第3話「黒い置き時計の正体は・・・???」
黒い置き時計は。
修理台の端で、静かに秒を刻んでいた。
カチ。
カチ。
見た目は普通だった。
普通すぎて、
逆に店の空気から浮いている。
「前の柱時計とは違いますね」
三雲しおりが言う。
「まぁな」
雄一は黒い時計を見る。
前の時計は、
もっと生活の延長みたいだった。
毎日同じ時間に音が鳴って、
毎日同じ場所で時を刻んで。
長く誰かの生活の中にいた、
そんな癖みたいな感じ。
でも。
この黒い時計には、
そういう空気がない。
綺麗すぎる。
店に置かれてるというより、
ただ結果だけ置いてあるみたいな黒だった。
「んー」
オフィスチェアがゆっくり回る。
「これ、“途中”好きじゃなさそう」
「何だその感想」
「終わってればいいタイプ」
「人間みたいに言うな」
奏は椅子の上で膝を抱えながら、
時計を眺める。
「雑なんだよね」
「雑なのはお前の説明だ」
しおりがため息を吐いた。
「で、どうするんです?」
「試す」
「嫌ですよ私は」
「見るだけでいい」
雄一はコンビニ袋を漁った。
麦茶のペットボトルを取り出す。
「小さいことで試す」
「その時点で嫌ですけど」
「爆発はしないだろ、多分」
「“多分”を付けないでください」
キャップを回す。
ペキ。
一口飲む。
そこで。
黒い時計の左ボタンを押した。
カチ。
「……あれ」
手元を見る。
ペットボトルが閉まっていた。
「は?」
しおりが眉をひそめる。
「今、開けましたよね?」
「開けた」
「飲みましたよね?」
「飲んだ」
中身は減っている。
でも。
未開封だった。
「うわ」
しおりが本気で引いた。
「嫌ですこれ」
「んー」
奏だけが少し身を乗り出す。
「戻ってる感じじゃないんだよね」
「違うのか?」
「“開いてない状態”に寄せた感じ」
「違い分からん」
「時間っていうより、結果寄り」
「もっと分からん」
「つまり雑」
「今日それしか言ってねぇな」
―――
二十分後。
「はい次」
「お前ちょっと楽しんでるだろ」
「ちょっとだけ」
奏はもう普通にボタンを押していた。
最初の警戒感は消えている。
「この右のボタン強い」
「強いって何だ」
「結果に行きたがる」
「急に分かりやすくなるな」
奏はカップ麺を机に置く。
お湯を入れる。
蓋を閉じる。
そして。
右ボタンを押した。
カチ。
次の瞬間。
「うわっ」
雄一が声を上げた。
カップ麺が空だった。
「……は?」
割り箸だけ残っている。
湯気はまだ出ていた。
「え、怖」
しおりが半歩下がる。
奏は腹を押さえる。
「お腹いっぱい」
「食ったのか?」
「多分」
「多分で済ますな」
「味覚えてない」
「一番怖ぇんだよ」
しおりが真顔でメモを取る。
「記憶障害……?」
「違う気する」
奏がまたボタンを押す。
カチ。
「おい待て」
「大丈夫大丈夫」
「その根拠どこから来るんだ」
「なんか分かってきた」
「一番危ないやつだろそれ」
カチ。
カチ。
カチ。
奏が適当に押し始める。
景色が微妙に飛ぶ。
椅子の位置が変わる。
レジが閉まっている。
飲みかけのコーヒーが空になっている。
しおりのメモだけ増えている。
「……私これ書きました?」
「知らん」
「字は私です」
「怖ぇな」
カチ。
また景色が飛ぶ。
「……あれ?」
雄一が弁当を見る。
「唐揚げ減ってる」
机の上の唐揚げ弁当。
一個減っていた。
「奏」
「食べてないよ」
「お前しかいねぇだろ」
「途中だけ食べた可能性ある」
「意味分かんねぇ」
「結果だけ成立したのかも」
「便利みたいに言うな」
しおりが頭を押さえる。
「この会話を報告書に書くんですか私……?」
「頑張れ国家公務員」
「違います」
奏がまたボタンを押そうとする。
「お前ちょっと待て」
「ん?」
「押しすぎだ」
「でもさ」
奏は黒い時計を見る。
「これ、“終わった状態”好きなんだよ」
「状態に性癖みたいな言い方するな」
「時間って、急ぐと機嫌悪くなるし」
「知らねぇよ」
その時だった。
「あ」
奏が止まる。
「どうした」
「長押しある」
「やめろ」
遅かった。
カチィッ。
嫌な音がした。
―――
気づくと。
店が暗かった。
「……は?」
雄一が顔を上げる。
シャッターが半分閉まっている。
店内の電気も落ちていた。
「え」
しおりが固まる。
「今、昼でしたよね?」
「……だった」
時計を見る。
二十一時十二分。
「飛びすぎだろ……」
記憶が曖昧だった。
誰か来た気がする。
何か話した気がする。
でも。
途中だけ抜け落ちている。
「……まぁ」
奏だけが静かだった。
「閉店は終わってるね」
「笑えねぇよ」
雄一が立ち上がる。
その時。
しおりが小さく息を呑んだ。
「あの」
入口。
ガラス扉の向こう。
誰か立っていた。
暗くて顔は見えない。
ただ。
じっと店を見ている。
「……客か?」
札は『CLOSE』。
鍵は閉まっている。
それでも。
人影は動かなかった。
静かな店内で。
黒い置き時計だけが、
カチ、カチ、と鳴っている。
その音を聞きながら。
奏が小さく言った。
「……あー」
「?」
「札が『CLOSE』……??? 閉まっているなら逆では……???」
「これ、“来ようとした” やつだ」




