第8話
読んで頂きありがとうございます。
諸事情で1週休んでしまいました。お待ち頂いていた方には申し訳けありませんでした。
なんとか週一更新、頑張りたいと思います。
今回はサイアスさん視点で話が進みます。
執務室に戻ると、ジャックが短剣を前に考え込んでいた。
「ジャック、どうしたんです」
ジャックは私の言葉に顔を向け、さらに渋い顔をした。
「あぁ、これな。ハナが没収してきたんだ」
「ハナが!」
なぜ、ハナが短剣を。短剣は、貴族が護身用に持つことが多く、刃渡りは15~20センチ程度のものが主流である。ジャックが前にしている短剣も装飾過剰だが、刃渡りは20センチはありそうだ。持ち主は高位の貴族か。ハナは大丈夫か。ケガしてるんじゃ。私は逸る気持ちを抑えて、ジャックの話の続きを待った。
「ロダン侯爵が、テトラル嬢に迫っているところに出くわしたそうだ。それで思わず止めに入ったって言ってたな」
「ロダン侯爵」
確か、若い娘にばかり声をかけている色好みの侯爵じゃないか。愛妾にも少女くらいの年齢の者から20代前半まで5人程度を自宅の離れに囲っているとか。
「ハナが、ハナが侯爵に言い寄られたのですか」
「いや、テトラル嬢だ」
「でも、ハナを見たら・・・・。可愛い娘の方に言い寄ったのでは」
「テトラル嬢だ」
「いや、ハナの方が可愛いの・・・」
「テ・ト・ラ・ル嬢だ! 落ち着けサイアス! ハナは何ともないし、テトラル嬢とハナでは一般的にテトラル嬢の方が、男性受けするぞ。ハナを選ぶのはお前くらいのものだ」
「はっ」
なんてことだ。みんな、おかしいんじゃないか。テトラル嬢は確かに綺麗かもしれないが、ハナのくりくりした黒い瞳に見上げられてみるといい。彼女の可愛らしさに気付くはずだ。瞳だけじゃないぞ・・・。
「はーっ、サイアス」
私の思考をジャックのため息が遮った。
「ハナのことより、ロダン侯爵だ。王城で侍女を口説きまくり、おまけに傷害未遂事件。近衛としては放っておけないな」
「そうですね。しかし、彼は国王の血縁です」
「だなぁ、国王から注意してもらうしかないか」
ジャックは眉を下げ、頭をボリボリと掻いて溜め息をつく。ロダン侯爵は国王の甥だ。今までにも国王の甥ということを笠に着て、様々な事件を起こしている厄介な人物なのだ。
「実はな、ロダン侯爵家に放っている間諜から報告があってな。屋敷にローランド語を話す子供が監禁されているというんだ」
ジャックが声を潜める。
「ローランド国、北の国の子供ですか」
「あぁ、ローランド国の子供は総じて綺麗だ。一体どうやって手に入れたのか」
ローランド国では、子どもが売買されているという。国は厳しく取り締まっているらしいが、豊かな国ではなく、多くの国民が貧しい暮らしを強いられているため、子どもも収入源だと聞く。せめて食べることができるようにと手放す親もいるとか。
「間諜も忍びにくい場所にいるらしくてな。離れの一室の前を通った時に、ローランド語を話す子供の声が聞えたらしい」
「救い出せないのですか」
ここまで、事実を掴んでおきながら踏み込めないのか。
「今、踏み込めば子どもは殺される。はじめから居なかった者としてな。奴が言い逃れできない事実を掴むしかない」
ジャックは、長い溜め息をついた。
言い逃れできない事実か。時間がかかれば、子どもの命にも関わってくるのに。
「それとな、最近北の側妃ナタリアの羽振りがいいらしい」
「ナタリア妃の」
ナタリア妃は北の側妃と言われ、ローランド国の出身だ。国王との間に2人の皇子と1人の皇女を設けている。非常に妖艶で美しい女性なのだが、冷たい印象があるのが否めない。
「あぁ、議会の貴族どもを招いて茶会三昧。茶会に招待された貴族は、議会でナタリアの正妃への就任について言及しているらしい」
「茶会の席で、なにか渡しているのか」
ナタリア妃は、正妃が亡くなった2年前からその座を狙っている。いや、それ以前から狙っていたのかもしれない。正妃が亡くなったのは、ナタリア妃が関係しているのではないかと噂されているくらいだ。
「そう思うよなぁ。自分が正妃に就いたら自分の子を皇太子に推すんだろうな。ナタリアがこの国を牛耳るってわけだ・・・・」
「ジャック! ロダン侯爵、ローランド国の子ども、羽振りのいいナタリア妃、何か繋がっている気がしないか?」
ロダン侯爵も議会の有力者だ。色好みの奴にナタリア妃が子どもを・・・・。ローランド国が絡んでいるのは間違いないだろう。国家が絡んでいるのか、ナタリア妃の独断か。
「あぁ、ナタリアの尻尾を掴めるかもな。俺は、北との国境周辺で情報収集しようと思う。国境の村には剣聖ダニエルがいる。弟子が師匠に会いにいくって風を装うんだ。ただ、それだけでは怪しまれる可能性があるな・・・・。サイアス、ハナを同行させてくれないか。ダニエルは大陸中を歩いて、数人の異世界人とも会っているから、異世界への帰還の手がかりを得るためと名目をつけて一緒に行動すれば隠れ蓑になる」
ジャックは一気に言い募った。
「ハナに危険な長旅をさせるのですか」
国境の村まで片道10日はかかる。夜盗や危険な動物のリスク付きだ。そんな旅にハナを同行させるわけにはいかない。
「怒るなって。任務だ。それに実際、ダニエルが異世界について何か知ってるかもしれねぇじゃないか」
「しかし、男と2人で旅など・・・・彼女に変な噂がたちます。私も同行します!」
「サイアス。俺が留守にするってことは、副団長であるお前が近衛の指揮をとるってことだ。2人して不在にできないのはわかっているだろう。それになハナは俺の好みじゃない」
ジャックは苦笑いしている。思わずムッとする。
「・・・・」
「俺と2人が心配なら、ラインシート家から誰か出したらいい。あの執事とかいいんじゃないか」
確かにツイルなら十分にハナを守ることができるだろう。しかし、ハナに危険な旅などさせたくない。
「観念しろサイアス。ハナもダニエルの話は聞いてみたいと思うはずだ」
確かにそうだろう。あれほど自分の世界に帰りたがっているんだ。僅かな手がかりでも得たいはずだ。わかってはいるが、旅の危険を考えると素直に賛同できない自分がいる。
「・・・・わかりました。ハナに聞いてみましょう。彼女が同意しなければこの話は無しです」
「まったく、往生際が悪いな」
ジャックが舌打ちしたが、無視してやり過ごした。
「んーっ、美味しい。疲れた身体にこの甘さは絶妙ですね。さすがトリスさんのスイーツです。王都で一番と言われているお菓子よりずっと美味しいです。ありがとうトリスさん!」
ハナは、食後に料理長のトリスが持ってきた果物のケーキを口に目を細め、握り拳を握っている。ハナのこういう姿をみていると思わず笑みがこぼれる。
貴族の令嬢ならば、こうも大げさに喜ぶことはしない。通常なら顔を顰められる動作も異世界人のハナならば許されてしまう。いや、異世界人でなくとも、皆ハナだったら許してしまうだろう。マリーネもツイルも笑っている。
「ハナ、ジャックが剣聖ダニエルに会ってみないかと言っているんだが」
「剣聖ダニエル? 誰ですか?」
ハナは小首を傾げているが、壁際ではツイルが息をのんだのがわかる。武術好きの者にとって剣聖ダニエルは神の如き存在とされている。ツイルが羨望の眼差しでハナを見つめ始めた。
「ダニエルは大陸一の剣の使い手なんだ。大陸中を旅して数人の異世界人に会ったこともあるらしい」
私の言葉にハナは息をのんだ。
「今は北との国境の村に暮らしているらしい。ジャックが久しぶりに師匠に会い行くのだが、異世界の情報が得られるかもしれないからとハナの同行を言い出したんだ」
「剣聖ダニエルは、異世界人と会ったことがあるんですか」
ハナの声は震えていた。
「あぁ、他国でらしいがな。ただ、ダニエルの村まで片道10日は・・・・・」
「行きます! 私、団長と一緒に剣聖ダニエルに会いに行きます」
思った通りハナが即答する。まぁ、わかっていたことだ。仕方がない。ちらりとツイルを見ると悔しそうに唇を噛んでいた。剣聖ダニエルに会えるハナが羨ましいのだろう。
「ツイル、ハナに同行して・・・・」
ツイルに声を掛けた瞬間、
「サイアス様! ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
すごい勢いでツイルが私に抱き着いてきた。
「あぁ、なんて幸運なんだ。剣聖ダニエル様にお会いできるなど、考えただけで体が震えてきます」
ツイルが、私を抱きしめたままうっとりと呟く。気持ちが悪い、腕の力が強い、早く解放してほしい・・・・。
「ハナを守ってほしい」
私がツイルの耳元に小さく囁くと、彼は「もちろんです」と頷いた。
ジャックが、ハナを隠れ蓑にするためだけに同行させるとは思えない。なにか企んでいるはずだ。それはきっとリスクを伴うことだろう。ハナは強いが心配だ。ツイルならば十分に彼女を守ってくれるはずだ。
「あぁ、だから結婚しないんだ」
ハナが、ツイルと私を凝視して呟いている。
「違う・・・・」
あぁ、もう放してくれツイル。




