VII 鎮魂歌
満月の夜に聴こえる歌声は感情の籠った声で紡がれる鎮魂歌であった。今にも途切れそうなくらい細く高い声は天国に迎えに来た天使の囁きにも聞こえ、甘い旋律が全ての罪を癒すように夜の森に響いた。
彼女が全て歌い終わってから僕は声を掛けた。
「アリアンロッド、ありがとう」
聴いていたの、と不快そうに振り返るアリアンロッドは、どうやら皆眠っていると思ったらしい。寝る時間の早い僕は尚のこと。
アリアンロッドは意外そうにこう口にした。
「どうしたの。棘がないじゃない」
「僕だって鬼じゃない。村長さんと最期に話をさせてくれたこと、君に感謝をしている」
小屋の前にある木のベンチをアリアンロッドに勧める。家から紅茶を淹れてきたので、それを渡した。
「……村長さんは親代わりみたいな人だった。僕達の両親は早くに亡くなったから。両親はこの村の奥にある精霊の森で死んでいたらしい。両親にお別れは出来なかったから村長さんとは最期に話すことが出来て感謝している」
アリアンロッドはベンチに腰掛けると、僕の淹れた紅茶を手に取った。少し熱い、と言いながらも口をつける。
「…………私の両親も私が八歳の時バリクラムで死んだの。バリクラムは治療法もなく苦しんで死ぬ。もう緩和剤の薬代でお金がなかったの。周囲の人たちからはお金を借りすぎて、もう頼れなくて。両親は私を近くに来ていた旅の一座に預けて、その場でマジックキノコを飲んで死んだわ」
「!」
「踊り子が世間からどんな目で見られているかなんて知ってる。でも、踊らなければ私は生きていけなかった。生きるためにしなければならなかったことは、間違いなんかじゃないわ」
踊り子にも踊り子の事情がある。
そんなことはわかっていたはずだった。しかし、一般的に踊り子は女性らしさを売りにしてなんでもすると言われる職だ。人気はあるが、誰かに勧めたい職ではない。
(彼女には違う職について欲しい――かもしれない)
僕はつい、こんな言葉を発してしまった。
「こんなに見事な鎮魂歌は聞いたことがなかった。君なら歌姫にだってなれる」
「!」
歌姫はこの辺りでは誰からも尊敬の念を持って見られる職業だ。教会での儀式から戦の前の決起会まで様々な行事に呼ばれ、歌によって様々な効果を付与することができる。勿論謝礼は高額である。何よりも歌声には女神様の祝福が宿っていると考えられているため、歌姫を傷つける者には神の裁きがくだるとされている。
アリアンロッドはまつ毛の長い目を瞬かせるときょとんとした顔で僕を見た。
「本気で言っているの?」
「本気だ」
「…………兄弟ってそういうところも似るのかしら」
「!」
アリアンロッドが朗らかに微笑んだ。年相応の柔らかな笑みに心臓が一度跳ねる。
(騙されるな)
踊り子は美人しかなれない。つまりアリアンロッドも見た目だけはかなりの美人だ。
(中身を思い出せ、中身を)
「ねぇ、シルヴィオって長いわ。ヴィーって呼んでも良い?」
「好きにしろ」
甘えるような声に騙されないように僕は話題を変える。
「シュトランとは何を話したんだ?」
「別に。あぁ、でも。弔ってあげて欲しいって言ってたわ」
「弔う?」
シュトランは誰かを亡くしたのだろうか。そういえば、村長さんも誰かを弔って欲しいと言っていた気がする。
「……っ」
突然、アリアンロッドがお腹を抑えて苦しみだす。
「大丈夫か!?」
「少し無理をしただけ。ねぇ、ちょっと肩を貸して」
僕は外套を脱いでアリアンロッドにかけながら、肩を預けさせた。
「村の人たちに怒られたよ。どんな事情があるにせよ妊婦を連れ回すなんてありえないって」
「あら、母親はお腹の子供のためならなんでもするものよ」
「僕は君を少し誤解していた。踊り子でも少しは良いところがある」
「この子が産まれたら私もあなたの家族よ。親戚、初めてだわ」
僕はシュトランがアリアンロッドと関係をもったくだりを信じていない。信じていない――が。
(前ほどの嫌悪感はないな)
「部屋に入ろう。夜風には気をつけて」
僕はアリアンロッドを部屋へと案内する。
その後ろ姿をずっと見ている人影があるとは露とも思わずに。




