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下町オールドクロック season2 ―時間の順番が、だいたい合っていない  作者: イシマ ヒロ


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1/1

プロローグ「三雲しおりは、減らない唐揚げを説明できない」

 古針時計店の壁掛け時計が、5分だけ遅れている。

 他の時計は、すべて同じ時刻を指している。

 秒単位で揃っている。


 店内は静かだった。


 針の音が重なって、揃っていることだけを主張している。


 その中で、一つだけ遅れている。


 わずか5分。


 だが、揃っている中の5分は、揃っていないより目立つ。


 三雲は椅子に座ったまま、時計を見ていた。


挿絵(By みてみん)


 黒い上着。やけに直線的なシルエット。

 腕を組んだ姿勢も含めて、妙に“それっぽい”。


「……現象としては単純です」


 低い声で言う。


「全体は一致している。例外が一つだけ存在する」


 奏がふと顔を上げる。

 三雲の方を見て、一瞬だけ止まる。


 ——あ、なんか三雲ちゃん、語り出した。


 特に気にせず、また視線を落とす。


「この場合、“例外”の方が正しい可能性があります」


 雄一は壁を見る。


 5分遅れ。


 誤差と言えば、それまでの差。


「時間が連続しているという前提を置くから、異常に見える」


 三雲は続ける。


「連続していないと仮定すれば——“抜けた時間の帳尻合わせ”として説明できます」


 カチ、と針が進む。


「例えば」


 一拍。


「結果が先に存在し、それに合わせて原因が後から成立する構造です」


 雄一は眉を寄せる。


「撃たれたから撃つのではなく、撃ったから撃たれる」


 さらに一言。


「フィリップ・K・ディックの短編に見られるような、因果の反転です」


「SF作品だろ」


 短く切る。


 三雲は一瞬だけ黙る。


「……ですが、現象は近い」


「“近い”で片付けるな」


「では——」


 三雲が言い直す。


「H・G・ウェルズ的な時間移動とも異なります。移動ではなく、結果の先行です」


「だからSF作品だろ」


「……理論としては」


 一拍。


「アルベルト・アインシュタインの相対性理論でも、時間の進み方は観測条件によって変化します」


 雄一は即座に返す。


「それ、遅くなる話だろ」


「はい」


 あっさり肯定する。


「今回のように“結果だけが先行する現象”は説明できません」


「じゃあ関係ないだろ」


「……ですが、方向性は近い」


「だから“近い”で片付けるな」


 雄一は一瞬だけ、三雲の格好に目をやる。


「……その格好、なんだ」


 三雲は視線を時計から外さないまま答える。


「借り物です」


「誰の」


「姉の」


 一拍。


「……お姉ちゃんから借りた」


 言い直す。


挿絵(By みてみん)


 雄一は少しだけ黙る。


「なんでそれを選んだ」


「説得力が増すと判断しました」


「増えてない」


 短く切る。


「……ですが、観測には影響しません」


「そこじゃない」


「観測されない時間は、存在しないのと同じです」


「さっきから全部後付けだろ」


 言い切る。


 理屈は積まれているが、どこにも固定されていない。


 その時だった。


 パカっ。


 軽い音がした。


 視線がそちらに向く。


 奏が、懐中時計を開いている。


 秒針を一瞬だけ見て、


「……あ、ちょっとズレてる」


 カチン。


 閉じる。


 雄一は、わずかに目を細める。


「今の、戻したのか」


 奏は首を傾げる。


「戻したっていうか、ちょっと前のやつ使っただけ」


「どれくらい前だ」


「そんな長くないよ」


 三雲がわずかに視線を動かす。


「長時間の逆行であれば説明は可能ですが——」


 そこで止まる。


「……今回の現象とは一致しません」


 三雲は一度だけ息を整える。


「……欲求がトリガーになっている可能性があります」


 雄一がすぐに返す。


「食べたいから増えてるってことか」


 三雲はわずかに首を振る。


「断定はできません」


 奏は、唐揚げをつまんだまま言う。


「そんなつもりないよ」


 テーブルの皿に視線が落ちる。


 唐揚げが三つ。


 ——さっき見たときも、三つだった。


 奏が一つ、口に運ぶ。


 雄一は皿を見る。


「……今、何個目だ」


「ん?」


「二つ目くらい?」


「さっき三つあった」


「うん」


「で、今三つある」


「うん」


「……減ってないぞ」


「減ってるよ」


 あっさり言う。


「それ、さっき食べたやつだもん」


 意味は通らない。


 だが、言葉としては成立している。


 雄一は皿を見る。


 三つ。


 減っていない。


 だが、確実に一つは消費されている。


 そのはずだった。


 視線を上げる。


 壁の時計。


 5分遅れていた針が——


 ぴたりと、他と揃っていた。


 最初からそうだったかのように。


「……なるほど」


 三雲が小さく呟く。


 だがその声には、先ほどまでの確信がない。


「これは……」


 続かない。


 整理されない。


 三雲は一度だけ息を整える。


「つまり——」


 一拍。


「居候看板娘の瀬尾奏が、時間を雑に扱う——」


「そんなつもりないよ」


 奏が割り込む。


 カチ、と音が鳴る。


 雄一は皿を見る。


 唐揚げは、まだ三つある。


 さっきと同じ位置に。


 同じ形で。


 いや。


 さっきより、少しだけ形が違う気がした。


 まるで——


 まだ“終わっていない”みたいに。

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