第9話
読んで頂きありがとうございます。
遅くなってすみませんでした。
「エクエル中将、どうしました。おや、そちらは・・・・」
レオンがにこやかに笑みを浮かべてエントランスに現れる。
「あぁ、イーリアス王国騎士団副団長のラインシート伯爵だ」
エクエルが私のことを紹介した。
「一度、王城の中庭でお会いしていますよね」
レオンは私に向け握手の手を差し出すが、私がその手を取ることはない。
奴は、手を取らない私に挑発的な笑みを向けて、エクエルに顔を向けた。
「エクエル中将、今日はなんの御用ですか。ずいぶんと反抗的な番犬を連れておいでですが」
「部下からの報告で、カテガル家が昨日に引き続き樽酒を購入しているが、今日の搬入についてはどの酒業者も否定しているということなんだが」
クリスは部下からの報告をそのまま告げる。
「ははは、私が酒を買うことくらいで天下の王国軍が動くのですか。光栄ですね。今日の酒は王都から運ばせたものです。この辺の業者からではないので、購入について当たっても履歴がないのは当然でしょう」
「今日、搬入された酒樽の確認をしてもいいか?」
「えぇ、どうぞ。なにもやましいことはありません」
レオンは涼しい顔をしている。ハナはもうどこかに移されてしまったか?
レオンは使用人に私たちを案内させるように言いつけると、商談があるからと去って行った。
使用人に連れられ屋敷の地下倉庫に向かうと、多くの酒樽や食料品が入れられた木箱が並んでいた。
樽を一つ、一つ叩いて中に酒が詰まっていることを確認する。12樽すべてから水分が詰まった音が返ってくる。ハナを樽から出した後、水でも詰めたのだろう。やはりここにハナはいない。
どこだ、どこにいる。
そういえば、今朝沖合にライデントの軍船を見た。駐屯所の若い兵士も薬の取引があるのではないかと言っていた。軍船はまだ、沖合にいるだろうか。
ハナは珍しい異世界人だ。レオンの気が変わってハナを商品として、ライデントに売る可能性はないだろうか。ライデント側が乗り気になれば大金を得ることが出来るはずだ。
レオンは、今から商談だと言っていた。ハナを連れて行ったのかもしれない。
ハナがライデントに連れ去られたらどのように取り扱われるのか、恐ろしい思いをするかもしれない、寂しく悲しい想いもするかもしれない・・・・私と二度と会えないかもしれない。
考えただけで目の前が暗くなる、足元がふらつく、胸がざわつく。
ハナの笑顔、真っ直ぐな黒い瞳、澄んだ声、はにかんだ顔、少し頑固なところ・・・すべてが愛おしい。
ハナのいない未来なんて考えられない。私の傍には彼女がいてくれなくては!
「クリス」
クリスの耳元に口を寄せて、カテガルの使用人に聞かれないよう小声で話す。
「ここにハナはいない。私はライデントの軍船を追おうと思う。こいつらを引き留めていてくれ」
早口に伝達事項を話し、その場を離れる。
「おっ、おい、待てって。ったく・・・・」
クリスの声が背後に響くが、振り返らずに早足で地下倉庫の出口を目指した。
「エクエル中将、伯爵はどうしたのです」
「あぁ、いや。用事を思い出したとかで宿に戻るそうだ。あちらの箱も見せてくれるか」
背後に使用人とクリスのやり取りが聞こえてくる。頼む、クリス。もう少し引き留めておいてくれ。
「グール! グールはどこだ」
宿に戻り、食堂で多くの漁師が酒を呑んでいるなかグールを探した。
漁師の一人が指さす先を見ると、グールが酔いつぶれて寝ているのが目に入る。
「グール! 頼みがある」
私は彼を揺すり起こす。
「あ? どうしたんだ? さっきはすごい勢いで出て行ったと思ったら、今度は顔面蒼白だな」
グールは面倒そうに身体を起こした。
「頼む。漁船を貸してほしい」
「んっ?! 兄ちゃん、操船できるのか?! 何だって漁船なんか借りてぇんだ?」
グールはこれ以上なく眼を丸くした。
「ハナがレオン・カテガルに攫われた。奴はライデントにハナを売るつもりではないかと思うんだ」
「なんだって! 嬢ちゃんを!」
「あぁ、ハナの容姿は珍しい。高額で売れる可能性があるんだ」
ハナが異世界人であることは隠して話す。
「んーっ、そうか・・・・。で、兄ちゃんは嬢ちゃんを助けに行こうと思ってんだな」
グールは両腕を組んで考え込む。
「でも、軍船に近づくのは危険だぞ。奴らに見つからないように船の操作はできるのか?」
グールは腕を組んだまま厳しい表情で、私を睨むように見た。
「操作は・・・・教えてほしい」
「はーっ」
私の答えにグールは盛大に溜め息をついた。
「おい、セレク!」
グールは、寝込んでいる漁師の一人に向かって大声を張り上げた。呼ばれた漁師は、眠そうにしながらもグールの傍までやってきた。
「お前、夕方になったら小舟を出して、兄ちゃんを軍船の傍まで送り届けろ。いいか、ライデントの奴らに見つからないようにだぞ」
「えーっ、俺がですか?」
セレクは少し不満げだ。それは当然だろう。軍船に近づくには大きなリスクを伴う。
「あぁ、あのあたりの海流をよくよめるのはお前しかいない。頼むよ。俺たちの魚を褒めてくれた嬢ちゃんが捕まったんだ。協力してやろうぜ」
「えっ! あの娘がですか?」
「ライデントに売られちまうらしい」
「はっ!?」
セレクが私の顔を見て、驚きと同情の表情を浮かべた。
「グール、面白れぇ話をしてるじゃねぇか」
気付くと数人の漁師が周囲に集まってきていた。
「兄ちゃん、協力するぜ」
「可愛い、嬢ちゃんのためだ。漁にまで付いて来る娘なんてなかなかいねぇからな」
「軍船はまだここにいるらしい。奴らは一度現れたらほぼ丸一日は停留している」
一人の漁師が木板に湾内外の地形を書き込んで、軍船の位置を示した。
「ありがとう。感謝する」
漁師たちの言葉と協力を申し出てくれたことに対し深く頭を下げる。
「奴らには漁場を荒らされてるからな」
「一泡吹かせてやろうぜ」
漁師たちはニヤリと笑った。
「カテガルが乗船するとしたら、陽が落ちて駐屯所の兵士の監視があまり利かなくなった時だろう。兄ちゃんはそれまで少し休んだ方がいい。船の準備や海路の検討は俺たちがやっておく」
グールは、私を安心させるように肩を軽く叩いた。
「すまない」
「いいってことよ」
グールはそう答えると、仲間たちと打ち合わせをするためにテーブルに戻って行った。
私は彼らの言葉に甘えて自室に戻り休養をとることにした。
小舟で軍船に近づき、監視の眼を盗んで乗船したら、軍の兵士に見つからずにハナを探しだす。ハナはどのような状態でいるのか。船室に監禁されているだろうか。彼女をみつけるのにあまり時間はかけられない。
また、彼女を見つけたとして、大勢いる兵士の攻撃をどうかわして逃げればいいのか。
危険だ。ハナの命まで危険に晒してしまう。いや、護る。私の全てをもって彼女を護ってみせる。
私は、彼女を救い出す策を次々に考えては、実現不可能な部分やその弱点に気付き、何度も対策を練り直し夕刻を迎えた。




