第9話
皇女の部屋に清掃を担当する侍女たちがやってきた。
掃除は私たち侍女もするけど、浴室の細かいところや洗面台、鏡磨きなんかは週1回くらいのペースで専門の侍女たちが来訪して実施している。
不審な動きはないか騎士たちに見張られながらの掃除は緊張するだろうけれど、今皇女の部屋に男性騎士はいない。
レイラさんと私がいるから少し気が緩んでいるのか、早めに屋外訓練に出かけてしまった。
そうレイラさんは、私が北の国境に向かうことが分かった翌日から職場復帰している。私の出発は5日後。長旅をするにはそれなりの用意があるって団長が言っていた。私の旅の準備はツイルさんに任せている。ツイルさんは「5日も要らないのに」とブツブツ呟きながら服や携帯食料を、馬に括り付ける鞄みたいなのに詰めていた。はやく剣聖ダニエルに会いたいんだね。
掃除する3人の侍女たちを見ていると、1人だけ動きの変な侍女がいた。軽やかな体重を感じさせない動き、不自然に無表情な顔付き、掃除のプロというより・・・・。
「レイラさん」
「ああ、ハナわかるか」
「うん。要注意だね」
「奴が仕掛けるなら、退室間際だろう。皇女を守れ」
「はい」
レイラさんと声を潜めて侍女の様子を窺う。
「失礼致しました」
侍女たちが退室し始めた。
例の侍女は最後尾についていたが、突然足を止めると、スカートをたくし上げナイフを取り出すと同時に、それを皇女にむけ投擲した。
皇女の隣に控えていたレイラさんが、ナイフを剣で弾く。私は侍女に向かって走った。あぁ、スカートが重い。
侍女が私に向かってナイフを投擲するけど、難なく躱す。動体視力いいんだよね、私。思わず頬が緩む。その瞬間、侍女が悔しそうに顔を歪め、逃げようと走り出した。
逃がすか! 侍女の正面に回り込み、屈んで勢いをつけて掌底をくらわす。侍女は大きくのけぞった後、またスカートに手を入れて、細身の長剣を取り出した。どんだけ、武器を隠してるんだ!
「ハナ!」
レイラさんの声が聞こえる。体術では不利と思ってるんだろうな。実際、有利じゃないけど。
「ラリッサ、ロビィ、皇女を頼む」
「はい」
レイラさんが、2人に声かけると、彼女たちは緊張した面持ちで皇女を隠すように前に立った。
レイラさんが、私と対して侍女を挟むように立ちはだかる。侍女はレイラさんに向け、剣を振り上げ走り出した。私はすかさず、助走をつけて侍女の腰部に飛び蹴りをした。侍女は倒れ行く中で、振り向いて、私に剣を振るった。「おっと」慌てて飛びずさって事なきを得る。
レイラさんは、倒れこんだ侍女の剣を持つ手首を踏みつけた。侍女は動けずに表情に苦痛を浮かべている。
イライザが男性騎士を伴って、皇女の部屋に戻ってきた。いち早く騎士を呼びに行ったのだろう。
侍女は、男性騎士に両手を皮ひもで縛られ、連行されたけれど、去り際にすごい憤怒の表情で私たちを睨んでいった。レイラさんはそれを鼻で笑っている。
「皇女、ご無事ですか」
「えっ、えぇ。大丈夫よ」
アリシア皇女の顔色は少し悪い。レイラさんは、ラリッサとロビィにアリシア皇女を休ませるように言った。通常ならここでロビィが「無位のあなたに言われるまでもないわ」なんて嫌味を言ったり、言葉に従わなかったりするんだけど、
「そうね。ありがとう騎士レイラ。ハナも強いのね。助かったわ」
「いや、ロビィも気丈だな。あの場面で皇女の前に立つことができるなど、なかなかできるものではない」
レイラさんが笑顔で、ロビィを褒めると彼女は顔を赤くして、皇女を寝室へと促した。
「ロビィって結構単純だよね」
私が声を潜めてレイラさんに言うと、彼女は苦笑いした。
部屋に穏やかな空気が戻ってきた。
カシャン!
「すみません」
メイが、片づけようとしていたお茶のカップを取り落とした。なんか、最近多いんだよね。メイは時々手が痺れるって言ってる。大丈夫かな、私の爺ちゃんも脳梗塞になる前にそんなこと言ってたんだよね。日本だったら病気かどうか調べられるのに、ここの医療じゃ無理だもんな。
「ケガはないか」
レイラさんが割れた食器の破片を拾いながらメイに声をかけると、メイは表情を曇らせ黙ったままうなずいた。
レイラさんは徐々に侍女たちに受け入れられている。今日のこの事件も、ロビィとレイラさんの距離を縮めたと思う。きっと、浴室隣の控え室にも入れてもらえることだろう。
「ハナ、訓練に遅れるぞ」
「あっ、はい。行ってきます」
レイラさんの声掛けに訓練時間が近づいていることを思い出す。
「ハナ、あんまり暴れちゃだめよ。騎士の何人かが休養をとるようだってジャックから聞いたわ」
アリシア皇女は、寝室前で私にむかって微笑んだ。
「あぁ、あれは奴らが悪いんです。女だからってなめてかかってきたから、束で片づけてやりました」
私がニヤッと笑うと、レイラさんは
「近衛は大半が坊ちゃんだ。ハナの方が強い。どんどん鍛えてやるといい」って大笑いしている。レイラさんも女性騎士として色々苦労してきたんだろうな。
「騎士レイラ、あまりけしかけないで頂戴。ハナが本気出したら。近衛は全滅かもしれないわ」
「本当にアリシア様の護衛当番が回らなくなったら大変だわ」
ロビィとイライザが続けるとアリシア様、メイ、ラリッサが笑い始めた。なんてこと、そんな風に思われていたなんて。
「遅かったな」
サイアスさんが、屋外訓練場の入り口で待っていてくれた。
「さっき、皇女が襲われかけて・・・・」
「なんだって!」
サイアスさんは私の両腕を掴んで、ケガがないかあちこち確認し始めた。
つい、さっきのことだし、サイアスさんは城外にいたから連絡がまだ届いていなかったんだな。
「だっ、大丈夫です。レイラさんと一緒に捕らえましたから」
「はぁーっ、良かった」
サイアスさんは、私の肩に額をつけて大きく溜め息をついた。また心配かけちゃったな。
「サイアス、ハナが負けるわけねぇじゃないか。団員5人が全治1週間だぞ。一体どうしてくれるんだ」
団長が訓練場に入ってきた。えっ、あの人たち治るのに1週間かかるんだ。やり過ぎたかな。
「ハナ、剣を持て」
団長が真剣な表情で私に刃をつぶした剣を突き出した。
「なんですか唐突に。嫌ですよ。剣は人を殺します。空手ならそんなことない。平和を愛する日本人に剣なんて勧めないでください。銃刀法違反です」
剣を振り回す自分なんて想像できない。剣で人を殺してしまうことも考えると怖くて、怖くて仕方がない。絶対無理。
「レイラからの勧めでもあるんだ。さっきはうまく避けたが、いつもそうとはいかないかもしれないぞ」
団長の目が厳しく光る。そうかもしれないけど、どうしても剣は持ちたくない。
「ハナ、私からもお願いだ。身を守るために考えてほしい」
サイアスさんも、真剣な表情で私の顔を見る。
身を守るためか・・・・。
「わかりました。考えてみますよ」
私が溜め息と共に言葉を吐くと、サイアスさんがいきなり私を腕の中に抱え込んだ。
「へっ、サイアス様なにを!」
「こういう時はどうする。腕の中に囲われたら逃げ場所がないぞ。体術は間合いをつめられたら終わりじゃないのか。ここからどう逃げるんだ。首でも絞められたらどうするんだ」
サイアスさんは、ぎゅっと私を抱きしめる腕に力を込めた。団長は呆気にとられているし、他の団員たちも集まりだした。うーっ、恥ずかしい。なんなの、一体。ここから逃げる方法? ひとつだけあるけど、サイアスさんに使うのは悪いよなぁ。
「ほら、どうするハナ」
サイアスさんの声に少し楽し気な様子が加わった。思わずカチンとする。やっぱり、あれを使うしかない。
「ぐっ」
サイアスさんは、両手を離し股間を押さえてその場に屈みこんだ。
金的蹴りです。サイアスさんの股間に膝蹴りを入れてしまいました。だって、サイアスさんが悪いんだよ。
「ハナ、ひでぇな。お前・・・・」
団長が驚愕の表情を浮かべている。
「だって、だって人が困ってるのに楽しむからです。ごっ、ごめんなさい! サイアス様」
私は、その場から脱兎のごとく逃げだした。
「アハハ、ジャック! 女性にこんなことされたのは初めてです」
サイアスが突然笑い出した。
「だろうな」
呆れて返すと
「ハナは最高ですね」
サイアスはハナの去った方を眺めて微笑んでいる。
俺にゃ、お前の気持ちが全くわからんよ。
サイアスさんは変な趣味の持ち主ではありません(笑)。




