第10話
あれから城内をぐるりと走り回って、どうしようと考えたものの、訓練に参加しなくちゃと気を取り直して屋外訓練場に向かった。
建物の陰から訓練場をみると団長とサイアスさんはいなかった。ほっと一息つく。
「お前、すごいよな」
「ひゃっ」
背後から声かけられて驚く。
慌てて振り向くと、ニールがニヤニヤしながら立っていた。
「ニールか。驚かさないでよ。ただでさえ、ビクビクしてるのに」
あぁ、驚いた。今更ながら自分のしたことを後悔している。どんな顔してサイアスさんに会えばいいのかわからない。
「副団長に、いや大人数の前であんなことできる女はお前だけだよ」
ニールが苦笑いしている。
「だって、サイアス様が逃げられないだろうって言うから・・・・」
私は、団長とサイアスさんに剣を持つよう勧められたところから話した。
「まぁ、禁じ手ではあるが正解か。でも、剣くらい持ったっていいんじゃないのか」
「やー、無理。怖いもん」
「そうか・・・・。でも、副団長はハナのこと心配してるんだろうからな」
「うん、それはわかるんだけどね」
軽く溜め息をつく。剣って武器だもの。人を傷つけるための道具でしょう。いくら身を守るためって言っても抵抗はあるなぁ。
「ハナは、今度剣聖のところに行って異世界帰還の手がかりを聞いてくるんだろう」
「うん」
「剣聖から剣について聞いてみたらどうだ。剣聖は人を傷つける目的で剣を持っているだけじゃないだろうからな。俺らは仕事だから仕方なく手にしているけど」
「そうか・・・・うん、聞いてみる」
剣聖ダニエルなら私の胸にストンと落ちる言葉をくれるかな。
近衛の団員たちが、訓練場をランニングしている。冬にしてはちょっと温暖で、団員の中には半袖でタップリ汗をかいている者もいる。何とはなしに、その様子を眺める。走っているのが、イーリアス人じゃなければ日本の学校の部活って風景だな。
「あのさ、その、ハナは、副団長のことどう思ってるんだ」
ニールから問われる。
「サイアス様?」
「そう」
「おとう、いやお兄さんかな」
「好きなの」
「へっ、考えたこともない」
本当に全く、全然そんなことは考えたことがない。この世界の私の周りは美形だらけだけど、それだけ。目の保養にはなるけど『好き』なんて感情まったく出てこない。大体、美形は近くに来られだけで緊張して困るんだよ。あぁ、日本人の平面顔が懐かしい。今、猛烈に空手部の男子部員に会いたい。あの平凡な顔立ちの人々と組手をしたい。あぁ、早く日本に帰りたい。
「私にとってこの世界は現実じゃない」
呟くように答えると、ニールは黙ってしまった。
「ハナ、今度非番いつ?」
沈んでしまった私の気持ちを晴らそうとしたのか、ニールは努めて明るく話しかけてきた。
「うーんと、明後日だったかな。やっと休めるよ」
「王都を案内するよ」
「いいの!」
実際、王都めぐりはまだ実施できていなかった。帰宅時に寄り道することは、サイアスさんがいるからなかなか言い出しにくかったし、休みもほとんどない状態だったから。パン屋さんも雑貨屋さんもお預けのままだった。
「あぁ、明後日は俺も非番だし」
「あっ、でも・・・・メイと先に約束してたんだ。旅の道具を少し揃えたいと思ってさ」
「サラシア嬢? 侍女が2人も休みとって大丈夫なのか」
「ん、レイラさん戻ってきているし、最近、ロビィもイライザもレイラさんにあんまり意地悪しなくなったんだよね」
「へー、あの2人がねぇ」
ニールが複雑そうな顔してる。あの2人の意地悪ってかなり有名だったんだ。
「じゃ、俺も混ぜて3人で行こうぜ。旅の道具なら、俺の方が得意だと思うぞ」
「そっか。じゃあお願いしようかな」
「ハナーッ! 体術の訓練するぞー」
団員の誰かが私たちに向かって声をかけてきた。
「はーい、今行きまーす」
応えると同時にニールと走りだした。
体術の訓練として、空手を教えているけど、みんな騎士だから身体能力は高い。あっという間に型を覚え、組手もできるようになってきている。
私が、女しかも無位だからって、バカにした団員は組手で徹底的に叩いてやったので、医師から暫らくの間勤務不可能と診断され不在だった。彼らが地面に臥した時に他の団員たちが浮かべた驚愕の表情は忘れられない。
そんなわけで、今いる団員たちは私を丁重に扱ってくれ、真剣に空手を吸収しようと頑張っている。
「ハナ、相手がこう来たらどうするんだったかな」
大柄なクマみたいな団員が、困った顔で私を見てくる。
「こう、よけて、相手の懐に一撃を叩き込む」
実演してみせると、周囲から「ホーッ」と声が上がった。みんな真剣に取り組んでくれるからやりがいがある。みんながどんどん空手を覚えて強くなってくれれば、試合もできるだろうな。あぁ、楽しみ。
「ハナ、そろそろ戻る時間だぞ」
団員たちと一緒に訓練を受けていたガルト君が声をかけてくれた。
夢中で教えていたから、陽がだいぶ傾いてきたことに気付かなかった。
「ありがとう。戻るね」
ガルト君やみんなに声をかけて、皇女の部屋まで戻ることにした。
皇女に挨拶して今日の勤務はおしまい。
レイラさんが帰ってきてから、だいぶ楽をさせてもらっていると思う。
「えっ、明後日はアロー様も一緒!」
明後日の買い物に、ニールも同行することを伝えると、メイは驚いて顔を真っ赤にした。噂になるからあまり男性と買い物に行くことってないらしい。面倒だな異世界。
「無理かな」
「大丈夫。2人きりじゃないし。それに旅の道具って、たしかに私よりアロー様の方が詳しいわよね」
「よかった。じゃあ、また明日ね」
メイに手を振って、サイアスさんの待つ近衛の執務室に向かう。
サイアスさんには、通勤にはだいぶ慣れたから一緒に帰ってくれなくても大丈夫ですって言ってるのに、なかなか許可が下りない。そんなに心配しなくても大丈夫なんだけどな。
「うーん、顔合わせにくいよなぁ」
サイアスさんに、どんな顔して会えばいいのかわからない。執務室前でウロウロしていると、扉が開いて団長が現れた。
「何やってんだ」
「いや、その、なかなか入りにくくて」
私がどもりながら答えると
「だろうな。イーリアス王国の近衛副団長にあんなことして、お咎めがないのはお前だけだぞ」
団長は大声で笑いながら話す。
お咎め・・・・そうだよね・・・・ごめんなさい。
「サイアスなら、ウィル皇子のところだ。もう少しで戻るだろう。中で待ってろ」
団長は私を室内に招き入れ、椅子を勧めてくれた。
「旅の支度はどうだ」
「はい、ツイルさんが整えてくれています」
「あぁ、同行するラインシート家の執事か」
「ツイルさんは、剣聖ダニエルに会えるって、それはもう舞い上がってて、細かいミスが増えているってサイアス様が嘆いてました」
先日、ため息をついてこぼすサイアスさんの疲れた顔が目に浮かんだ。
「ははっ、ダニエルはただの爺なのにな」
団長は笑ってそう言うけど、国中の人から認められているんだから、すごい人なんだろうな。私も日本に帰る手がかりが得られるかもしれないと思うと、今から緊張して仕方がない。
団長と話していると扉が開いてサイアスさんが現れた。
「サ、サイアス様。先ほどは大変申し訳ありませんでした」
サイアスさんに向かって深く頭を下げる。
「ハナ、気にしなくていい。私も悪かった。しかし、あんな技があるんだな。あの技で敵から逃げられるとわかれば私も安心できる」
サイアスさんは微笑んで答えてくれる。うっ、すみません。
「剣のことは、剣聖ダニエルに会ってからよく考えたいと思います」
「あぁ、そうしてくれ。さぁ帰ろう」
サイアスさんに促され、団長に挨拶して扉に向かうと、
「少しくらい叱ったほうがいいんじゃねぇの」
団長の呟きが背後に聞こえた。本当だよサイアスさん。
当のサイアスさんは、聞えたであろう団長の呟きをまるっきり無視して、私の背に手を添えて退室を促した。




