第14話
いつも読んで頂きありがとうございます。
また、1週お休みしてしまいました。申し訳ありませんでした。
今回のお話はサイアスさん視点で進みます。
「どうした、にやけて」
執務室で書類仕事を片付けていると、老人に変装したジャックが現れた。
ジャックの変装術は完璧だ。杖を使って捻挫した足を庇い、髪や髭に染料を使い白髪を演出し、うまい具合に年寄りらしさを醸し出している。顔面には顔料を使って皺を書き込み、若さを一気に削ぎ、さらに眼鏡をかけることで別人となっている。
「にやけてなんていない」
そうは言いつつも、自分の顔が十分に緩んでいるのがわかる。
ハナの“サイアスさんじゃなきゃ、絶対嫌だって思っちゃった”という言葉が、先ほどから頭の中で回っている。発言の後の真っ赤な顔と慌てた様子。あれは、キスされるなら私でなくては嫌だということでいいんだろうか。あぁ、なんて可愛いいことを言うんだ。可愛すぎるだろう。
「ふん。どうせ、ハナに関したことだろう。それより、茶会に忍びこんで来たぞ」
ジャックはため息をついて、杖を投げ出し、ドサリとソファに腰かけた。
「茶会の様子はどうでした」
「議員の半分以上が出席していた。ナタリアは金銭を使って議員どもを掌握しているようだ」
「資金源は北の子どもですね」
今は屋敷にいるテリィが頭の中に浮かぶ。彼の容貌は、闇の市場で高値がつくことが容易に想像できるほどに整っていた。今はカッセルと共に庭仕事に励み、屋敷の皆に可愛がられている。その笑顔を見ると助け出すことができて良かったと思う。
しかし、まだまだ国内で苦しんでいる子どもがいるのも事実だ。ロダンの屋敷の子どもも救いださなくては。ナタリアの罪を暴き、国外追放にすることができれば、狩られる子どもも減るだろう。
「いつ、ナタリアを糾弾するのです」
つい拳に力が入る。
「徹底的に潰せるように、来週の定例議会の場を考えている」
「議会ですか」
「あぁ、お前には証人の警護を頼む。絶対に死なせるな。敵は多数だ。議員たちの中には、自分の悪事を暴かれたくない者が多数存在するだろうからな」
ジャックは正装の首元を緩め、苦虫を潰すような顔をした。
「今回の定例議会にはウィル皇子、アリシア皇女も出席なさる予定だったな」
「はい。身辺警護を厳重にしましょう。近衛総出動ですね」
「あぁ、そうしてくれ。できるだけ穏便に済ませたい」
ジャックはソファの背にもたれて目を閉じた。
私は彼に茶を淹れるべく席を立ち、思いついたことを口にした。
「ジャック。茶会に、南方の豪商レオンという者はいましたか?」
ハナを奪うと言った、あの鋭く人を射抜くような瞳が忘れられない。
「レオン? 南方? あぁ、あいつかな? ライデント人のような容貌の・・・・」
「そう、そいつです」
そういえば、レオンはライデント人のような容貌だった。ライデント国とイーリアス王国は、先の大戦以来国交がない。ライデント人が自由に入国できるわけはないから、南方の混血というところか。
「ナタリアと結構長く話していたな」
「ハナのことを気に入ったようで、奪うと言っていました」
奴の表情は本気だった。ハナのことは全力で守るつもりだが、若干の不安はある。
「はっ、冗談だろう。結構な美丈夫だったぞ。女なんてよりどりみどりのはずだ。わざわざ、あんなチンチクリンに手を出す・・・・いや、すまん。サイアス、剣の柄に手をかけるのは止めてくれ。うん、そうだな・・・・ハナは可愛いからな。お前も気が休まる時がないな」
つい、無意識に剣の柄に手が伸びていたようだ。どうもハナのこととなると、冷静さを欠いてしまう。
「わかればいいです。わかれば」
私の言葉に、ジャックは深い溜め息をついた。
「レオンって奴は確か、最近羽振りのいいカテガル家の当主じゃなかったか? 平民だったが才覚一本で上り詰めたとか・・・・。まあ、うまく隠しているようだが、禁制品に手を出しているんだろうな」
「でしょうね」
ジャックに茶を差し出すと、彼は数口飲んで目を閉じた。
ひどく疲れているようだ。怪我も癒えていないのに、工作活動にあたっているからだろう。
手伝えればいいのだが、団長不在としている今、近衛の業務はすべて私が担っており、とても多忙となっている。
暫く無言で二人で茶を飲んでいると、扉がノックされレイラが入室したきた。
「副団長、ハナからレオンという奴のことを聞きました。軍部にカテガル家の調査を依頼しに・・・ジャック!?」
レイラはソファで寛ぐジャックに気付き驚いたようだ。
「よぉ」
ジャックは片手を挙げて返事している。
「ハナから、怪我しているって聞いてたけど、大丈夫なの?」
レイラは、ジャックに近づき全身を見渡す。杖に気付き、表情を歪めた。
「なんともねぇよ」
ジャックは面倒臭そうに答えている。まったく、レイラが心配しているのに、その態度はないだろう。
「あぁ、そうだ。ほらっ」
ジャックは懐を探ると、1本のリボンを取り出しレイラに差し出した。濃紺の織物に銀糸の刺繍がしてある品の良いリボンだ。レイラに差し出しているということは、レイラに贈るということで良いのだろうか。
ジャックが、女性に贈り物だなんて、天変地異の前触れじゃないのか。目の前の光景が、現実の事とは思えずに、身体が震え出す。
レイラもリボンを手に全く動けず、ジャックを凝視している。
「これ・・・・」
やっとのことで出した声は、小さく掠れていた。
「あぁ、土産だよ。エナ町のな。ハナが、お前には世話になっているんだから、買って行けってうるさくてな」
ハナの勧めだったのか。ジャックが自分の判断で、リボンなど購入して来ることなどないだろうからな。アドバイスがあったのなら納得だ。思わず安堵のため息が漏れ、身体の震えが止まる。
「あ・・・・ありがとう」
レイラの顔が、徐々に喜色に染まっていく。
「んっ」
ジャックは、そう返すとまた目を閉じてしまった。なんて、素っ気ない。
一方のレイラは、ふらふらと扉に向かい退室してしまった。レイラ、ここに来た目的はなんだった? まぁ、カテガル家のことは調査継続中だろうから、敢えて情報部に報告する必要はないだろうが。
レイラも冷静に見えて衝撃を受けているのだろう。ジャックから物を貰ったことなどなかっただろうからな。それもいきなり彼女を女性扱いするリボンという代物だ。レイラは嬉しいようだが、ジャックはどう考えているのか。
ハナ、いい仕事したな。思わず口角が緩んだ。
日も暮れてきて、執務室の扉がノックされる。
「ハナか」
「はい。もう、帰りますか」
扉から顔を覗かせたハナの表情には、不安が見て取れた。私が忙しいのを知っているから、一人で帰宅するしかないと思っているのだろう。昼間あんなことがあったばかりだ、一人で帰すわけがないのに。
「もう少しで、近衛の騎士が業務報告に来るだろう、報告を聞いたら仕事も終わりだ。ここで待っててくれないか。一緒に帰ろう」
「はい」
ハナは、ホッとした表情で執務室に入ってきた。
「よかった。一人で帰れって言われたらどうしようかと思いました。サイアス様の仕事が終わるまで、私はここで単語の練習してますね」
ハナはそう言うと、肩掛け鞄の中から紙束とペンを取り出した。勉強が苦手だというわりには、イーリアス国語の習得に真面目に取り組んでいる。綴りのノートも五冊を超えた。
ハナが頑張っている姿をみると自然と笑みが浮かぶ。
室内に、互いがペンを走らせる音が響く。ハナは時々、書き上げた単語を小さな声で読み上げている。
扉がノックされ、ニールが定例の業務報告にやってきた。
「失礼します。あれっ、ハナ!? こんなところでどうしたんだ」
ニールはハナに気付くと笑顔を浮かべた。
ニール・・・・勤務中だぞ。ハナが可愛くて気になるのはわかるが、しっかりしろ。
「サイアス様の仕事が終わるのを待ってるんだ。一緒に帰ろうと思って」
ハナの表情が僅かに曇っている。それはそうだろう。レオンに強引に抱きしめられ、キスを迫られたんだ。怖くないわけがない。レオン・・・・次に会ったらただではおかない。
バキッ。
あっ、しまった。
私の手の中で、ペンが真っ二つに折れている。あの光景を思い出すと、つい怒りが湧いてペンを握る手に力が入ってしまった。
ハナとニールが驚いた顔をしてこちらを見ている。
「あぁ、すまない。ニール、報告を」
「あっ、申し訳けありません」
ニールは萎縮しながらも、業務報告を開始した。
意図したわけではないが、牽制した態度ととられたかもしれない。ニールは私の気持ちに気付いているだろうからな。
「ご苦労」
「副団長。俺がハナをラインシート家まで送り届けましょうか」
ニール。お前は勇気があるな。私がそんなことを許すとでも思っているのか。
「うわっ、そうしてくれれば嬉しい。サイアス様忙しそうで大変だなって思ってたんだ」
ハナが、笑顔で応えている。いやっ、ハナ、大変ではない。もう帰る、もう帰るからな。
「いや、仕事ならもう終わったから大丈夫だ」
私は、荷物をまとめ鞄の中に入れ始めた。
ニールはそれを見て、残念そうな表情を浮かべている。
「サイアス様、大丈夫なんですか。仕事残ってないですか」
ハナは慌てて自分の荷物もまとめ始めた。
仕事は少し残っているが、屋敷で処理するつもりだ。
「すべて終わったよ。さぁ、帰ろう。ニールも、業務報告ご苦労だった」
「はい」
「ニール、ありがとう。また、明日ね」
「あぁ、またな」
ニールは、若干残念そうな表情を浮かべ退室して行った。
すまないな、ニール。ハナに関することは譲れないんだ。
「不細工」「ちんちくりん」などいろいろ言われているハナさんですが、設定では地元タウン誌のスポーツ美少女特集の空手部門に載ったことがあります。(笑)




