第13話
読んで頂きありがとうございます。
1週お休みしてしまいました。お待ち頂いていた方には申し訳ありませんでした。
今回も少し長めです。途中、視点が変化します。
息がきれるほど走って、疲れて歩き始めた。
アリシア皇女の部屋に着くまでに息を整えなくちゃ。
あんなこと思うなんて、私サイアスさんのこと好きなのかな。
うわっ、ダメダメ! 私は日本に還るんだし、身分差だってあるじゃない。
そう、身分。たぶん、大名と農民くらい違うよね。あり得ないよ、あり得ない。ここで恋なんてして、苦しい思いしたくない。
サイアスさんが優しくしてくれてるのだって、私が異世界人だからだもの。勘違いしちゃダメだよ。あーっ、落ち着け、落ち着け、私。
「ハナ。どうしたの、顔が赤いわ」
アリシア皇女の部屋に辿り着くと、皇女が私の様子を見て驚いて近づいてきた。
「なっ、なんでもないです」
慌てて否定するけど、赤くなった顔はそう簡単に色味が引かない。
「なんでもないって顔じゃないわ」
うっ、粘るな皇女。さすがに、相手の表情一つから十を知ると言われる才媛。私が動揺しているのを見抜いているんだろうな。この人に隠し事するのは難しい。こんなに穏やかで、優しい雰囲気を纏っているのに。
「さぁ、話してごらんなさい」
皇女はにっこりと微笑んでいるけれど、うわっ、瞳の奥が笑ってないよ。
「だっ、だめです」
ダメダメ、皇女に話すわけにはいかない。
「どうしてもだめなの」
「どうしてもです」
「なら仕方ないわね。ラリッサ」
皇女は俯いて、手巾を目元に当てた。えっ、泣いてるの?!
「ハナ。アリシア様は悲しんでおられますよ。異世界で過ごすあなたが、心穏やかに過ごすことができているのか、常にお気になさり、お心を砕いていらっしゃるのに、その仕打ちはあまりではありませんか」
ラリッサさんは滔々と話し始めた。
「へっ? うぅ、わかりました。話しますよ」
アリシア皇女はじめ、ロビィやイライザまで、みんな興味津々で耳を傾ける。
「さっきですね・・・・」
間諜を追って、中庭に向かったところから、豪商のレオンとやらに会って、キスされそうになったところをサイアスさんに助けてもらったところまで話した。
「それだけ?」
皇女が小首を傾げる。
「はい、それだけです」
「まだ、隠していることがあるでしょう?」
「いいえ。これだけです。顔が赤いのは、そのレオンって奴にキスされそうになったからですよ」
「ふぅん、まあ、いいわ」
アリシア皇女は、目を逸らし続ける私を見つめて言った。
“キスされるならサイアスさんじゃなきゃ嫌だ”って思ったことは絶対言わないよ。大名と農民だからね。肝に銘じておかないと。
「それにしても南方の豪商か。レオンなんて聞いたことがないな」
レイラさんが眼光鋭く呟く。
「すごい、強引な人でした。強い女が好きって言ってたから、レイラさんも気を付けないと」
「そうだな。軍部に調査を依頼しておこう」
レイラさんが、退室しようとするとアリシア様が話し始めた。
「そういえば、最近南方でかなりの利益を上げている商人がいるって聞いたわ」
「アリシア様のお耳に入ってきたのですか?」
皇族の方々が知るほどの利益なら、莫大なものなんだろう。商人が莫大な利益を得るのを、王国は看過できないものね。
「えぇ、我が国は大海を挟んだライデント国とはほとんど国交がないけれど、その商人は独自のルートでライデントの商品を手に入れ、国内で販売し利益を得ていると聞いたわ」
「独自のルートで輸入した物って、勝手に販売していいの?」
国が認可してなかったら密輸とかになるんじゃないのかな?
「あぁ、国同士の貿易はないが個人ルートでの仕入れは、南方では少なくない件数があると聞いたことがある。でも、品物自体が日用品や茶などの嗜好品だったりして、利益はそう多くはないとも聞いていたけどな」
レイラさんが答えてくれる。
「じゃあ、その商人は表向きは日用品や嗜好品を、隠れて高価な物を取り扱って利益を得ているのかもしれないね」
「軍はもう動いているかもしれないが、それについても調査依頼しよう」
レイラさんは、足早に軍の調査部がある棟に向かって行った。
そういえば、あの男“奪う”って言ってなかった? コワッ、私みたいなの捕らえてどうするんだろう。キスしようとしたんだから、それ以上もしようとするよね。うわーっ、嫌だ嫌だ。
「アリシア様! ちょっとの時間でいいので、体術の訓練をしてきていいですか?」
「えぇ、構わないわよ。レイラが戻ってきたら行ってらっしゃい」
皇女は、ラリッサさんから南方の資料を受け取り、ページをめくっている。ちらりと私に視線を向けて答えると、また資料を読み始めた。
☆
「王妃選出の際には、よろしくお願い致しますわ」
議員たちに微笑むと、彼らは一様に顔を赤くする。
「次期王妃はナタリア様で決定でしょう。あなたほど賢く、美しい方が王妃に選出されないわけがない。なぁ、皆さん」
ロダン侯爵が、他の貴族に同意を求めるように見渡すと、周囲の者たちは、笑顔を浮かべ静かに頷いた。
ここにいる議員は議会の半分以上を占めている。次期王妃はわたくしで決定のようね。扇で隠した口元がつい緩む。
「皆さま、今日はお集まり頂き、本当に嬉しいですわ。心ばかりではありますが、手土産をご用意いたしております。お帰りの際には、お持ちくださいね」
議員の票を確実にわたくしのものにするため、茶会の出席者には手土産として金を渡している。汚い手段だが、これほど有効な手はない。議員たちの、わたくしに対する忠誠を盤石なものにしておかなくては。
「ロダン様には、北国の小さく綺麗な花をご用意いたしますわ」
「ありがたき幸せ。北国の花の美しさのは格別ですからね」
ロダン侯爵は、わたくしを王妃にと強固に推してくれている。
見返りとして、小児愛好者の彼には、わたくしの故郷ローランド国の子どもを与えている。
ローランド国の子どもは、とてもきれいで闇の市場でも高値で売買されている。需要が多いためなかなか手に入りにくいので、わたしくは人を使って、農村から安価で子どもを買い付けたり、綺麗な子どもを攫ってきたりしている。子どもは貴族に与える以外にも、闇の市場で売りさばき、わたくしの活動資金としている。罪悪感? そんなものはないわ。ローランド国のものは、わたくしのために役立つべき。
先日入荷予定していたロダン侯爵に渡すはずだった子どもは、邪魔が入って届かなくなった。
子どもの売買にあたらせていたラング伯爵がいなくなった今、新たな人材を探さなくてはならない。面倒なことね。
わたくしが、王妃を目指すのは、息子オーエンスを王位に就けるため。
“わたくしの産んだ子を王にする”わたくしの願いは、ただそれ一つ。
その障害になっているウィル皇子やアリシア皇女は排除するのみだわ。
王位継承第2位の皇子イーガルはすでにわたくし側。そういえば、今日はイーガルの紹介で南方の豪商カテガル家の当主が来ているはず。わたくしが王妃になった際には、商いに関して融通を聞かせてほしいと言っていたわね。まぁ、結構な額の資金協力を申し出ているから、便宜を図るつもりではいるけれど。
わたくしの計画はスムーズに進んでいるけれど、ここにきて懸念がある。
アリシア皇女の侍女と、ラング伯爵が行方不明になったこと。侍女の方は毒物の影響で身体が蝕まれているはず。今頃は口がきけなくなっているはずだわ。ラングは、近衛の団長ダフルと共に命を落としただろうと聞いている。証人はいない。そうは思うけれと、不安は拭えない。
「ナタリア様には、ご機嫌麗しく。今日も本当にお美しい」
南方の豪商、レオン・カテガルが、わたくしの手を取り口づけた。
彼は、商人のわりに身体が大きく、鍛えられた体躯を持っている。浅黒い肌に紫色の瞳は、とても色気がある。見目の良い男だわ。農民上がりでなければ、娘であるサリーナ皇女の結婚相手にと考えていた。
カテガルは南方の農民であったが、才覚一本でのし上がり、商家を築き上げたとの調査結果を受けている。名もなき農民の出自では、皇女の伴侶には相応しくはないわ。
「カテガル様、ご機嫌よう。なにか楽しそうなお顔をなさっていますわね」
彼の表情に、僅かばかりの不穏を感じて声をかける。
「えぇ、先ほど面白いものを見つけました。ここには異世界人がいるのですね」
「えぇ。確か、アリシア皇女の侍女兼護衛をしていますわね」
頭の中に、黒目黒髪の小動物のような娘が浮かんだ。直接会ったことはないが、遠くから何度か見かけたことがある。間諜からは、彼女は体術にたけており、彼女が侍女になってからは、皇女の暗殺に何度も失敗していると聞いている。
「強くて、可愛い」
レオンが呟いた。この男、存外趣味が悪いのね。
「あら、お気に入りになられたのね。でも、あの娘はわたくしの管轄外だわ」
「ええ、伯爵家に保護されているとか」
「ラインシート家よ。次期当主である近衛の副団長が大切に保護しているらしいわ。攫おうとしてもそう簡単にはいかないかもしれないわよ」
「へぇ、面白い」
レオンは不敵に微笑んだ。その笑みにゾクリとする。あの娘、とんでもない男に気に入られたものね。
「カテガル様・・・・」
彼の侍従が現れ、傍に寄って耳打ちし始めた。
「ナタリア様、申し訳ございません。南方の店で少しばかり問題が発生しました。私はこれで退出させて頂きます。王妃になられた暁には、カテガルへの便宜をよろしくお願い致します」
レオンは礼をとると、侍従に持たせていた紙包みをわたくしの侍女に渡した。侍女はその重さによろめいている。中身は金塊だろう。南方の豪商と言われているだけあって、羽振りがいい。味方にしておいて損はないわ。
「カテガルの名はよく覚えておきましょう」
わたくしは、最上の笑みでレオンを見送った。
「お母さま。あの方素敵だわ」
レオンが去ると、サリーナがわたくしの傍に寄ってきた。
「おやめなさい。農民の出自よ。あなたには相応しくないわ」
農民の出自。そして、身辺調査でなにも出てこない男。ただの農民があれほどの豪商になるには、かなりあくどいことをしているはずなのに、調査ではなにも上がってこない。
それにあの見目。ライデント人に似ているのが気になるわ。ライデント人は、褐色の肌にこげ茶の髪と瞳を持っていると聞いたことがある。
けれど、レオンの肌はライデント人よりは濃くなく、ライデント人というには珍しい紫色の瞳を持っているから、我が国の人間なのでしょうけれど。気になるわ。南方では、イーリアス人とライデント人が交流していた歴史もあったから、混血の可能性もあるけれど。
まぁ、とにかくあの男には、必要以上に関わらない方がいいような気がするわね。
「サリーナには、わたくしがよいお相手を探してあげるわ」
「本当に! お母さま、わたくしラインシート様がいいわ! 素敵でお優しくて、近衛の副団長なんて夫として申し分ないもの」
サリーナは胸の前で指を組み、うっとりと微笑んでいる。
ラインシートね。皇女の相手としては、申し分ないけど、あの男はダメだわ。清廉潔白、わたくし側に取り込む隙がない。それに、あの奇妙な異世界人を必要以上に大事にしているとか。趣味が悪いわ。




