第7話
読んで頂きありがとうございます。
今年も頑張って投稿していきたいと思っていますので、よろしくお願い致します。
前半はサイアスさん、後半はハナの視点で進みます。
「クリス! ハナが攫われた!」
町中を走り、勢いがついたまま、軍の駐屯施設の司令官室に飛び込んだ。
「サイアス!」
クリスが驚いてデスクから立ち上がった。
「ハナがいないんだ! カテガルの屋敷を教えてくれ!」
「嬢ちゃんが!?」
クリスの目が見開かれる。
「カテガルの屋敷はどこだ!」
クリスのいかつい肩を掴んで揺する。
「待て待て、なぜカテガルなんだ。あそこには迂闊に手出しできないんだぞ。慎重に進めないと。少し落ち着け、サイアス」
クリスは両眉を下げた。
「落ち着いてなどいられるか! ハナが攫われたんだぞ」
私はクリスの肩から手を外した。焦燥感が身をさいなむ。こうしている間にもハナが危険に晒されていると思うと居ても立っても居られない。
「一体どうしたんだ。冷静沈着な戦略家のお前はどこに行った。真正面からカテガルに乗り込んでも、うまくかわされるだけだ」
クリスが溜め息をつくが、ハナが傍にいないのに冷静でいられるわけがない。
「まぁ、嬢ちゃんの容姿は目立つから、カテガルの密偵がレオンに報告して、奴からの指示があって攫われた可能性は高いがな」
「油断した」
クリスの言う通りだ。ハナの容姿は目立つ。おそらく、河辺で野宿をしていた時点で目をつけられていたはずだ。
「らしくないな」
「・・・・浮かれていたのかもしれない」
ハナとずっと二人でいられることが楽しくて、ハナの笑顔を独占できることが嬉しくて気が緩んでいたのだろう。
「さて、どうやって取り戻すか・・・・」
クリスは両腕を組んで椅子にドカリと座りこんだ。
コッ、コッ。
ドアがノックされると、若い兵士が顔を出した。
「エクエル中将、カテガルの屋敷なんですが・・・・」
軍はカテガル家の動向を探るために、兵士を屋敷の傍に常駐させ見張らせている。定期的な報告だろうか。若い兵士はやや緊張した面持ちで室内に入ってきた。
「どうした」
クリスは苦虫を潰したような顔で応えている。
「それが・・・カテガルは昨日酒を10樽も購入したのですが、今日の昼前にも2樽運びこまれたんです。昨日あれほどの酒を購入しているのに、連日購入するのはおかしいと思って、町の酒屋に聞き込みをしたのですが、どこの店も注文を受けていないのです」
若い兵士は言葉を続ける。
「今朝、沖合にライデントの軍船を見ました。薬の可能性は・・・・」
「ハナだ!」
私は兵士の言葉を遮った。
カテガルの屋敷は四方を常に軍に監視されている。密偵はハナを運び入れることができずに、樽の中に隠したのかもしれない。
「そうかもしれないが・・・・うーん、どうしたものか」
クリスは腕組みをして考え始めた。考える間でもない。
「サイアス、どこへ行くんだ」
立ち上がった私に、クリスは慌てて声をかけてくる。
「決まっている。カテガルの屋敷に行くんだ。君、案内を」
私に声かけられた兵士は困惑した表情で私とクリスを交互に見た。クリスはその視線を受けると深い溜め息をついて椅子から立ち上がった。
「仕方ない。カテガル家に事情聴取だ」
「はい」
若い兵士は馬の準備をすべく部屋から駆け出して行った。
「嬢ちゃんが大切なんだな。この借りは返せよ」
クリスはニカッと笑って、私の肩を叩いた。
「あぁ、恩に着る」
ハナ、怖い思いをしていないだろうか。必ず助けに行く、もう少し待っていてくれ。
☆
うーっ、ここどこ? 狭いし、なんかお酒臭い。
ぎゃーっ、なになに転がされてる? 痛い! 痛いってば! 身体のあちこちが壁にぶつかる。
それに、目隠しと猿ぐつわと腕・足縛りって! なんでこんなことになってんの!
落ち着け、落ち着け。うーん、漁師さんたちと魚について話してて、水を飲んだらなんか気持ちよくなって、眠くなったんだよね。
それから・・・・あぁ、サイアスさんが部屋まで運んでくれたんだった。
・・・・で?
よくわからないけど、誘拐されたっぽい?
・・・レオン? やばっ! 私、カテガル家に運ばれてるの!?
サイアスさんは、サイアスさんはどうしたんだろう?
まさか、密偵にやられちゃったんじゃ・・・・いやいやそんなわけない。
んっ、壁の動きが止まった。なにかの箱に入れられてるのかな。箱が横から縦にされた感じがして、身体の座りもよくなる。
箱の上部の蓋がこじ開けられる音がする。怖い。
酒臭い箱の中に、スッと空気が流れ込んで来たかと思うと、誰かの手が私の身体を乱暴に引き上げて、床に転がした。
「目隠しと猿ぐつわを取ってやれ。手と足は拘束したままだぞ。可愛い顔して強いからな」
若い男の声が室内に響く。
この声・・・・。
「やっぱり」
目隠しが取れ、声の方を向くと、紫色の瞳がらんらんと私の姿をとらえていた。
「やぁ、たしかハナとか言ったな。ようこそ、カテガル家へ」
紫色の瞳、浅黒い肌、貴族にしては鍛えられた体躯を持つ男が目の前で薄く笑っている。
「レオン・・・」
「おや、覚えてくれていたのかい。光栄だね」
レオンは屈んで、私の髪に触れた。
頭突きをしてやろうと、身体に勢いをつけ跳ね上がったけれど、手足が縛られた状態ではうまくいかない。
「ははっ、悪い子だ」
レオンに髪を掴まれ、引かれる。痛いけど、顔には出さない。
「お仕置きは何が・・・・」
「戻せ! 私を元の場所に戻せ!」
私はレオンを睨みつけたけれど、奴は涼しい顔だ。小娘に睨まれたって何ともないんだろう。でも、このまま言いなりになるわけにはいかない。
「無理だね。お前は俺と一緒にライデントに行くんだ」
紫の瞳が楽し気に細められる。
ライデント? どうして南国へ?
「レオン皇子。イーガル様がお会いしたいと・・・・」
レオンの側近と思われる男が室内に入ってきた。
「待たせておけ」
レオンはぞんざいに答えている。
皇子!? 皇族なの! イーリアス王国のじゃないよね。どこの国の・・・・あっ、ライデント人に似ているって!
「ライデントの皇子?」
「ふーん、なかなか勘がいいじゃないか。ますます、気に入った」
レオンは掴んでいた髪を離すと、私を抱き上げた。思いきり暴れて抵抗するけど、手足が拘束されているから動きの制限が半端ない。これじゃ、無駄に体力を消耗するだけだ。とりあえず抵抗するのを止めた。
「いい子だ」
レオンは私を抱き上げたまま、椅子に座った。
周囲をみると、ここはカテガル家のレオンの執務室のようだった。
んっ、カテガルはイーリアスの貴族だよね。でも、ライデントの皇子?
「お前は面白いな。思ったことがすべて顔に出ていているぞ」
「どうしてライデントの皇子がここで貴族をしている? どうして私を誘拐した?」
思いきり声を低くして、レオンを睨んで問いつめる。
「子猫の虚勢だな」
レオンは顔を歪めて鼻で笑う。くっ、馬鹿にされている!
「まぁいい、話してやろう。カテガルは俺の祖父だ。祖父は農夫で、その娘、俺の母親は踊り子だった。ライデントの皇太子だった俺の父親は、極秘にイーリアス偵察に来た時、母親の美しさを見初めてほぼ強引にライデントに連れ去ったんだ。その後、父親は国王になり後宮に多くの女を抱えるようになった。そんな中、俺は生まれた。けれど、その頃から母はおかしくなっていたらしい」
「おかしく?」
「あぁ、乳母の話では後宮の女たちのいじめに耐えかねたらしい。精神状態が不安定になってな。俺を腕に抱くこともほとんどなかったらしい。そのうち、食事も摂れなくなって死んだと聞いた。親父に見初められなければ、イーリアスで平凡に暮らすことも可能だったろうにな」
レオンの紫の瞳が遠くを見つめている。
同情する生い立ちだけど、それとこの誘拐は別だ。
「だから、強い女が欲しいんだよ。虐げられて泣くような、おかしくなるような女じゃ、王妃は務まらない。強い子どもも欲しいしな」
「へっ!? 王妃! レオンは皇太子なの!」
「いや。俺はライデントの第3皇子だが武力、知力ともに上の2人の皇子より優れていてな。国王の器に十分なんだが、側妃の生まれだから妬まれていて2人の皇子、ひいては現国王を納得させられなければ、玉座に座ることができない。だから、イーリアスを手土産にすることにした」
「手土産!」
どういうこと、戦争して占領するってこと?




