第20話
読んで頂きありがとうございます。
なんとか書き続けていられるのも皆様が読んで下さるからです。
ありがとうございます。
「あら、目が赤いわ。どうしたの」
ラインシート夫人は、入室した私の顔を見るなり近づいてきた。
「大丈夫です。ちょっと昨日寝不足で・・・・」
慌てて答えると
「寝不足?」
夫人は小首を傾げた。
やばっ、そういえば居間で皆の話聞きながら寝入ってしまったんだった。つい、顔が引きつる。
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
夫人はそういって微笑むと、私の手をとってお針子さんのところに向かった。
「春の園遊会の衣装を作ろうと思って来てもらったのよ」
夫人はお針子さんから見本の生地を受け取ると「どの色が似合うかしらね」と笑顔で私の肩に生地をかけ始めた。
早く、要らないって言わなくちゃ。園遊会には出られないって言わなくちゃ。
「あの、折角ですけれど、私、その・・・・園遊会にはでられません!」
勢いをつけて言うと夫人はキョトンとした顔で私を見つめた。
「ハナ、どうして」
メイが慌てて傍から声を発した
「メイ。だって私、いつまでもここにお世話になるわけにはいかないもの」
私の言葉に夫人とメイは目を見開いた。
夫人は驚いた表情を潜めて、ため息をつくと微笑んで私の身体をそっと抱きしめた。
温かい・・・いい匂いに、日本の母親を思い出す。
「いつまでもここにいていいのよ。わたくしから言うことではないけれど、あなたがいてくれないとサイアスはとても困ると思うわ」
夫人は優しく声をかけてくれた。
「困る?」
何に困るんだろう。私がお屋敷から出て行ったら、厄介ごとが減って気が楽になるはずなのに。
「えぇ、困るの。サイアスが困るとわたくしたちも困るし、寂しくなるわ。さぁ、この話はもうおしまい。ドレスは作るわよ。ハナさんをとびきり着飾らせないと、サイアスに怒られてしまうわ」
夫人はそっと私の身体を離すと、お針子さんのところに戻って再び生地選びを始めた。
「ハナ、厚意は受けておくものよ」
メイが少し怒ったように話しかけて来る。
「う、うん。わかった」
私はあまり気乗りしないけど、肩にかけてくれた生地を見ながら、ドレスに使う生地やデザインについての話し合いに参加することにした。
式典まであと5日。
今日は団長とレイラさんが騎士の礼装に、喪に服する意味の腕章をつけてラインシート家を訪れた。
久し振りに見る団長はとてもやつれて見えた。サイアスさんがいないのが響いているんだろうな。
「よぉ、元気か?」
団長は目の下のクマも鮮やかに笑っている。
「団長は大変そうですね」
苦笑いして答える。
「大変なんてもんじゃねぇよ。サイアスがいないとあんなに書類がたまるってことを改めて知ったよ。期日を守らねぇとあちこちから矢のように催促されるしな。たまったもんじゃねぇ」
団長は伸びをして手足を椅子から投げ出すようにして座った。
「ハナ、私の方も大変なんだ。ハナがいないとアリシア皇女の警備には私しか入れないし、侍女たちもなんかピリピリしているしね。早く式典が無事に終わって、通常の日々が戻ってきてほしいよ」
団長の隣に座ったレイラさんの顔にも若干の疲れが見える。
2人ともぐったりと肩を落として言葉が少ない。そんな2人を見て、サイアスさんと顔を見合わせて苦笑いした。
「今日はどうして?」
サイアスさんは団長に問いかけた。
「あぁ、式典の日の警備と抜け道対策についての最終確認だ」
団長はそう言うと、懐から1枚の王城地図を取り出した。
地図には抜け道が記載されていて、食堂脇を通る部分に赤印がされている。
「サイアスからの伝言通り、ここの抜け道は壊して塞ごうと思う。食堂に奴らを誘導して叩こうと思うんだが」
「そうですね。ここに控えるのは?」
「近衛と軍部の精鋭だ。あちらさんも抜け道を通って来るなら少数精鋭だろうから、こちらも手練れを揃えないとな。ちなみに俺とお前もここに待機だ」
団長の目が光る。
「えぇ、勿論です」
サイアスさんは地図を見ながら答えている。
大丈夫なのかな。昨日の剣の練習では動きは良かったけど、いざっていう時背中の傷が動きを邪魔しないかな。じっと、隣に座るサイアスさんを見つめていると目が合った。
「どうしたハナ?」
「いえ、傷は大丈夫なのかなと思って」
「あぁ、もう大丈夫だよ。昨日、剣の鍛錬をしたじゃないか」
「でも・・・」
「ハナは心配性だな」
サイアスさんは柔らかく笑って、私の頭を軽くポンポンした。
「あー、ハナ。いちゃついてるところ悪いが、サイアスは大丈夫だと思うぞ。あれから8日も経ってるんだ。それで傷を引きずる奴は近衛なんかに居られねぇよ」
団長の声に我に返る。
「いっ、いちゃついてなんか・・・・」
「いちゃついてるだろーが、なぁレイラ」
「そうですね。いちゃついてます」
レイラさんは抑揚のない声でお茶を飲みながら答えた。うーっ、恥ずかしい。サイアスさんの方をみると、楽しそうに口角を上げて団長とレイラさんを見ていた。なにが楽しいんだろう。
「それでだな。当日ハナにはアリシア皇女の傍に控えていてもらいたいんだ」
団長は地図に目を戻した後、私を見て指示を伝えてきた。
私が頷こうとした時、
「ジャック、ハナは式典には行かせません。当日は屋敷に居てもらいます」
サイアスさんがそれを遮るようにして断言した。
その言葉に私をはじめ、団長とレイラさんは驚いて彼を見つめた。
「何言ってんだサイアス。国の一大事だ。腕の立つ者には働いてもらわないと・・・・」
「ハナは、騎士でも腕の立つ者でもありません。戦闘の場にいてもしものことがあったらどうします」
サイアスさんの声には若干の怒りが含まれているように感じる。
「副団長、アリシア皇女の要望でもあります。皇女はハナの腕を信頼しているのです」
レイラさんも慌ててサイアスさんに返す。きっと、サイアスさんの反応は予想外のものだったのだろう。私も驚いた。当日王城に行かないなんてことは、アリシア皇女を護らないなんてはことは考えもしなかった。
「ハナは行かせません」
団長とレイラさんの言葉を受けても、サイアスさんの意志は変わらないようだった。
サイアスさんは私のことを心配して言ってくれているんだろうけど・・・私は、私はどうしたい?
私は強くはないけれど、闘うことはできる。闘うのは怖いけれど、皇女が護ってほしいって言うなら傍にいて護りたいと思う。
それより何より、この国がなくなったら、サイアスさんが闘いに敗れて死んでしまったら私はどうなるの。全てを失くして生きていける? 日本にも帰れず、ライデントに占領された国でどんな風に生きていくの? 嫌だ。私が望むのは平和なイーリアス王国でサイアスさんの傍にいること。どんな形でもサイアスさんの傍にいたい。そのためなら剣を持つ。
「サイアスさん、私アリシア皇女を護ります」
サイアスさんを真っ直ぐに見つめて言葉を発する。
「ハナ! ダメだ。なにかあったらどうする」
サイアスさんは即座に否定した。
「行かせてください。私はこの国を、アリシア皇女を、私の居場所を護りたいです。なにもしないでお屋敷にいることはできません」
「居場所?」
「はい。大切なんですここが」
「しかし」
サイアスさんは考え込むように俯いた。
「副団長、理解して下さい。もし、この国がライデントに占領されれば、軍の上層部は斬首されるでしょう。勿論、副団長も。そんな国でハナはどう生きて行けばいいんですか。だれもいない場所に1人残されて・・・・。ハナは自分の居場所を、副団長を護りたいんです」
レイラさんが静かにサイアスさんに語りかけた。
サイアスさんはその言葉を受けて私を見つめた。私はサイアスさんに向かって黙って頷く。
「ハナ・・・・」
「私、行きます」
「わかった」
サイアスさんは深くため息をついた後に一言放った。
「そうとなりゃ、打ち合わせだ」
団長とレイラさんは、テーブルに広げた地図に私の配置場所を記して作戦について話し始めた。




