第16話
「団長! ただい・・・うわっ、酒臭い!」
サイアスさんと共に近衛の執務室の扉を開けると、そこには酒臭を漂わせた団長が制服を着崩して足を机に投げ出しグラスを傾けていた。
「ジャック! 執務室で飲酒はしないで下さいとあれほど言いましたよね」
サイアスさんは、団長に掴みかからんばかりに注意し始めた。
・・・・サイアスさんがいないとグダグダだなこの人。ほんと、サイアスさんって苦労が絶えないよね。
「・・・ハナ、お前の顔に書いてあることは、そのままお前に返すぜ」
団長は私の顔を見て思考を読んだようだ。私は迷惑はかけてるけど、ここまで苦労なんかさせてないと思うけどね。
「それに、どうしたんだそのカツラは。あまり似合わんぞ。まぁ、どうでもいいが。酒は少ししか飲んでねぇからな。まったく、休暇は明日までじゃなかったのか」
団長の眼はトロンとし、顔は赤い。お酒の量は絶対に“少し”じゃないよね。
「ジャック、新年祭と王妃就任式の警備配置図はどこにあります」
サイアスさんは、ため息をついて団長から離れ重要書類のある棚の方に向かった。
「警備配置図? いきなりなんだよ。それなら、ほらよ」
団長は面倒くさそうに立ち上がり、サイアスさんの隣に立ち、鍵付き書棚の鍵を開けて筒状に丸めた地図を彼に手渡した。
サイアスさんは地図を受け取ると、中を確認しながら枚数を数え始めた。
「ジャック、故意に並べ替えましたか?」
「そんなことするわけねぇよ。通し番号順に並べたぞ」
団長は面倒そうに答える。
「9番と10番が入れ替わっています」
「なんだって!」
団長はサイアスさんの冷静な声に驚きで返した。そんなに驚くことかな。団長だったら地図の順番なんて適当にまとめて棚にしまいそうだけど。
「サイアスさん、団長のことです。適当に並べて保管したんじゃないですか」
私は疑問をサイアスさんに伝えてみた。
「ハナ、ジャックはこう見えて数字にだけは几帳面なんだ。近衛の七不思議と言われている」
「えっ!?」
団長が数字に几帳面? 普段の生活や仕事ぶりからはとても考えられないことだよ。私が眼をこれ以上なく見開いて、サイアスさんを見ると彼は黙って深く頷き「嘘ではない」と一言放った。
「お前ら・・・・。しかし、忍び込まれたようだな」
団長の酔いは一瞬で覚めたようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ジャック、ハナと共にギフカドの町で重大な情報を得てきました」
サイアスさんは、ギフカドで起こったことを話し始めた。
団長はレオンの目的やイーガル皇子が協力者であることを聞くと頭を抱え込んでしまった。
「なんてことだ。イーガル皇子が・・・・」
「今、皇子はどこに」
「離宮だ。1週間くらい前から体調を崩したらしく新年祭や王妃就任式にも参加されないとの連絡を受けている」
団長の深いため息が室内に満ちた。イーガル皇子は身体の不調を隠れ蓑にして自由に行動しているんだ。
「式典は中止だな。それと沿岸警備の徹底か」
団長が力なく呟く。
「ジャック、待ってください。式典は中止せず施行しましょう。この警備図も変更せずに、新たに国王や王族周辺の警備を強化したものを作りましょう」
「何言ってんだ。レオンにばれてるんだろう。奴は力技でくるだろうよ」
団長は呆れ顔でサイアスさんを見た。
「レオンは私たちが死んだものと思っているはずです。ギフカドで私とハナの葬儀を執り行ってもらい、ハナも変装して、王都に戻るのにも人目を避けてきました。ここに来る際も隠し通路を通ってきました」
サイアスさんの言葉を頷きながら聞く。旅の一座と別れてからは人目を避けての行動をしてきた。軍の駐屯所で馬を替える以外町中を歩くことはしなかったし、夜は常に野営だった。野営は苦手だったけど、日中はずっと馬で早駆けしていたから疲労感が半端なくて、地面の硬さなんて気にすることなく熟睡することができた。なんかもう騎士として生きて行けそうだよ。
「ふーん。じゃあ、レオンは計画通り式典に精鋭を引き連れて国王を襲撃しに来るってことだな」
団長はニヤリと笑った。
「おそらく」
サイアスさんも口角を上げて答える。
「わかった。お前は引き続き隠れててくれ。用事のある時は“影”を使って連絡する」
団長は警備図を広げて警備配置の修正を始めた。
「では、私はハナと屋敷に戻ります。ギフカドから屋敷に伝達を入れてもらったので、屋敷でも喪に服しているはずです」
サイアスさんはそう言った後、ため息をついて言葉を続けた。
「多分、屋敷は大変なことになっているでしょう」
彼の顔色は冴えない。
「だろうな。もう伯爵も戻っているだろうからな」
「伯爵?」
サイアスさんのお父さんだよね。戻ってるって?
「あぁ、勿論だろう。伯爵が式典に参加しないわけはないからな」
団長が呆れたように私を見る。
えっ、そうか。領地から式典に出席するためにお屋敷に戻ってきているんだ。それって、ご家族全員揃っているってことだよね。
「うわっ、じゃあ私どこに行けばいいんだろう。団長! 団長の家に泊めて下さい」
「どうしてそうなるんだよ」
私の言葉に団長はため息をつき、サイアスさんは眼を見開いている。
「だって、私は異世界人ですよ。サイアスさんが私みたいなのを連れて戻ったらご家族は驚くだろうし、不快に思うじゃないですか」
「父には、ハナを保護する際に手紙を送って知らせてある。さぁ、帰ろう」
サイアスさんは少し強引に私の手を取った。あれっ、少し怒ってる?
「でも・・・・。団長、泊めてよぅ」
私の身体を引きづるようにサイアスさんは扉に向かう。
「観念するんだな、ハナ」
団長は私を見てニヤリと笑った。
式典まであと8日。
お屋敷に帰るとサイアスさんのご家族とマリーネさんやツイルさんたちに出迎えられた。
なんというかサイアスさんのご家族の威圧感は半端ない。
伯爵、奥様、ご弟妹みんな金髪に碧い瞳で、お顔が整っていらっしゃる。すごいキラキラしてて眩しいよ。私がここにいるのはすごい場違いな感じがしていたたまれない。
みんなじーっと私を見てるし・・・・。変な汗が出て来るし、身体に穴が開きそうだよ。
「クサノ・ハナです。サイアス様には大変お世話になっております」
ご家族に向かって頭を下げると、
「君のことはサイアスから報告を受けている。それにツイルやマリーネからも話を聞いているよ。遠い世界から来て辛いかも知れないが、ここを自分の家と思って暮らすといい」
「本当に。遠慮しないで困ったことがあったらなんでも話してね」
伯爵と奥様が微笑んでくれる。
「ありがとうございます」
良かった。さすがサイアスさんの御両親、優しいや。出て行けって言われたらどうしようと思ってたんだよね。私はホッと息をついた。
「サイアス、喪に服せとは一体どういうことだ」
居間に入り伯爵がサイアスさんを問いただすとサイアスさんは事の経過を説明し始めた。
その間も私には視線が降り注ぐ。奥様は、私がアリシア皇女の侍女をしていることや海でサイアスさんを助けたことなどを聞くと驚いたり、礼を言ってくれたりした。
弟さんと妹さんは興味深げに聞いてはいたけれど、直接私に話しかけてくることはなかった。
☆
「寝てしまったわね」
母の声にハナを見ると、ソファに身体を埋めるようにして軽く寝息をたてていた。
淑女らしくない行動であるが、異世界人だからと大目にみてくれているのだろう。特に非難の言葉は聞かれない。
「馬で走り通しでした。疲れているのでしょう」
私はハナの身体を抱き上げた。
父や母、妹のミリィは驚いたように私を見つめる。
「使用人に任せればいいのに。わざわざお兄様が運ばなくても・・・・」
ミリィは不満げに口を尖らせている。
「ハナを運ぶのは私の大事な仕事なんだよ。彼女は私にとって大切な人だからね」
私の言葉に両親は顔を見合わせ、ミリィはふくれっ面をした。
「お兄様、それってどう・・・・」
ミリィの問いには答えずに、ハナを部屋まで運ぶため居間を後にした。




