第四話:北上・異常地帯を越えて
北へ向かう道中、グラウンドは絶えず地を読んでいた。
「まるで川のようだ」
足の裏から伝わる感覚に耳を澄ませながら、グラウンドは呟いた。
「北から南へ、大量のマナが流れ込んでいる。竜の国はその下流にある」
「じゃあ源流は北にあるのか?」
「そう。でも――ここより先、マナが異常に濃くなっている場所があるな……」
地図には印のない領域が広がっていた。誰も足を踏み入れたことのない場所だ。
グラウンドの「土の感覚」は、大地を通じてマナの流れを「川」として捉える。ゼノンの持つ闇と風の感覚を合わせれば、二方向から同じ流れを読めることになるだろう。
「お前の感覚も貸してくれ。まず、足の裏に意識を集めろ。地面の下を流れているものを感じるんだ」
最初は要領を得なかったゼノンも、繰り返すうちに少しずつ掴んでいった。
「……分かった気がする。ここ、流れが渦を巻いてる」
「その通りだ。さすが筋がいいな」
「おじさんの教え方がいいんだろ」
素直な物言いに、グラウンドは笑いながらも、内心では驚いていた。闇と風、二つの属性を併せ持つ者は竜の国でも珍しい。ゼノンの感覚は、思っていたよりずっと早く育っていた。
見知らぬ大陸に足を踏み入れて、しばらく経った頃だった。マナの濃度が急激に上がった。
「ここだ。源流に近い」
周囲の草木が、見慣れない形に歪んでいる。マナの過剰な密度に晒され続けた生き物たちの姿だった。梢の隙間から差す光までもが、どこかねじれて見える。
「気持ち悪い。でも面白い」
ゼノンがそう言った直後、茂みの奥から異形の獣が飛び出してきた。四肢が異様に長く伸び、目の数も定まらない。唸り声すら、獣本来のものとはかけ離れて響いた。
「来るぞっ!」
グラウンドが地を踏みしめ、土の壁を瞬時に立ち上げた。獣の突進が壁に阻まれ、体勢を崩す。
「――今だ!!」
ゼノンの闇が獣の足元を絡め取り、動きを封じた。グラウンドが追撃の一撃を加えると、獣はうめき声を上げて茂みの奥へ逃げていった。
「殺さなくていいのか?」
「おそらく向こうも被害者だ。マナに歪まされただけで、元は普通の獣だったかもしれない」
息を整えながら、グラウンドはそう答えた。ゼノンはそれ以上何も言わなかったが、闇の残滓が消えていく指先を見つめる横顔には、どこか納得したような色があった。
この頃から、グラウンドはある習慣を身につけ始めていた。石や岩に、観測した内容を刻んでいく。
「なにやってるんだ、それ?」
「文字で残せば、俺が死んでも誰かが読めるからな」
「……縁起でもないことを言うなよ」
「竜としては縁起でもないが、科学者としては当然のことだ」
ゼノンは呆れた顔をしながらも、グラウンドが刻む文字を横から覗き込み、時折「その字、俺の方が上手いぞ」などと茶々を入れた。「じゃあ次はお前が刻め」と返すと、案外真面目な顔で石に向かい始める――そんなやり取りが、旅の合間の習わしになっていった。
◇◆◇◆◇
ある夜、2人は不思議な場所に行き当たった。大きな湖のほとりだけ、マナの流れが奇妙なほど安定している。
「ここだけ違う……。」
「逆説的だな」とグラウンドが呟いた。「異常地帯の真ん中に、安定した場所がある。誰かが作ったのかもしれない」
「誰かって、誰だよ!?」
「そんなこっちゃ分からないよ。だが、少なくとも自然にできたものじゃなさそうだ」
湖の水を掬い、マナの流れを確かめながら、グラウンドは考え込んだ。この安定点が源流そのものだとしたら、話は単純だった。だが、確かめれば確かめるほど、違和感が募る。
「……ここは、源流じゃない。おかしい……」
「え?」
「安定しているのは、流れが『整えられている』からだ。誰かが調整している場所――中継点のようなものかもしれない。本当の源流は、まだ先だ」
ゼノンが湖の向こう、さらに北を見やった。
「じゃあ、まだ行くのか!?」
「ああ、先へ行く」
迷いのない即答に、ゼノンは小さく笑った。
「望むところだ!」
湖面に映る星を見ながら、2人はしばらく黙って座っていた。答えの出ない謎を前にした時、2人はいつもこうして黙り込む。それが、この旅で自然と身についた間の取り方だった。
◇◆◇◆◇
「……その『土の感覚』というのは、今も使えるんですか?」
語りの途中、丸眼鏡の女がふと手を止めて聞いた。手帳のページをめくる指が、心なしか慎重だった。
グラウンドは一瞬、言葉に詰まった。
「……さあ、どうでしょうね」
はぐらかすような答えに、女はすぐには引かなかった。
「では、もう一つ。マナの源流とは、結局のところ何だったんですか? あなたの話では、ただの自然現象ではなさそうに聞こえます」
「さて。俺はしがない語り部ですから、そこまでは」
「ふぅん。それにしても、地図を持って北へ向かった、というのは、御伽噺にしてはずいぶん具体的な描写ですね」
「……面白い話にするには、細部が大事なんですよ」
当たり障りのない返しで、グラウンドはやんわりと躱した。竜だ、土の感覚だ、という部分には決して踏み込ませない。だが女の目は、はぐらかされたことすら記録するように、じっと手帳に何かを書きつけていた。
入口の護衛の2人も、いつもの軽口を挟まず静かに控えている。
「続けてくださいな」
「ええ……」
グラウンドは軽く咳払いをして、また語りを続けた。




