第11話
サイアスさんが私の手を取って走ってる!
助けに来てくれたんだ!
涙で目が霞む、抱き着きたいくらい嬉しくて仕方がないけど、今は全速力で走る。
ここから逃げなきゃ、サイアスさんとイーリアスに帰らなきゃ!
「あっ、お前は!」
前方から2人のライデント兵士が現れた。私たちに気付くと剣を向けて来る。
サイアスさんも剣を構えて応戦する態勢をとった。
兵士2人がかりでサイアスさんに取り掛かるけど、彼はそれをものともしないで兵士たちの剣を弾く。
彼らが怯んだ隙に、再び走り出したけれど、私の後方からは、更に多くの兵士が追いかけて来る足音がする。
息が上がるけど、精一杯走り続け船室の廊下を抜けると、甲板の後方に出ることができた。
甲板にも多くの兵士がいるけど、サイアスさんは剣でなぎ倒し進路を確保する。私も後ろから迫って来る兵士に、回し蹴りや飛び蹴りをあて、みぞおちに突きを放って気を失わせ戦力を削ぎ、サイアスさんの後に続く。
でも、次から次へと登場する兵士たちに疲労がたまる。
どうすればいいんだろう。結局はまた捕まっちゃうのかな。私の心の中を不安が占める。
甲板の最後尾に達した時、サイアスさんに皮の袋を渡された。
「海に飛び込むぞ」
「えっ!」
サイアスさんの言葉に絶句する。だって、校舎3階の高さだよ。飛び降りたら死んじゃうよ。
「大丈夫。着水したらそれに掴まるんだ」
サイアスさんは私の恐怖心を和らげようとしたのか、僅かに笑顔を浮かべる。
「なんですか、これ」
「ヤギの胃袋だ。子どもが泳ぐ時に使うらしい」
浮き輪みたいなものか。納得はするけど、小さいよこれ。サイアスさんと私が掴まっても沈んだりしないのかな。考え込んでいると、サイアスさんが私を抱き上げた。お姫様抱っこじゃなくて、子どもを抱き上げるように片腕に抱えられる。すごい腕力。改めてサイアスさんも軍人だったってことを思い知らさせる。いつも、穏やかに優しく接してくれていたからつい忘れていた。
サイアスさんの体温に触れると、急に不安が和らいだ。うん、大丈夫。私はサイアスさんの肩に両手をまわした。
「いくぞ」
「はい」
サイアスさんが甲板の手すりを乗り越えると、ライデントの兵士たちが私を取り返そうと手を伸ばしてくる。
サイアスさんと私は、それを振り払うように、一気に飛び降りた。
「弓兵! 二人とも殺せ! 娘は極秘事項を知っている!」
レオンの声だ。
ついに、私を生きたまま確保することは諦めたようで、兵士に弓を射るよう指示している。
次の瞬間、私たちめがけて矢が雨のように降って来た。
着水まであと少し、
「ハナ! 危ない!」
私の頭部に迫って来る矢を躱すため、サイアスさんが身体をひねった。
「くっ!」
「サイアスさん!」
一本の矢がサイアスさんの右肩下方の背中に刺さった。
身体に強い衝撃が走り、着水する。深く海に飲み込まれ、一瞬息が出来なくなる。くっ、苦しい。ギュッと浮袋を握るとその浮力で海面に顔を出すことが出来た。
春先だから海の水はまだ冷たい。更に最悪なのは数十分前まで穏やかだった海面が、今は荒く大きく畝っていることだ。サイアスさんと一緒に大波に遊ばれるように乱高下しながら流される。
船から弓の雨は降り注ぐけれど、海面は暗いし、大波のため目標が定めにくいのか私たちに届くことはなかった。
「射ろ! 逃すな!」
レオンが甲板で声を張り上げているのが聞こえる。
「しかし、皇子この波では・・・・それにここの海流は複雑です。なんの装備を持たない者が落ちても助かることはないはずです」
兵士が進言している。
「それでもだ! 矢を射ろ! 死体を確認するんだ!」
レオンの苛立つ声が響く。
そうだよね。私が生きてイーリアスに戻ったら、せっかくの計画が台無しになっちゃうものね。
「サイアスさん、大丈夫ですか。サイアスさん」
私は片腕に浮き輪を抱え、片腕にサイアスさんの腕を抱えて、彼が呼吸しやすくするために、その腕を引き上げて顔が海面から出るように支えた。
サイアスさんの背には矢が刺さったままだ。
多分、急に抜かない方がいいと思う。矢じりの形は複雑だから、皮膚や皮下組織を傷つけて出血するかもしれない。でも、もっと深く刺さっていたら・・・・。
「ハナ、流れに逆らうな・・・・」
サイアスさんの声が聞かれたことにホッとする。
でも痛みが強いみたいで、それきり黙って顔をしかめている。
大丈夫だろうか。矢はどのくらい刺さっているのかな。大きな血管や臓器に達してなければいいけど、矢をみるとそんなに深くは刺さっていない気がする。それでも、矢が刺さっている部分の服の色が変色しているから、傷は浅くはないことが予測できる。痛いだろうな、苦しいだろうな。
私を助けに来なければこんな目に合わずに済んだのに。思わず涙がこぼれる。
ダメだ、泣いてちゃダメだ。イーリアスに2人揃って帰るんだ。
今、私にできるのは浮き輪にしがみついて、サイアスさんが教えてくれたように海流に逆らわないように流されていくことだ。
軍船が段々遠ざかり小さくなる。さっきまで聞こえていたレオンの声も聞こえなくなった。荒い海流にもまれながら、必死で浮き輪とサイアスさんを抱える。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
サイアスさんを支える腕は痺れを感じるようになり、身体は冷たい海水に浸かり続けていることで体温が奪われ感覚がなくなってきている。寒い、冷たい、身体が震える。
「ハナ、大丈夫か」
サイアスさんは私よりひどい状態なのに、私を気遣って時々かすかに声を発してくれる。
「はい。でもだいぶ流されていますよ。あっ」
周囲を見回すと流される先に小さい島影のようなものをとらえた。
「島です。サイアスさん! 島があります!」
「そうか・・・・その辺りでまた海流が変化するかもしれないな」
「なんとか島に上陸できないでしょうか」
「漁師のセレクは海流に乗れと言っていた。島に導かれるかもしれない」
サイアスさんは少し話せるようなってきたみたいだけど、顔色は真っ白で、その身体は私より冷たい。
なんとか島に上陸してサイアスさんの手当てをしたい。
更に流されているうちに、夜明けが近づいて来て、空が薄っすらと明るくなってきた。
島影は徐々に大きくなり、その全容を見ることができるようになった。
でも、それは私たちの希望を見事に裏切るものだった。
島は断崖絶壁で砂浜がない。上陸できる場所なんてなさそうだ。
それなのに、海流は変化して私たちを島の崖へと押しやる。このままじゃ、断崖の岩に身体ごとぶつかって死んでしまうかもしれない。
なすすべもなく、島まで押しやられる中、崖と崖の間にほんの僅かに白い隙間が見えた。
眼を凝らすとそれが小さな砂浜であることに気付いた。
「サイアスさん、あと少しです! 小さいけど砂浜があります」
「そうか・・・・」
早く、早く上陸しなきゃ。サイアスさんも私も限界だ。
白い隙間を目指して泳ぐ。サイアスさんの腕を引いて、浮袋に掴まって泳ぐ。歩みは遅いけど、確実に砂浜に近づく。
ようやく、足が着くようになった。
サイアスさんを引きずって、倒れこむように砂浜に上陸した。
「最悪だ」
思わず呟く。上陸した砂浜は大人が4~5人もいれば窮屈になってしまう程度の広さしかなく、周囲は高い断崖に囲まれていて登ることは不可能だった。
おまけに風の音かなにか知らないけど、ヒョーヒョーって不気味な音が響いている。なんて気持ちの悪い場所なんだろう。上陸した時の喜びが、瞬く間に絶望に変わってしまった。




