顔色は悪く、殴られたのか目元や口元は内出血し紫色に膨らんでいる。彼を拘束していた兵士はその貴族をドサリと床に転がした。
「カテガル! どういうことだ! 国王に祝いをすると言うから私は・・・・」
貴族は呻いた後、喚き始めた。
「用済みだ」
レオンが側近の兵士に向け命ずると、兵士はなんの躊躇もなく剣を貴族の胸に突き刺した。
「ぐっ」
貴族は目を剥いて、胸元から血を流してその場に倒れた。
「キャー」
王妃のフロンシーヌ様とそのお子様や侍女たちの悲鳴が上がり、場が騒然とする。
レオンはそれを見て楽しそうに微笑んでいる。
怖い・・・・。レオンもだけど、連れている2人の側近はとてつもなく強い腕を持っていると感じる。
レオンは女性たちを一睨みし、悲鳴が止むと周囲を見渡した。
近衛と軍の兵士が身構え、国王と皇族たちを護るためその前に立ちはだかる。
奴は値踏みするように兵士達を見て、鼻で笑った。
見抜かれた? ここにいる兵士達は強いけれど、抜け道に集められた兵士ほど腕がたつわけではない。レオンの側近2人でここの兵士の3分の2くらいは軽く斃されてしまうかもしれない。
「ハナ、やはり生きていたか。そうでなくてはな」
レオンは私を見つけると口元を歪め笑った。その笑顔に冷や汗が背中を伝う。
あぁ、団長は、サイアスさんはすぐに駆けつけてくれるだろうか。レオンたちに国王が殺されてしまうまでに間に合うだろうか。
「ガレル。この国を貰いに来た。ここにいる男どもには死んでもらう」
そう言ってレオンは不躾な眼差しで皇族方を見渡し、アリシア皇女に目を留めた。
「おやおや、顔色も変えないで毅然としてらっしゃるのは、イーリアスの至宝アリシア皇女ではありませんか。相変わらずお美しい。私の妻となるに相応しい」
「無礼な・・・・」
レオンの言葉にアリシア皇女が僅かに震えたのがわかった。
「ふざけるな。お前などに指1本触れさせはしない」
レイラさんが、レオンに剣呑な眼差しを向けて低い声を出す。
「女騎士か。いいぞ、強い女は好きだ。お前は側室にしてやろう」
レオンはレイラさんに視線を向けて微笑んだ。
「ふざけるなと言っている」
レイラさんはレオンに剣を向けた。
「イリル、パート! 男どもを殺せ。あぁ、国王と皇太子は俺のだから取っておけよ。俺はまずこの女とハナを拘束する」
レオンは側近に命ずると、レイラさんと剣を合わせた。
キィン
剣がぶつかり合い金属音が周囲に響き渡る。
レイラさんの剣は弾かれ、体幹のバランスを崩しそうになったところを後方に飛びずさって、態勢を立て直した。
「レイラさん! 加勢します!」
私はレイラさんと共にレオンと向き合った。
「注意して下さい。レオンはすごく強いです」
「あぁ、武力国家ライデントの皇子だからな。油断はしない」
レイラさんと私はしっかりと剣を握り直した。
どこまで戦えるだろう。レオンと女性である私たちの体力差は歴然だ。
ダメダメ、不安になったらおしまいだ。必ずサイアスさんと団長が来てくれる。それまでなんとか戦って、国王と皇女たちを護らなくちゃ。
レオンの側近たちは、イーリアスの兵士達と剣を交えている。奴らはやっぱり強くて、次々にイーリアスの兵士達を斃している。ガレル国王とウィル皇子も抜き身の剣を手にして、いつでも戦えるように構えているけれど、彼らが剣を振るうようになったらおしまいだ。ウィル皇子は強いけどレオンと側近2人が襲い掛かったら・・・・分が悪い。
「ハナ、それからレイラといったか。楽しいな。強い女をみるとぞくぞくしてくる」
レオンが舌なめずりをして私たちを見た。気持ちが悪い。
「行くよハナ!」
「はい!」
レイラさんと私は同時にレオンめがけて走り出した。
キン、キン、キィン。
2人がかりで、レオンに切りかかるけど、奴は息一つきらさず私たちの剣を弾き返す。
「ハハハッ、もっと強く打って来いよ。弱すぎてつまらんぞ」
「ハナ、奴を引き付けられるか。私は背後に回って攻めてみる」
レイラさんが小声で聞いて来る。
「うん、わかった。やってみる」
身体をできるだけ屈めてレオンに近づき、剣を横に振る。レオンはうまく躱そうとしたけど、間髪おかずにその腰部に蹴りを入れる。奴の身体が僅かにぶれた。その瞬間を狙って背後に回り込んだレイラさんが、奴の背に剣を突き立てようとする。
けれど、奴はすぐに態勢を立て直してレイラさんに向き合い、その剣を弾いて、彼女の腹部に勢いよく蹴りを入れた。
「ぐっ」
彼女は数メートル飛ばされて、床に落ちた。
「レイラさん!」
私の叫びに答える様子もなく彼女は床に仰向けに倒れている。気を失った? いづれにしても、肋骨の2~3本はやられているかもしれない。もう動けないか・・・・。
「お前たち、なかなかやるじゃないか。だがな、俺はレオン・ラシード・ライデントだぞ。お前たちなど、俺から見れば赤子のようなものだ」
レオンはクックッと笑っている。
どうする。どこまで戦える。イーリアスの兵士は半分くらいがレオンの側近にやられてしまった。残って戦っている兵士もケガをしているように見える。
部屋には血の匂いが充満し、壁や床は飛び散った血で真っ赤だ。王妃や子どもたち、侍女らは震えながら手を取り合い壁際に寄っている。アリシア皇女はウィル皇子の背後から毅然と様子を伺っている。今のところ、皇子や国王が剣を振るうことはないけれど、時間の問題だ。
「よそ見していていいのか」
目の前にレオンの剣が迫り、慌てて後方に飛びずさった。
「いいねぇ、その眼」
レオンが次々に剣を繰り出してくる。防ぐので手一杯だ。息も切れてくる。どうする、どうすればいい。
「ハナ!」
来た! サイアスさんの声だ!
入り口に視線を向けようとした時、レオンの剣が私の右上腕を切り付けた。
「くっ」
痛い! 斬られた部位に走った熱感と激痛に、思わず剣を取り落とす。
瞬間、レオンの手が伸びてきた。
やばい! 捕まる! 激痛に堪えて、レオンの手を左手で払い、腹部に蹴りを入れる。けれど、その蹴りは奴にダメージを与えるほど強く繰り出すことはできず、簡単に足首を掴まれ、奴の腕に抱え込まれてしまった。
「ハハッ、捕まえた。お前は絶対ライデントに連れて行くぞ」
レオンが耳元で囁くと全身に鳥肌がたった。
「ハナ!」
サイアスさんは、剣を鞘から抜いた。
サイアスさん、どうしよう捕まっちゃったよ。レオンの腕の中は嫌だよ、サイアスさんに抱きしめてほしいよ。
レオンから逃れようと四肢をばたつかせてもがくけど、拘束は強いし、腕の傷は痛むし脱出は不可能だった。
「ハナ、あまり動くと傷が広がるぞ。逃れようとしても無駄だ」
奴はそう言うと、私を抱き上げてすべての動きを封じた。
「ラインシート動くなよ。貴様が動いたら、ハナは殺す」
レオンは懐から短剣を取り出して、私の首元に突き付けた。
「くっ」
サイアスさんの顔が苦痛に歪んでいる。
「イリル、パート! いつまでかかっている。早く男どもを殺せ! ラインシートが来たってことはすぐに援軍が来るってことだ! 急げ! あぁ、国王と皇太子も殺っていいぞ」
レオンは側近たちに向かって声を張り上げた。その声を受けて、側近たちの動きは迅速さを増して、ウィル皇子にも襲い掛かった。
「勝手してんじゃねーよ」
団長が息を切らして入り口に現れた。ウィル皇子と剣を交えている側近を見つけると、走り寄って剣を振るい猛攻して斃してしまった。
「サイアス、何やってんだ! 早くレオンを討て! 国王と皇子を護るんだ」
団長はサイアスさんに向けて怒鳴った。
「しかし・・・・」
団長、無理だよ。サイアスさんは私が人質に取られているから動けないんだよ。
団長は静かにサイアスさんに近づいて傍に立ち、レオンと私を見た。
「レオン、ハナに人質の価値はねぇぜ。そいつはただの異世界人だ。この国の要人でもなんでもねぇ。俺たちは国を護るためなら、そいつの命は捨ておく」
「ジャック!」
サイアスさんが叫ぶ。
周囲から、皆が息をのんだ様子が伝わってきた。皇子も皇女も団長の言葉に驚いている。侍女たちからは「ひどい」って声が漏れ聞こえてきた。
でも、そうだ。私は異世界人なんだよ。サイアスさん、迷っちゃだめだよ。多分、団長の言葉は正しい。私がいなくなれば、レオンたちなんて斃せるでしょう。サイアスさんの腕の中じゃないのが残念だけど、もういいよ。私一人のせいで皆が死ぬところなんて見たくない。
「サイアスさん、レオンを斃して」
私は絞り出すように声を出した。




