IV レイニー=テルツィン
「という事故があったんだ」
「シュトランが――踊り子の女に――」
週末。昼。
僕は借家に共に住むレイニー=テルツィンにアリアンロッドとの顛末を話した。レイニーは僕の三つ下で今年二十になった金髪の男の子だ。僕と同郷のペトラン出身で、神学校の雑用をしながら手乗りサイズの聖像を掘ることを趣味にしている。
「僕は踊り子の話なんか信じない。シュトランがどうして姿を消したのかはわからないけれど、あんな犯罪者に救われるとは思えない」
「えぇ、勿論です。シュトランは我が故郷の英雄。しかるべき相手と結ばれるべきです」
レイニーは糸目の目をもっと細めて胸に手を当てた。
僕達の育った田舎ペトランは五年前、魔物に襲われて壊滅的な被害を受けたことがある。レイニーは町外れの教会に居て、魔物に殺されそうになったところをシュトランに助けられたのだとか。それからの彼はシュトランの熱いファンと化している。
(……と言っても、人伝てに聞いただけだけれど)
僕はレイニーの作ってくれたブランチである目玉焼きトーストを食べながら、木造の玄関に置いてある大きな木箱に目をやった。
「で、それは?」
「これはあなたが眠っている間に届いた荷物です。配達の人がそこに置いてくれたんですけど、わたしには重くて動かせなくて……」
「なんだろう」
僕が動かそうとする箱はガタガタと大きく揺れた。嫌な予感がする。とてつもなく、嫌な予感だ。
「じゃーーーーん!!」
木箱の上蓋が空き現れたのは、踊り子アリアンロッドだった。僕はもう一度上蓋を閉めると玄関の外に木箱を安全に放り出した。
「……レイニー。僕達は何も見てない。そうだよね」
「えっ、えぇっ」
しかし、レイニーが返事をするよりも先に乱暴に僕達の家の扉は開け放たれた。
「捨てないでよ!」
「有り得ない。なんでうちがわかったんだ」
「シルヴィオの職場の人、とても親切ね」
アリアンロッドは投げキスをしながら今の言葉を吐いた。つまり、色落としされて僕の登録住所を教えた輩が職場にいるということになる。
「人間不信になりそうだ……」
肩を落とす僕に箒を構えたレイニーが問う。
「この人がアリアンロッドさんですか?」
「そうよ。私は旅の一座フランネルの一番の踊り子。ほら、この前私がシュトランと寝た証拠を持ってくるって言ったでしょ? これ、シュトランの剣に付いていた飾り紐よ」
アリアンロッドは丁寧に編まれた五角形の幾何学模様の飾り紐を持ち出した。この編み方には僕も見覚えがある。
「これは――」
レイニーが顔を曇らせた。
「確かにこれはわたしがシュトランのために編んだものです。ですが、剣に付いていたものを持って来て、シュトランを侮辱するのはやめていただきたい!」
「!」
僕はレイニーが声を荒げるのを初めて聞いた。村でも、この街でも、いつも穏やかに笑っている中性的な子だったからだ。
(レイニーはシュトランのことを本当に英雄視している)
「侮辱なんかしてないわ。私、絶対にシュトランの運命の女だと思うの」
それはレイニーと数年暮らしてきたからわかる変化だった。彼の何かがぷちりと切れたらしい。
「良いでしょうアリアンロッドさん。あなたがシュトランの運命の相手かどうか、精霊に尋ねてみればいい。おいでなさい、我が故郷ペトランへ」




