第21話
いよいよ明日から新年だ。
王城では新年祭と王妃就任式が執り行われる。
レオンはすでに王都に潜んでいるはず。
明日は私も登城してアリシア皇女の警備に就く。怖いけれど、皇女やこの国を護りたい。私の居場所を護りたい。
「眠れないのか」
サイアスさんが、バルコニーの椅子に座りボンヤリしている私に気付いて出てきてくれた。
ちなみに伯爵家の人々が帰ってきても、私の部屋はサイアスさんとツイルさんに挟まれたままになっている。ミリィ様はちょっと納得がいかないようだったけれど、伯爵夫妻は私を護るためだと説明されると笑顔で「しっかり護りなさい」ってサイアスさんに声をかけていた。
お二人とも私を気遣ってくれて、サイアスさんのご両親だと納得できるくらいとても優しい。
時々ミリィ様から向けられる冷たい視線には辟易するし、比較的胸の開いたドレスを着た時にライル様から向けられるなぜか憐れむような視線は疑問だけれど、私はラインシート家で穏やかに過ごすことができている。
傍にはいつもサイアスさんがいてくれる。これって、異世界から飛ばされた身にはとても幸せなことなんだと思う。
「早く眠った方がいいんでしょうけど、ちょっと緊張しちゃって」
「少し苦いかもしれないが、これを飲んでみるといい」
苦笑する私に、サイアスさんは気持ちを落ち着ける薬草入りのお茶を差し出した。
「うわっ、苦い!」
一口飲み込み、思わず顔をしかめる。
「ははっ、ハナには刺激が強かったか」
「こんなに苦いの、初めてです」
「だが、良く効くぞ」
うん? 即効性なのかな、なんだか段々と手足が温まってきた気がする。
「本当だ。なんかポカポカします」
「明日は王族の控室までレオンが到達することはないだろう。私たちが必ず斃す」
サイアスさんが私を見つめた。
「はい。もしも、レオンたちと闘うことになったら、私も全力を尽くして皇女たちを護ります」
私が答えるとサイアスさんは黙って頷いた。明日は私を登城させないという考えは今は全くなくなったようだ。分かってくれたんだよね。今のこの生活が私にとってとても大切だっていうこと。
風に乗って庭園のスリートの香りがここまで届く。夜空を見上げれば星が瞬いている。
隣に座るサイアスさんの体温が心地いい。
なんだかすごく安心することができて急に眠気が訪れた。身体がサイアスさんの方に傾いて、意識もふわふわとする。
身体がふわりと浮き上がる感覚に、サイアスさんに抱き上げられたと理解するけど、瞼が重くて開かない。
えへへ、気持ちいいからこのまま寝ちゃおう・・・・。
そう思った次の瞬間、サイアスさんが「フッ」って息を漏らして笑ったのがわかった。
「サイアス様、剣聖ダニエルから・・・・・」
もうかなり眠くて最後の方が聞き取れないけれど、ツイルさんの声が聞こえた。
剣聖ダニエルがどうしたのかな・・・あぁダメだ、眠い。
翌朝5時。
「さぁ、出かけよう」
「はい」
サイアスさんの声に頷き、お茶のカップをテーブルに置いて立ち上がる。
今日は4時には起床して、軽食を摂った。
式典は10時から開催される。式典に参加する貴族にはレオンたちが襲撃してくることについては話していない。レオンは何時頃襲撃してくるんだろう。
団長は7時頃にわざと警備の隙を作るって言っていた。うまくかかってくれるといいけど。
エントランスではメイ、マリーネさん、ツイルさんが見送ってくれた。
「気を付けてね。自分のこともちゃんと護ってよ」
「うん」
メイの言葉に頷く。
「ハナさん、制服とても似合うわ。この国をお願いしますね」
「マリーネさん、ありがとう」
マリーネさんが女性騎士服の制服を着た私を抱きしめた。
制服はレイラさんが持ってきた物を、マリーネさんや使用人の皆さんが袖口や丈を詰めて私に合うようにしてくれた。騎士の制服は侍女の制服と違って機能性に富んでいて、空手の動きを妨げることもない。これなら十分に動ける。
「サイアス様、私も微力ながらお手伝い致します」
「あぁ、王城で待っている」
サイアスさんはツイルさんから剣を受け取った。
私はすでにダニエルから頂いた剣を腰に佩いている。これを使うことなく皇女たちを護れるといいけど。
「さぁ、ハナ。王城まで一気に駆けるぞ」
「はい」
私はエリンに跨り、グレンに乗ったサイアスさんの後を追うように走り出した。
「おぉ、サイアス、ハナ。待っていたぞ」
近衛の執務室に入ると団長が迎えてくれた。
「ジャック、現状は?」
サイアスさんの問いに団長は壁に貼られた王城地図を示した。
「国王とウィル皇子、アリシア皇女、それから新王妃のフロンシーヌ様とお子様方はここ、式典会場の大広間の2階に6時に移動なさる予定だ。ハナはここにつめてくれ」
団長は地図を指し示しながら説明を始めた。私はゆっくりと頷き、地図を見つめる。
「俺たち近衛は抜け道とつなげた食堂に待機だ。7時に抜け道の警備に当たっている兵士を、城内に異変が起きたという名目で一旦下げる」
「わかりました。レオンたちが食堂に着くのは7時10分頃になりますね」
サイアスさんは冷静に計算しているようだ。
「あぁ、おそらくな」
「他にレオンたちのような賊が通れる道はありませんね。王族方が控室に早々に移動することを知る者もいませんね」
「あぁ、勿論。近衛や軍の一部しか知らないことだ。イーガル皇子にも24時間監視をつけていたが、妙な奴らと接触することはなかった。レオンたちは必ず食堂で始末する」
団長はニヤリと微笑んだ。
「私、皇女のところに行きますね」
団長とサイアスさんに声をかけ、部屋を出ようとするとサイアスさんに腕を取られて、その懐に抱き抱え込まれた。
「ハナ、自分のこともちゃんと護ってくれ。決して無茶はしないでほしい」
サイアスさんは私をきつく抱きしめた。
「分かってます。油断も無茶もしません。サイアスさんも無茶しないで下さいね」
苦笑しながら答えると、腕の力が更に強くなった。くっ、苦しいです。
「サイアス、ハナが白目剥いてるぞ」
団長の呆れた声が室内に響く。それを聞いてサイアスさんは慌てて私を離してくれた。
「すまない。つい」
「大丈夫です。じゃあ、行きますね」
私は笑顔で答えた後、踵を返して部屋を出た。
もうっ、最近のサイアスさんの行動には勘違いさせられそうで怖いよ。ついつい、赤くなった顔を手の平で扇ぎながら速足でアリシア皇女の部屋に向かった。
「ハナ、待っていたわ」
控室に着くとアリシア皇女とラリッサさん、イライザ、ロビィ、そしてレイラさんが迎えてくれた。
「久しぶりね。警護の腕は衰えてないかしら?」
ロビィに軽く嫌味を言われる。うーっ、約20日ぶりだね。この感じ。
「大丈夫ですよ。お屋敷でも鍛錬してましたから!」
「そう。ラインシート様に特訓されていたわけね」
イライザが含み笑いしながら返してくる。
「少しは進展したのかしら?」
アリシア皇女とラリッサさんが苦笑している。
「全然ですよ」
レイラさんが溜め息とともに吐き出した。
「でしょうねーっ」
みんな一斉に溜め息をついた。一体なんなの!
「やぁ、ハナ。調子はどうだい」
ウィル皇子が皇女の様子を伺うために来室した。
「十分闘えます。ここに敵が来ることはないかも知れませんが、この国を護ることに全力を尽くしたいと思います」
私の答えに皇子は一瞬目を見開いたけれど、すぐに柔らかく微笑んだ。
「まぁ、無理せずにいつものハナでいてくれればいいよ」
「はい」
皇子の笑顔に少し緊張がほぐれる。
ここまで敵が来ることはないと思うけれど、相手はレオンだ。油断できない。
6時。
アリシア皇女が控室まで移動する時間だ。
あと1時間で敵を誘導する作戦が始まる。




