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X 精霊の囁き


 アリアンロッドはまず、無言で僕の服を捲る。

 何の遠慮もなくお腹をペタペタと触ってきた。


「素敵な筋肉ね」

「こんなときに巫山戯ているのか!」

「違うわ。これは……文官の筋肉じゃない」


(僕はトレーニングなんてしていない。今まで疑問にも思わなかったけれど、確かにおかしい)


 頭が痛い。

 そんな中、アリアンロッドの丸いマロン色の目が僕を見上げる。その目は驚き半分、喜び半分といった目だった。


「貴方だわ」

「何が」


 アリアンロッドの細い手が僕の胸に触れる。


「私があの夜一緒に寝たのは間違いなくあなた。ねぇ、腰の後ろのあたりにに三つの黒子が並んでいる筈よ。双子であっても黒子の位置までは同じにはならないわ」

「そんなものあるわけ…………!」


 アリアンロッドが直接見ようとしてくるのを僕が手で止めると、彼女は手鏡を渡してきた。僕はアリアンロッドから見えないようにして木の影で確認する。


「…………。」

「あったのね」


 意味がわからない。僕がいなくなったシュトランの真似事をして夜に徘徊しているとでも言うのだろうか。


 僕は右側に付けた髪飾りを握りしめる。


(僕には当然、アリアンロッドと会った記憶はない)


 僕だってどうしてシュトランの剣が使えるのか、魔物を切れたのかさっぱりわかっていない。


シルヴィオ()は魔物一匹すら殺したことがない筈なのに)


「やっと……やっと会えた」


 アリアンロッドの両手が僕の腰にまわされる。抱きつかれているのだと思う。柔らかな身体の温もりと春のような香りがする。


(!? …………なんだこれ)


 胸の奥が少しざわざわする感じがする。女の人にここまで近付かれたことなんてない。不快な感じはしないし、むしろ――


「おい」

「あら、ごめんあそばせ」


 僕が正気に戻ってアリアンロッドを制すと、彼女は僕から二、三歩離れる。


「あなたがシュトランの格好をしていたこと、シュトランのような振る舞いが出来ること。それがどういう意味を持つのか――そうね、その剣と服を持っていた男に聞けばわかるかもしれないわね」

「レイニー……」


 アリアンロッドは目を閉じる。長いまつ毛に見惚れていると歌姫がよく歌う勝戦歌が聴こえてきた。力強い歌声に不思議と力が湧いてくる。


「その歌……」

「幸運が訪れるエンチャントよ。ヴィーが戦えるのなら歌ってあげる。残念だけど踊り子の私には効果があるものはこれしか歌えない。二人で頑張りましょう」


 そう言ったアリアンロッドは茶目っけのあるウィンクをした。



『おかえり』

『おかえりなさい』

『帰ってきたんだ、()()()()()


 森の中でアルラウネの亜種を切りながら進んでいくと、精霊達の声が少しずつ聞こえてきた。精霊達は間違いなく僕をシュトランと呼んだ。


(違う。僕はシルヴィオで、シュトランはどこかに行ってしまった)


『誇り高きアルスターの血。精霊達をまた守って』


 戦えないシルヴィオ()が精霊達を守ったことなんて一度もないはずなのに。

 精霊達の声はアリアンロッドには聞こえないらしい。僕が惑わされそうになる度に、アリアンロッドは容赦なく僕を叩いて正気に戻させた。


「集中して。私が死んじゃうじゃない」


 殆ど僕が戦っているのに他に何か言うセリフはなかったのだろうか。


(あぁ、でもわかりやすいな)


 アリアンロッドは自分のことしか考えない。自分勝手で、横暴で、とんでもないやつだ。


(後できちんとシュトランと――いや、僕と何が会ったのか聞こう)


 今までは彼女と真面目に向き合おうとは思えなかった。でも、今は少しだけ違う。


「これを」


 僕は髪留めに使っているエメラルドの宝石を渡した。


「一度だけ死から守ってくれるお守りなんだ。後で返してくれればそれでいい」

「くれないのね、ケチだわ」

「それは僕たち兄弟の絆だから」


 僕もシュトランもアルスターの血を引くものとして危機的な状況に陥ることは予想された。だからお互いに簡単に死なないよう高価な魔術具を付けることにしたのだ。


 これをアリアンロッドに貸すのに深い意味なんかない。


「後で返せよ。ちゃんと生きて話をしたいだけなんだから」



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