第15話
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ナナは私の家の隣に住む翔太兄ちゃんと付き合うようになっていた。
二人はすごく仲が良くて、ナナが普通の女の子のように恋愛しているところを夢で見るのは意外だったけれど、なんとなくほのぼのと見守っていた。けれど、それと同時に焦燥も感じていた。
だって、ナナがどんどんイーリアスを忘れてしまっているように見えたから。
ナナが翔太兄ちゃんの海外転勤に付いて行くって決めた時、現実的には不可能だろう、無理だろうって思った。ナナには国籍もパスポートもない。日本からの出国なんてできるはずがないって思っていた。
けれど、翔太兄ちゃんは海外に住む同僚に頼んで、偽造した国籍証明とパスポートを準備した。それは闇の組織みたいなところが請け負って作ったみたいでかなりの精度のようだった。まるでドラマや映画のように事が進む様を見せられて、私の焦燥は更に深まった。
翔太兄ちゃんは、ナナの環境が整い彼女がイーリアスに想いを馳せることがなくなることで、私が帰れなくなることを知らない。
こんな夢を見るようになったのは、ここ数日のことだ。私の気持ちは辛くて仕方がなかったけれど、このことを話してサイアスさんを困らせるわけにはいかなかったし、それよりもなによりも大事が起こってしまったから、相談することができなくなってしまった。
それに、ナナが本当に出国できるわけなんてないって思っていたし・・・・。
けれど、さっき見たばかりの夢でナナが翔太兄ちゃんと飛行機に乗り込む姿が見えて・・・・私の心は打ち砕かれてしまった。
イーリアスを守るために動かなくちゃならないけど、今は何も考えられなかった。
「あなたは帰れないんでしょうね。でも、あなたはあの娘ほどこの世界に執着できない。本当に可哀想。あなたにも“場”があればいいのにね」
イリスは眼を伏せた。
「場?」
「そう、あなたの心の拠り所・・・・あの娘にとって彼がそうであったように」
「ハナ!」
イリスの言葉を遮るようにサイアスさんが現れた。
「カテガルの手の者か!」
サイアスさんは私とイリスの間に立ち、私を庇うように背後に匿った。
「サイアスさん大丈夫です。彼女は」
私は彼女が占い師であることを伝えようとしたが、
「あら?」
イリスはキョトンとサイアスさんを見ている。彼女はその後私に視線を移した。
「ちゃんとあるじゃない“場”」
「でも、サイアスさんは・・・・」
違うよ。サイアスさんは私が異世界人だから優しくしてくれるんだよって言おうとしたけれど、
「大丈夫よ」
イリスは片目を閉じて微笑むと立ち上がって去ってしまった。
「ハナ、大丈夫か」
「はい。彼女はこの一座の占い師だそうです。異世界人だって見抜かれたけど、他言はしないと約束してくれました」
「そうか」
私の言葉にサイアスさんは安堵の溜め息を吐いた。
サイアスさんが私の“場”? 私の心の拠り所?
私はサイアスさんのこと好きだけど、サイアスさんは違うと思う。
悪いけど、イリスに占いの才能はないんじゃないかな。
「顔色が悪いな。どうした」
サイアスさんは私の両手を取り、屈みこんで顔を覗いてくる。
言ってしまおうか。ナナの行動を、日本に戻れる可能性が殆どなくなってしまったことを。
でも、サイアスさんに話しても策がないことはわかっている・・・・今、言うべきじゃない。
「大丈夫です」
私はゆっくりと頭を振った。
「本当に? 今は危急の時だが、ハナのことも大事だ。不安があるなら話してほしい」
サイアスさんは、真剣な表情で私に問いかける。
碧い瞳が近い。吸い込まれそうな空の色、いつの間にか大好きになっていた色。この瞳が私を見つめてくれている間は頑張れる。
今はイーリアスを救うのが優先だ。
「大丈夫です。王都に戻ったら相談させて下さい」
私はサイアスさんの瞳を見つめて頷いた。
「わかった。テントに戻ろう。夜明けまであと少し眠れる」
「はい」
私はサイアスさんの力強い手に引かれて歩き出した。
今はイーリアスのために頑張ろう。レオンなんかにこの国を渡すわけにはいかない。
陽が昇り朝食を摂った後、旅の一座と町を発った。
町中では、軍の駐屯所で伯爵位の若者と東の国の娘の葬儀が執り行われることが噂されていて、こんな土地まで来て死んだってことは心中じゃないだろうかなんて言う人もいたらしい。一座の長が苦笑しながら教えてくれた。
一座と共に草原を進み、隣町に着くとそこで彼らとは別れた。
イリスからはしばらく王都に逗留するから遊びに来るよう言われた。ちゃんと今後について占ってくれるって言うけど、彼女の占いの腕前にはかなり疑問があるから一座を訪れることは無いかもしれない。
「さぁ、急ごう」
サイアスさんは、隣町の軍の駐屯所に着くと用意された軍馬に跨った。
「はい」
私も馬に跨る。一刻も早く王都に着かなくちゃならないので、町々で馬を乗り換えて走る予定だ。軍馬はエリンと違って大きいし迫力があるから早駆けなんて怖いけど、サイアスさんに遅れをとらないように頑張らなくちゃ。
葬儀や変装が功を奏したのか、カテガル領を無事に抜け、追手がかかることもなく次の町に向け馬を駆けることができた。
サイアスさんも馬の速度を落とすことなく駆けている。傷は大丈夫みたい。やっぱりこの世界の人たちの体力は半端ない。
4回目に馬を乗り換えた頃にさすがに疲れが出てきた。
「相乗りにしようか」
サイアスさんに問われたけれど、相乗りにすると馬に負担がかかるし速度も遅くなる。
「大丈夫です。まだまだいけますよ」
笑顔を作って返すとサイアスさんは少し心配そうな顔をしたけれど、やっぱり早く王都に戻りたいのか黙って頷いた。
「ありがとうハナ。次の町では休息をとろう。陽もだいぶ暮れてきた」
「はい」
このままいけば王都まであと2日くらいで辿り着ける。お尻が痛いけど頑張ろう。
夜は、カテガルの間者がどこにいるかもわからないので、黒眼が目立つ私をつれて宿を取ることはできず、町外れにテントを張り仮眠しながらの移動となっていた。
やっと明日には王都に到着することができる地点まで来た。
「ハナは強いな」
「そうですか」
焚き火で沸かしたお茶を一口飲んで、サイアスさんの言葉に答える。
「普通の女子では私の早駆けに着いて来ることはできないだろう」
サイアスさんの周りの女子ってレイラさんとか女性騎士じゃないの? あぁ、侍女さんたちもいたね。確かに彼女たちは馬に乗れるかどうかも怪しいもんね。私の頭の中にはラリッサさんやロビィ、イライザが馬上でキャーキャー騒ぐ様子が浮かんだ。
「乗馬はツイルさんが厳しく教えてくれたから、上手になったんだと思いますよ」
ツイルさんの鬼教官ぶりを思い出してつい身体が震えた。
「ははっ、ツイルは徹底しているからな」
サイアスさんは私が身震いしたのを見て笑っている。
あぁ、ラインシート家のみんな元気かな。マリーネさんやツイルさん、ガルト君、テリィにカッセル爺さん会いたいなぁ。
「早く、お屋敷のみんなに会いたいですね」
「そうか。私は、もう少しハナと旅をしたいがな・・・・」
サイアスさんは焚き火の薪をくべながらボソリと呟いた。
えっ、どういうこと? まだ旅をしたいって?
あぁ、そうか! 私みたいに体力があってサイアスさんの馬術に着いていける者が今までいなかったから、彼は今すごく楽しいんだ。自分と同じレベルで早駆けできる私と走ることが。そうか、そうか。
「早駆けなら何時でもお付き合いしますよ」
私は胸を張ってどや顔で答えた。
「・・・早駆けね」
なぜかサイアスさんは深くため息をついて、手にしていたカップのお茶を飲みほした。




