第4話
ガキッ!
剣が振り下ろされる瞬間から目を閉じていた私の耳に、金属のぶつかり合う音が響く。
目を開くとツイルさんが頭目の剣を受け止め、猛攻しているのが飛び込んで来た。
ツイルさんの剣裁きは華麗で早くて、頭目はアッという間に壁際に押し切られ、兵士たちに取り押さえられてしまった。
「ハナ! 大丈夫ですか」
ツイルさんは、頭目が捕らえられると私の元に走ってきてくれた。
「大丈夫です。ありがとう」
私が顔を上げてツイルさんを見ると、彼はひどく驚いて目を見開いた。
「なっ、なんですか。その気持ち悪い顔と恰好は!」
確かに変だけど、ひどい言われようだ。
「団長に、親のために緊急で薬を買いに来た子どもを装えって言われて・・・・」
「バカですか! あんな馬鹿団長に騙されて、あなたに何かあったら、サイアス様がどれだけ悲しまれるか。わかってるんですか!」
うわっ、すごい迫力だ。ツイルさんがマジで怒ってる。
でも、私に何かあっても、サイアスさんがそんなに悲しむとは思えないけどな。そんなことを言うと火に油を注ぎそうなので、黙って「はい」「すみませんでした」を繰り返し口にするしかなかった。
それから、悪党どもがすべて連れ去られるまでの時間、理不尽なお説教が続いた。バカな策につられて、騙されたのは認めるけど、子どもたちを助けることができたから良かったじゃないとは、機嫌の悪いツイルさんには口が裂けても言えなかった。
「やぁ、ハナ。御苦労さん」
お説教されている私のところに、団長がニヤニヤして現れた。こいつがすべての元凶だよ。
「囮にしましたね」
呻くように問い質すけど、団長の表情は平然としている。
「さすが、ハナだよ。助かった。これで売買組織の親玉を捕らえることができる」
笑顔満開の団長を、黙ってジロリと見上げる。か弱い女子に何させるんだか、本当に油断ならない人だ。
団長を睨む私の前に、ツイルさんが割って入る。
「ダフル様、今後このようなことは無きように。ハナはラインシート家の人間です」
「ふーん、ラインシート家のねぇ。それにしちゃあ、障害が多すぎるようだがな」
「ご心配ご無用。サイアス様と私、屋敷の者共がいれば・・・」
「でも、あの爺は手ごわいだろうよ」
「大旦那様もハナの気性を知れば、すぐに気に入るでしょう」
「ふーん、まぁどうでもいいや。宿に戻ってひと眠りしてくれ。俺は一仕事してから戻る」
団長は興味なさげに欠伸をしながら、兵士たちと出て行った。
「まったく、あの人は。さぁ、ハナ戻りましょう」
「うん」
“ラインシート家の人間” ツイルさんの言った言葉が頭の中で回る。嬉しい。
“ラインシート家の人間” 家族みたいだ。この世界で一人じゃないって、力づけられる。
「何、泣いているんですか」
ツイルさんが慌てて、ハンカチを差し出してくれた。どうやら、私の眼からは涙が流れていたらしい。嬉しくて泣いたのなんて久しぶりだ。
「だって、ラインシート家の人間って。家族みたいでうれしい」
「家族ねぇ・・・・。その前にもっと気にしてほしい部分があるですけどね」
「へっ、なに?」
「わからないならいいです。帰りましょう」
ツイルさんは軽く溜め息をついた。気にしてほしい部分ってなんだろう。団長の言ってた障害とか爺とか?
「ハナ、ありがとう」
首を傾げている私にテリィが飛びついてきた。
「あぁ、テリィ。ケガはない」
「大丈夫だよ。ハナが守ってくれたから」
「私っていうか、ツイルさんだけどね」
話しながら周囲を見回すと、子どもたちが消えていた。
「みんなは?」
「兵隊さんたちに連れていかれた。家に帰してくれるみたいだよ」
「そうか。テリィは行かないの?」
「うん・・・・。僕の家は・・・僕が戻ると困るんだ」
テリィが俯く。それを見て、彼が親から売られたのだと察しがついた。
黙って、テリィの頭を撫でて、震える身体を抱きしめた。7歳っていったら、小学2年生くらいだ。この世界の現実は厳しい。
「お前、名前は」
ツイルさんがテリィと目を合わせるように屈みこんで聞いている。
「テリィ」
テリィは、眼光鋭いツイルさんを目の前にしても臆することなく答えていた。そういえば、最初から度胸の据わっている子どもだなっていう印象があった。
「イーリアス国語が出来るんだな」
「うん、国境の町に住んでて商人相手に日雇いの仕事してたから。でも、読み書きはできないよ」
「そうか・・・・真面目に働く気はあるか」
「ツイルさん、まさか」
ラインシート家で雇ってくれるのかな。期待してツイルさんを見つめる。
「えぇ、庭師のカッセルが新たな助手を探していましたので」
「やったぁ、テリィ! 一緒にラインシート家に帰ろう。そうだ、ライラに伝えてくるね」
私は、まだ近くにいるであろう子どもたちを探しに部屋を飛び出した。
「ラインシート家?」
「イーリアス王国の伯爵家だ」
「はっ、伯爵!? ハナは伯爵家のお嬢様なの?」
「いや、次期当主の奥様だ」
「おっ、奥様ぁ?」
「あぁ、その予定だ。本人は全く想像もしていないがな」
「嘘だーっ! 『くっそう』とか言ってたよ、足技すごかったよ。あんな奥様みたことないよ! いいの、次期当主の伯爵様はそれでいいの?」
「いいんだ」
「うわーっ! なんで笑ってるの! 僕の国だったら考えられないよ!」
「ははっ、イーリアス王国でも異例だよ」
「・・・・」
「んっ、テリィの叫び声か」
廊下を走っていた私の耳に、子どもの叫び声が聞こえた。なにが“嘘”なんだろう。ツイルさんは、彼を本気で雇う気だろうから、それとは無関係とは思うけど。なんだろう。
「ライラ!」
エントランスを出ると、子どもたちが馬車に乗せられるところだった。ライラは私の声に気付いて立ち上がった。
「ハナ、ありがとう。国に帰ることができるわ」
「良かったね」
子どもたちを見ると、みんながみんな笑顔で、安心した表情を浮かべている。
この子たちは、全員攫われてきたのかな。中には売られた子もいるんだろうけど、テリィみたいに残らないってことは事情を分かってないのかな。いや、親に会いたくて仕方ないのかな。親は子どもが帰ってきたらどうするんだろう。また、売っちゃうのかな。
ローランド国のことだから、どうすることもできないけど・・・・。いや、そもそもイーリアス国のことであっても、どうすることもできないけどね。
王都に帰ったらアリシア皇女に相談してみよう。親が子を売らなくて済むように、国家間でなにかできるかもしれない。経済支援とか、産業・技術支援とか。
子どもたちに手を振って別れを告げ、遠ざかる馬車を暫く立ち尽くして見ていた。
馬車の影が見えなくなると、急に冷気を感じてエントランスを振り返る。
エントランスには、ツイルさんとテリィが私を待っていた。
んっ、テリィの私を見る目がなんか変わった?
「ハナ様」
「へっ!? 様付け? やめてよ、テリィ」
「しかし、ハナ様は次期当主様の・・もがっ」
テリィはそこまで言うと、ツイルさんに口を塞がれてしまった。
「テリィ、まだまだハナって呼んでいいんだ。様付けになるのは、だいぶ先の事だからな」
ツイルさんは優しく、にっこりと微笑んでいるけど、なんだか目が笑っていない。こういう時の彼は障らぬ神に祟りなしだ。話題を変えるに限る。
「さぁ、宿に戻ろうよ。今日は剣聖ダニエルに会うんでしょ」
「はっ、そうです。万全の体調で面会に臨まなくては」
ツイルさんは、そう言うとテリィの口から手を放して、駆け出さんばかりの勢いで宿の方に歩き出した。
「2人とも、早く戻りますよ」
私は、ツイルさんの声掛けに遅れないように、テリィの手を取って小走りで彼を追いかけた。




