第15話
お屋敷に帰ると、私の部屋が大変なことになっていた。
「えっ、どうしてここなんですか」
「昼間、王城からサイアス様の伝達があって急いで対応したんですよ」
マリーネさんは、たいしたことではないというように言う。
お屋敷に帰ってきて、自分の部屋に行こうとしたところ、マリーネさんに呼び止められて案内された部屋は、サイアスさんの隣の部屋だった。
私の部屋は、2階の南向きの角部屋で日当たりもよくお気に入りだった。けれど、サイアスさんの隣の部屋は南向きってところは一緒だけど、角部屋じゃないから日当たりも前ほどじゃなくて、なにより角部屋みたいに窓ガラスが多くないから開放感があまりなかった。
しかも、サイアスさんの隣なんてだなんて緊張しちゃうよ。
「サイアス様どうしてですか?」
急いで着替えて食堂に降り、開口一番サイアスさんに問い質す。
「あのレオンという奴の言葉が気になってな」
サイアスさんは、レオンって奴が『奪う』って言ってたことを気にしてるんだ。でも、いくらなんでも伯爵家に忍び込んだりするかな。見つかったらただじゃすまないのに。
「きっと、冗談ですよ」
「ハナ、油断は禁物だ」
サイアスさんの表情は険しい。そうだよね。保護している少しは役立つ異世界人に、何かあったら困るものね。伯爵家の威信にも関わるだろうし。
そんなわけで、私の部屋は最強の護りを得た。
左隣の部屋にはサイアスさん、右隣の部屋はツイルさんが使用することになった。なにそれ、溜め息しか出ない。
ツイルさんは「使用人があのようなお部屋を頂くなど」ってすごい恐縮している。
「しかしながら、サイアス様。ハナと部屋を一緒にすれば警備の手間も違ってくるのでは? 旦那様と奥様のお部屋を一時的にご使用なさるのはいかがでしょう」
ツイルさんは、暖炉の火を整えながら表情一つ変えずに話す。
なっ、何言ってるのツイルさん! 止めて、止めて、無理、無理!
「そうしたいが、まぁ無理だな」
サイアスさんは曖昧に笑っている。そうだよ、ダメダメ。恋人でもないのに同じ部屋なんて。
んっ!? “そうしたい”? 今“そうしたい”って言ったよね。
ちっ違う、違う。私を護るのに都合がいいからってことだよ。勘違いするな、私。
「サイアス様、ツイル。ハナさんが困ってますよ。食事になさって下さい」
マリーネさんが苦笑しながら料理を運んで来た。
ありがとう、マリーネさん。つい、安堵のため息が漏れた。
「あーぁ、サイアス様とツイルさんが両隣にいたら、僅かな物音にも反応されちゃうんでしょうね。静かに暮らさなきゃ」
「淑女マナーのいい実践になるんじゃないですか」
ツイルさんは、カップにお茶を注ぎながら苦笑している。はいはい、そうですね。よく注意される歩き方とか座り方を直すいい機会ですね。
「まぁ、屋敷の庭や建物の警備環境を整えるまでだ。ハナ、少し我慢してくれないか」
サイアスさんも苦笑いしてる。やっぱりマナーの勉強にも力入れなきゃ。
「はぁい」
私は食後のお茶に口を付けた。んーっ、美味しい。
「それと、ハナ。昼間のことなんだが」
「はい?」
「私のことをサイアスさんと呼んでいたな」
「あっ、ごめんなさい。つい」
そうだ、あの時つい“サイアスさん”って言っちゃったんだった。焦ってたから“様”じゃなくて、“さん”呼びしちゃたんだよね。気分害しちゃったかな。
「いや、嬉しかった」
「へっ!? 嬉しい?」
「そう、ハナとの距離が縮まった気がしてな」
うわっ、サイアスさん本当に笑顔だ。気分を害していないってのはわかるけど、敬称なんてそんなに気になるものかな。確かに“さん”呼びの方が親しい感じはするけど。
「これから、そう呼んでくれないか」
「無理ですよ。サイアス様は伯爵なんだから」
私は即答した。ダメダメ、しっかり線引きしとかないと。大名と農民なんだから。
「そうか・・・・。では、あの時なにが私でなければダメだったのか教えてくれないか」
えっ、サイアスさんとじゃなきゃ絶対嫌だって言った言葉のこと?
「ぐっ、言えません。絶対言えません」
「そうか、教えてくれないのか・・・・。残念だなぁ。じゃあ、サイアスさんと呼んで・・・・」
えーっ、知ってる? 本当は知ってるんじゃないの? あの場面から、あの言葉だったら想像つくよね。サイアスさんの顔をみると、瞳の奥がなんだか楽しそうに揺らめいている。
こっ、これは断れば発言について問われ続ける感じだ。意地悪だ、サイアスさん。
「わかりました。わかりましたよ。そのかわりその件については追及なしですよ。サイアスさん!」
「わかった」
サイアスさんと言われて、彼はすごくにこやかに頷いた。
「綺麗だなぁ。でも、見るたびに落ち込むんだよね。いかにも異世界って感じで」
部屋に戻り寝支度をしていると、窓から月がみえた。
今夜の月は2つとも満月で、部屋に差し込んでくる月光はとても明るい。ついつい、光に誘われてバルコニーに出てみた。
「白い月と青い月か。月が二つなんて変なの」
エナ町ほどじゃないけど、王都も冬の寒さに包まれている。吐く息が白くなる様が面白くて、少しの間息を吐き続けた。小学生の頃を思い出す。王都にも雪が降ればいいのに、雪だるま作るのになぁ。
「眠れないのか」
物思いに耽っていると、隣の部屋の扉が開いてサイアスさんが出てきた。
「あっ、ごめんなさい。今、寝ます」
私が慌てて戻ろうとすると
「ハナの世界では月は一つだと言っていたな」
サイアスさんが聞いてきた。さっきの独り言聞かれていたみたい。
「ニホンに帰りたいか」
サイアスさんは、バルコニーの手すりに背を預けて私を見た。
「でも、かなり難しいんでしょうね。ナナがこっちに戻りたいって強く思ってくれたら、また移動できるかもって、考えてはいるんですけど。でも、彼女が強くこっちに戻りたいって思うことがあるのかな。日本は平和だし、便利だし、ご飯美味しいしずっといたいって思ってるかも。サイアスさん、ナナには恋人とか大事な人はいなかったんですか?」
恋人や誰かに会いたいって強く思ってくれたら、移動できる可能性あるんだけどな。
「恋人はいなかったようだな。大事な人もよくはわからない」
サイアスさんは、困ったように返した。
「そうですか。そんな人がいれば強く帰りたいって考えるかなと思ったんだけどな」
つい、長めのため息が漏れた。
「ハナはいたのか? 恋人」
「へっ! 恋人なんていませんよ」
空手が強すぎて、一歩引かれてましたなんて言わないよ絶対。
「そうか」
んっ、サイアスさんが微妙に微笑んだぞ。私に恋人がいないのがおかしいのかな?
「私は、家族と友達に会いたくて仕方ありません」
ポツリとつい本音が漏れた。ダメだ、涙が出そう。
サイアスさんは私の言葉に少し驚いた顔をして、近寄って来るとガウンの前を広げて私を懐に入れ、ふわりと包み込んだ。
「ここにいる間は私たちが家族で友人だ」
うわっ、不意打ちだよ。
サイアスさんの言葉に、頑張って止めた涙が、堪えようもなく流れ出てしまった。
「・・・・ありがとうございます。お屋敷の皆は本当に家族のように接してくれるから・・・・」
ラインシート家の皆は本当に優しい。私をよく見てくれていて、寂しい時には必ず誰かが傍にいて話しかけてくれるし、一人でいたい時には気持ちを察してくれて離れて見守ってくれている。
「お父さんとしては、ハナが安心して笑って暮らすことができる環境を守らなくちゃな」
優しい声が頭上から降って来た。
「あっ、あれはごめんなさい。サイアスさん優しいし頼れるから、つい」
「はは、構わない。今は」
サイアスさんは、楽しそうに笑っている。
「今は?」
「そう、今は」
変なの。
はっ、そういう私もサイアスさんの腕の中で安心しきってるってやばくない! でも、この腕の中って、なんだかすごーく落ち着くんだよね。それって・・・・。ダメだ、大名と農民! それに日本に帰れないってことが決定的になったら、王都で働きながら暮らすつもりなんだから、いつまでも甘えてちゃダメだ。
「ありがとう、サイアスさん。眠くなってきちゃいました。もう戻りますね」
私はそっとサイアスさんから身体を離した。
「あぁ、お休み」
サイアスさんは私が部屋に入るまで見守ってくれていた。




