第10話
いつも読んで頂きありがとうございます。
前半はハナ、後半はサイアスの視点で進みます。読みにくかったらごめんなさい。
(・・・・波の音?)
意識が戻ると、さざ波の音が耳に飛び込んできた。
手足はまた縛られている。目隠しはないけど、猿ぐつわは一緒。箱の中に入れられているのか、身動きが出来ず窮屈で仕方がない。
もう、船に乗せられてしまった? レオンとイーガル皇子の企てを伝えることもできずに、このままライデントに運ばれてしまうの? サイアスさんにもう会えない?
急な浮遊感が身体を襲う。どうやら箱ごとどこかに運ばれているようだ。
動きが止まった。
箱の蓋が開けられると、室内灯の眩しさに目がくらむ。
「手と足の縄を外してやれ」
レオンの声だ。
「しかし、皇子。この娘は・・・・」
「構わない。もう、逃げ場所はないからな」
レオンは笑いながら私の顔を見ている。逃げ場所がない・・・・?
周囲を見渡すと、レオンの執務室なのか重厚な机や書棚が並んでいる。そして室内には見慣れない軍服を着た3人の兵士。ライデントの兵士だろう。
一人の兵士が近づいてきて、ナイフで私の手足の縄を切った。
瞬間、飛び起きて扉を目指す。
「あっ! このっ!」
室内の兵士が私の動きを封じようと動き出す。
私の前に立ちはだかった兵士に回し蹴りをし、更に抑え込もうと駆け寄る兵士達に掌底や突きを食らわせて進路からどけ、扉を開けた。
扉の外は廊下になっている。そのまま、廊下を右側に向かって真っ直ぐに駆けると、潮の匂いが濃くなり甲板に出た。
船の端に向かって駆け、手すりから海面を見る。
「無理だ」
思わずその場にへたり込む。
私の眼の前には真っ暗な海、陸地の明かりは星の瞬きより小さい。更に船の上から海面までは学校の校舎3階分の高さがあるように見える。
海に飛び込むわけにはいかない。こんな高さを飛び降りるなんて自殺行為だ。
じゃあ、どうすればいいの。もうイーリアスには戻れないの。
「サイアスさん、サイアスさん・・・・」
全身が震えて、涙が流れるように頬を伝う。
どうすればいいのかなんて考えられない。ただ、ただサイアスさんに会いたい。サイアスさんの元に帰りたい。温かい腕で抱きしめてほしい。優しく「大丈夫だ」って言ってほしい。
「可哀想に。大丈夫、おれが十分可愛がってやるよ」
レオンが近づいて来る。
逃げなきゃって分かっているけど、身体が動かない。
レオンは私を軽々と抱き上げると、兵士たちに「俺の部屋には呼ぶまで近づくな」って言って、廊下の方に歩き始めた。
抵抗しようにも身体に力が入らない。
レオンの肩越しに、イーリアスの陸地が段々小さくなっていくのが見えた。
☆
「兄ちゃん、鉤縄を仕掛けたぞ。これを伝って乗り込むんだな」
「ありがとう。グール」
グールから縄の端を受け取り、しっかりと握る。
暗闇の中、セレクが海流をよんで小舟を操舵し、監視の目にかからずに軍船の最後尾に辿り着いた。
「悪いが俺たちはこれまでだ。何の武器も持ってねぇからな」
グールが気まずそうに言葉を発する。
「なにを言っている。危険を顧みずここまで連れてきてくれただけでもありがたい」
私は彼の手をとった。
「これを持って行ってくれ。乗船したら甲板のどこかに隠しておくといい」
漁師の一人が、抱えられるくらいの大きさに膨らんだ、動物の皮のようなものを私に差し出した。
「これは?」
「ヤギの胃袋に空気を入れた物だ。小さな子供に泳ぎを覚えさせるために使ったりするんだよ。小さいが浮力はまぁまぁだ。これに掴まって流れに身を任せるんだ。いいか、海流に逆らってはダメだぞ」
「そうだ。このあたりの海流は俺が熟知している。流れに乗れば俺たちが助けに行くことができるからな」
セレクが自信に満ちた目を向けた。
「ありが・・・・」
私が礼を言おうとしたところで、船上が騒がしくなるのが聞えた。
「何か起こっているな。兄ちゃん、今のうちに行った方がいい」
グールが私の背を押した。
「あぁ、急ごう」
鉤縄の縄を手に、足を船体にかけた。
「健闘を祈るぜ」
漁師たちは揃って片手を挙げた。それに応えるようにして頷き、船体に取りついた。
監視の死角を狙って甲板に上がる。
甲板の前方遠くに兵士たちが集まっているのが見えた。何事が起っているのだろう。ハナに関係したことだろうか。いや、今は考えない。レオンがハナに危害を加えることはないだろうから。それよりも、早く司令官の執務室を探すんだ。
甲板から船室に忍び込む。
兵士の多くが甲板に出ているからか、船室前の廊下はスムーズに進むことができる。廊下を速足で進み、扉の細工の具合から司令官室と思われる部屋を見つけた。
扉をそっと開くと室内には誰もいない。周囲を見渡し、部屋に身体を滑り込ませる。
重厚な机、凝った調度品の数々は、ここが権威ある者の部屋であることを示している。その者とレオンはハナをかけて交渉するかもしれない。
ここに潜んで機会を待とう。私は、執務室と続き部屋になっている寝室の衣装室に隠れることにした。
甲板のざわめきが静まった気配がする。
廊下に一人分の靴音が響き、部屋の前で止まった。
扉が開き誰かが入って来るが、寝室にいるため誰が入ってきたのは確認できない。
「痩せていると思ったが、意外に抱き心地がいいな」
レオンの声だ。
寝室の扉が開き、ハナを抱いたレオンが入ってきた。それを見た瞬間、怒りで頭の中が白くなる。ハナに触れていいのは私だけだ。
いや、落ち着け。ここで感情のままに動いてはハナを助けることができない。
寝室に来たということは、レオンはハナのことを・・・・。そうはさせない。ハナ、すまない。レオンに隙ができるまで時間がほしい。私は衣装室の中で気配を消した。
「抵抗しないんだな」
ハナをベットに降ろしたレオンが、彼女を見下ろして話しかける。
「抵抗しても無駄なんでしょう。いいよ、勝手にすればいい。身体だけ勝手にすればいい。でも、心はあげない。私の心はサイアスさんのものだ」
ハナが荒い口調で返している。
あぁ、ハナの気持ちをハッキリと聞くことができた。彼女も私と同じ気持ちでいてくれたんだ。
絶対に彼女と一緒にイーリアスに帰らなければ!
「そうかい。じゃ、遠慮なく」
レオンは上着を脱ぎ棄て、彼女に覆いかぶさった。
「くっ」
ハナは顔を歪める。
「夜は長い。楽しもうか」
レオンの愉悦を含んだ笑い声が室内に低く響く。
「そこまでだ。レオン・カテガル」
レオンがハナの着衣に手をかけたところで衣装室から出て、奴の背後から剣を突き付けた。
「サイアスさん!」
ハナが眼を見開く。
「貴様・・・」
レオンが動こうとしたため、背に剣を強く押し付けると、剣先から一筋の血液が褐色の肌に伝った。
「つっ」
奴が苦痛に顔を歪める。
「ハナ、こちらへ」
剣をレオンに押し付けたまま、ハナに向けて左手を差し出す。
「はっ、はい」
彼女は、急いでレオンの下から這い出してきた。彼女の着衣に僅かに乱れがみられ、レオンに剣を突き刺したい衝動にかられたが、堪えてハナの手を取った。
ハナに剣を持たせ、私はレオンの手足を漁師から調達した縄で縛った。
「貴様、こんなことをして・・・・」
レオンが何か話すが、布で猿ぐつわをしてしまう。奴は憤怒の表情で私を睨んでくるが、半裸で両手足を拘束されベットで転がっている様は、あまりに情けなくて迫力も何もなかった。
「ハナ、行こう。兵士に見つかったらおしまいだ。廊下にでたら左手に向かって走るぞ。船尾を目指すんだ」
「はい!」
ハナから剣を受け取り、その手を取って扉を開いた。




