第19話
お待たせいたしました。遅くなって申し訳ありません。
読んで頂きありがとうございます。
ニールが鍛錬場に飛び込んで来たため、剣の訓練は中止してサイアスさんのご家族と私とニールとでお茶することになった。ニールは王城に出勤が遅れるって伝令を頼んでいた。ちゃっかりしてるなぁ。
「すみませんでした。ハナが死んだとは思っていなかったけど、実際に目にするまで心配で。動いているハナをみたら、嬉しくて駆け寄ってしまいました」
ニールは私を抱きしめたことをそう表現して謝った。生きてるだけで、そんなに喜んでもらえるなんて驚いた。サイアスさんはニールの言葉に苦笑している。
「王城内はどうだね」
ラインシート伯爵がニールに問う。
「はい。新年を迎えるこの時期に副団長が死亡したという連絡は王城内に衝撃をもたらしました。多くの人々が喪に服す意味で腕章をしています」
「そうか。ここにも弔問したいと何件もの申し入れがあったが全て断っている」
伯爵が苦笑する。
「でも、式典は予定通りに行われるのでしょう」
ラインシート伯爵夫人は心配気に言葉を挟んだ。
「はい、当日は騎士の数を増やし、策を万全にして予定通りに行なう予定です。しかし、副団長が不在であるのは指揮系統上よくないだろうと、新たに選出しようとする動きがあるのですが、団長が涙を流しながら『そんなことは、まだ考えられない俺の相棒はサイアスだけだ』と聞く耳を持たないのです」
「ほう、ダフル君も演技がうまいね」
ラインシート伯爵は苦笑し、サイアスさんは思いきり気持ち悪そうな顔をしている。
「いや、演技ではないと思います。実際、副団長がいないことで近衛の仕事は著しく滞っています」
ニールの眉間の皺は深い。
あぁ、そうだよね。今頃団長の机の上は書類でいっぱいなんだろうな。
私は黙って、みんなの話を頷きながら聞いていた。
みんなお茶を飲みながらスマートに話しをすることができる。その所作が一つ一つ綺麗なんだよね。羨ましい。
お茶うけにお菓子と果物が運ばれてきた。
んっ? 初めて見る果物があるな。
卵くらいの大きさで黄色い皮みたいなのに覆われている。あらかじめ、切ってないってことは手で簡単に剥けるのかな。
私が果物を手にどうすればいいのか考えていると、隣に座っていたニールがそれを取り上げる。
「こうやって剥くんだよ」
彼は果肉を押し出すように、器用に皮をむいて私に手渡してくれた。
「ありがとう」
「アロー様とハナさんってお似合いね」
ミリィ様がこちらをみてニコニコと微笑んでいる。
「えっ、そうかな」
ニールはミリィ様の言葉を受けて、なんだか顔を赤くして笑った。
ニールとお似合い? 考えたこともなかった。優しくていい人だけど、ただの同僚だよ。
ニールも貴族だから、もう婚約者もいるのかもしれないし、私とお似合いなんて言われたら気分悪いよね。婚約者にも失礼だし。
「ミリィ様、彼は立派な同僚です。私とお似合いなんて言われたら困ると思います。そうでしょう、ニール?」
「あっ? いや・・・困りはしないけど・・・」
ほら、やっぱり困っている。
「ハナ、たくさん剥いたから食べるといい」
サイアスさんが、お皿いっぱいに皮を剥いた果物を乗せて渡してくれた。
えぇ、こんなに食べられないよ。
彼はなんだかニコニコと機嫌がよさそうだ。
果物の皮を剥くのが好きなのかな。いっぱい剥くことができてスッキリしたのかもしれない。するっと果肉が出て来る様子は、巨大なブドウから実が出て来るみたいで気持ち良かったし。
私たちの様子を見て、ラインシート夫妻は苦笑いし、ミリィ様はなんか不機嫌、ニールは落ち込んでるように見えた。
遠くではツイルさん、マリーネさん、メイがなんだかこわばった表情をしている。
一体、なんなんだ。
あれから、ニールはがっくりと肩を落として王城に向かって行った。
一体なんであんなに落ち込んでいるのかわからない。
再び、剣の鍛錬をする気にもなれず、図書室に行って勉強することにした。
貴族ってすごいよね。自宅に図書室があるんだよ。学校の図書室並みに蔵書があってその内容は歴史、経済、地理、文学と多岐にわたっている。
古い本はインクが掠れて読みにくいんだけど、本としては味があって眺めているだけで楽しくなってしまう。日本にいる時は本なんて読まなかったけど、ここではすることがないから貴重な時間つぶしの材料になっている。
机にテキストとノートを広げて勉強を開始する。
私の綴りのノートは8冊を超えた。語彙力も増えたし、文章もスムーズに筆記することができるようなった。
ナナにこの国に戻る意志がない以上、私もここで暮らしていくしかない。町での一人暮らしってどんな感じだろう。あっ、そういえば女性騎士の寮に入るって手もあった。それも楽しそうだな。
その前にライデントだよね。レオンがそう簡単に捕まるとも思えないし。
そうだ。少し、ライデントについて調べてみよう。
「ハナ、ここにいたのか」
「サイアスさん」
私がライデント国について書かれた書物を読んでいると背後からサイアスさんに声をかけられた。
サイアスさんは修正された警備配置図を持っている。なにか調べものをしに来たのかな。
「ライデント国ついて調べているのか?」
サイアスさんは私の隣に腰かける。
「はい。レオンが私たちの死を簡単に信じるとは思えなくて・・・・。それに、ライデントは武力国家って言っていたから、どんな武器や戦法があるのかと思ってちょっと調べてました」
レオンは用心深い。死体を見ていない以上私たちが死んだ可能性は低いと考えているはず。だとしたら王城の警備が強化されることは想定内だから、力技では来ないと思うんだよね。来るとするなら少数精鋭を引き連れて、私たちの裏をかいて国王や王族の首を取るんじゃないかな。
「そうだな。様々な可能性を考えて対策を練っておく必要があるな」
サイアスさんはため息をついて卓上に警備地図を広げた。
「サイアスさん、王城に入る裏道とか秘密の通路みたいのはあるんですか」
私は地図を覗き込んで、サイアスさんに尋ねた。
「あるが、それは王族や軍の一部の人間しか・・・・。はっ、イーガル皇子か。皇子が教示してしまっている可能性があるな」
「そうですね」
イーガル皇子はどこまでレオン側に情報を流出させているんだろう。国を滅ぼしてほしいって考えているんだから、なんでもリークしてしまっているんだろうな。
「レオンたちはそれを利用して王城に侵入してくる可能性が高いな」
サイアスさんの眉間に深く皺が寄った。
「秘密の通路の警備はどうなっているんです」
「地図上では通路の入り口と出口に警備兵を通常通りに配置しているな」
サイアスさんは地図を見つめた。でも、私が地図を見てもどこに秘密の通路が通っているかわからないし、出入り口についても検討もつかない。
「どこが入り口、出口なんですか」
「あぁ、地図に抜け道の表記はしていないから、わかりにくいな。ここと、ここだ」
サイアスさんは、王城の北の城壁傍の食物管理倉庫と国王の執務室を指した。
「抜け道の途中で待ち受けて戦いますか」
暗い中での戦闘は不利だけど、こちらには地の利があるしできないことはないと思うけど。
「いや、抜け道は人一人通るのがやっとだし照明もない。危険だ。それよりも、抜け道と職員食堂を隔てているこの壁を壊して戦いやすいスペースを作り、レオンたちを食堂側に誘導するか」
サイアスさんは腕を組んで呟いた。
地図を見ると王城職員の食堂と抜け道は壁一枚で隔てられている。食堂の裏側に抜け道があるなんてわからなかった。レオンたちは抜け道を国王の執務室に向けて進んでくるけど、途中で食堂に出ざるを得なくなるんだ。
「策の一つとしてジャックに伝えておこう。ありがとう、ハナ」
サイアスさんは立ち上がり執務室に向かった。
「あぁ、そうだ。母がハナを探していたんだ。母の部屋に行ってくれないか」
扉の取っ手を掴んだサイアスさんが振り返った。
「へっ、どうしてでしょう。私なにかしちゃいましたか?」
心拍が上がる。なにもやらかしてはいないはずだけど・・・・。
「いや、春の晩餐会に向けてドレスを作ると言っていたな」
「春の晩餐?」
「あぁ、毎年屋敷で行われている園遊会だよ。ハナにも出席してもらうからね」
そういえば、マリーネさんがだいぶ前に言っていたな。あの頃はそんな会に出席する前に帰りたいって考えていたけど・・・・。
「それはいつですか」
「1ヶ月後くらいかな。じゃあ、頼んだよ」
サイアスさんはそう言うと図書室から出て行った。
「1ヶ月か・・・・」
思わず呟く。レオンたちが襲撃してくるのは7日後だから、1ヶ月後にはもうイーリアス王国は落ち着いているはずだよね。きっと、ナナのこともサイアスさんに話し終えていると思う。
ナナのことを話したら、お屋敷から出て行こうと思っているから園遊会には出席できないな。
サイアスさん、1ヶ月後には私はお屋敷を出ているはずです。きっとその頃にはもう気安く話すことも出来ないと思います。
本当はずっとそばにいたいけど・・・・。いつまでも甘えていられない。
綴りの勉強を再開しようと思ってノートを開いていたけれど、全ての文字がいつの間にか水滴に滲んで読めなくなっていた。




