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下町オールドクロック season2  作者: イシマ ヒロ


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第1話「昼が始まらない」前編

 朝、店を開けると。

 カウンターの上に、段ボール箱が置かれていた。


「……またか」


 送り主。

 古針 恒一。

 父親の名前だった。


 三雲しおりが伝票を見ながら言う。


「定期便みたいになってますね」


「嫌な定期便だな……」


 奏がオフィスチェアごと近づいてくる。


「今回は四角いね」


「分類やめろ」


「前は丸かったし」


「秒針十三本あったやつな」


「あれ、夜うるさかった」


「寝室に置くなよ」


 雄一は箱を持ち上げる。

 軽い。

 でも。

 中から小さく音がしていた。


 カチ。

 カチカチ。

 ……カチ。


 一定じゃない。


 妙に落ち着かないテンポ。


「……嫌な音だな」


 箱を開ける。

 中には古びた木箱。

 さらにその中。

 黒い置き時計。


挿絵(By みてみん)


 両手におさまるくらいのサイズだった。

 ……ちょっと嫌だった。

 理由は分からない。


 ただ、

 店に置いてはいけない物を見てしまった感じがした。

 普通の時計じゃない。

 黒い金属の外装には細かい傷みたいな刻印が走り、角には青い光が埋め込まれている。

 上部には意味の分からないボタンが四つ。


 文字盤には数字の代わりに、見たこともない記号。


 時計というより何かの制御装置みたいだった。


 しかも。

 秒針だけが妙だった。


 カチ。

 カチカチ。

 ……カチ。


 進む速さが一定じゃない。

 急いだり。

 止まりかけたり。

 まるで。


 時間そのものが焦っているみたいだった。


 奏が少し嫌そうな顔をする。

 白ジャージのポケットから、 懐中時計を取り出した。


 パカっ。


 開く。

 青い針は正常に動いている。


 ……ように見えた。


「んー……」


 奏が黒い置き時計を見る。


「これ、因果ぐちゃってる音する」


「音でそこまで分かるのかよ」


「急いでる時間って、だいたい変な鳴り方する」


「全然分からん」


 カチ。

 カチカチ。

 ……カチ。


 不規則な音。


 奏の懐中時計の秒針が、それに合わせるみたいに微かに揺れた。

 奏が嫌そうに眉を寄せる。


「ええぇい、もう閉じてやる……!」


 懐中時計を握り直す。

 三雲の表情が少し変わる。


「奏さん、それ閉じ…………!?」


 パカっ。


 カチ——


 閉じない。


「……あれ?」


 奏が止まる。

 もう一回。


 パカっ。


 カチ——


 閉じない。



 その瞬間。



 黒い置き時計が、一回だけ妙に速く鳴った。

 カチ。

 雄一の視界の端に、黒いものが広がった。


「……っ」


 墨みたいな黒。

 煙みたいでもある。


 でも。


 煙じゃない。


 時計店の壁も。

 床も。

 奏の白ジャージも。


挿絵(By みてみん)


 一瞬だけ、全部“黒く塗り潰されかける”。

 三雲も息を止めていた。

 奏だけが、 妙に静かにその黒を見ている。


 そして。


「……あ、これ」


 一拍。


「なんかヤバいかも」


「今さらかよ!?」


 雄一が反射で言う。


 黒は、懐中時計を中心に広がろうとしていた。


 まるで。

 “閉じられてない時間”が、 店の中へ滲み出してくるみたいに。


 その時。


 入口ベルが鳴った。

 カラン、と乾いた音。


「っ」


 三人とも同時にそちらを見る。

 一瞬。

 空気が戻った。


 黒い広がりが、 嘘みたいに消えていく。


 壁。

 床。

 白ジャージ。

 全部、元通りだった。

 まるで。


 何事も無かったみたいに。


 奏が小さく肩を跳ねさせる。



「ひぃ〜っっ!!」



 妙に情けない声だった。

 一拍。


 雄一が吹き出す。


「そこでその声出るのかよ」


「びっくりしたんだもん……」


 三雲まで小さく口元を押さえる。


「ちょっと可愛かったですね」


「やめて、今なんか変な汗出てる」


 三人が少しだけ笑う。


 さっきまでの黒い空気が、 そこでようやく切れた。


 入口には、老人が柱時計を抱えて立っていた。


「あの……今、大丈夫ですか?」


 少し遠慮がちな声だった。


 雄一は一度だけ店内を見回す。


 黒い気配は無い。


 時計達も普通に動いている。


「……あ、はい」


 一拍。


「すみません、どうぞどうぞ」


 雄一が柱時計へ視線を向ける。


「修理ですか?」


 老人は少し安心したみたいに頷いた。

 古い振り子時計だった。


 木製。


 盤面が少し焼けている。


「この時計、毎日止まるんです」


「故障ですかね」


「ええ。ただ」


 一拍。


「同じ時間で」


 三雲の視線が上がる。


 奏は時計を見ている。


「十一時五十八分です 昼食食べながら気がつくと進んでるんですけど」


 静かに店内が止まる。


 老人は少し困った顔をした。


「あと、変な話なんですが」


「はい」


「その時間だけ、同じ昼を繰り返してる気がするんです」


 雄一だけが普通に返す。


「疲れてるとかじゃなくて?」


「やっぱりそう思いますよねぇ」


 老人は苦笑する。

 老人が柱時計を作業台へ置く。


 その瞬間。


 黒い置き時計がカチカチカチ、と急に秒を刻んだ。


 柱時計の長針が、一瞬だけ跳ねる。


「……?」


 雄一が時計を見る。


 視界が、ほんの少しだけ揺れた。


 次の瞬間。


 机の上に分解済みの柱時計が置かれていた。


挿絵(By みてみん)


「は?」


 ネジ。

 歯車。

 工具。

 全部、綺麗に並んでいる。


 まるで。


 “修理途中”だけが先に存在していた。


 そして。


 老人がいなかった。



「……え?」



 入口を見る。


 店の中にもいない。


「お客さんどこ行った?」


 三雲も周囲を見る。


「帰ってますね」


「いや、今来たばっかだろ」


「でも」


 三雲が静かに言う。


「“明日にはお渡しできます”って、古針さんが対応した記憶があります」


 雄一の頭に、妙な感覚が残っていた。


『では、明日また来ます』


『はい、お待ちしてます』


 そんな会話を、確かにした気がする。


 でも。


 その途中だけが曖昧だった。3人は店内の時計を見る。


「二時三十分……」


「もう3時間近く経ってる……」


 奏が黒い置き時計を見る。


「こいつ……飛ばしたね」


「何を!?」


「修理終わるまでの途中」


 三雲が静かに息を吐く。


「工程圧縮型……」


 雄一が柱時計を見る。


「じゃあ、修理時間を飛ばしてるってことか?」


「恐らくは」


 三雲が頷く。


「作業工程を圧縮しています」


 奏だけが、 少し嫌そうな顔のまま時計を見ていた。


「んー……」


「何だよ」


「圧縮っていうか」


 一拍。


「短縮というか……」


「何が違うんだ」


「まだ分かんない」


 黒い置き時計が。


 カチ。


 カチカチ。


 ……カチ。


 不規則に秒を刻む。


 その音を聞いていると。


 妙に。


 十一時五十八分という数字だけが、 頭に残り続けていた。

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