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#151 大聖堂の聖女様

 

 王国騎士の三人は、王城の方向へ向かって大通りを歩いていく。王国騎士団の本部も城の近くにあるみたいだし、どちらに用があるのかは分からない。

 そして三人の騎士の姿が見えなくなると、集まっていた人達も次第に散り散りになっていった。


「……」


 ルエルはと言うと、少し浮かない顔をしてソっと息を吐く。


「今のが私の姉さん」


 見えなくなった自分の姉の背中を見つめながらボソリと呟く。

 普段のルエルからはあまり想像出来ない弱々しい声だ。


「ルエルは、自分のお姉さんのことが少し苦手なのか?」

「まさか。大好きよ。綺麗で強くて、周りの人からいつも頼りにされているクレア姉さんのことを……私は誰よりも尊敬している」


 ルエルがクレアさんを見つけた時の表情と、さっきからの少しいつもと違う様子からそんなことを考えたが、キッパリと否定する。


「そうね。ただ、私じゃクレア姉さんを越えることは出来ないと分かっているから、少し……」


 そこまで言ってから、ルエルは口を閉じる。

 まだ何か話したそうな素振りだったが、少し待ってみてもルエルが再び口を開くことはなかった。


「俺は、お前のお姉さんのことをまだよく知らないけど……お前のことはそれなりに分かってるつもりだぞ」

「――?」

「そうだな……ルエルのお姉さんもやっぱり、ルエルとよく似て綺麗な人なんだなってのは分かったよ」

「はい?」


 何を言い出すのかと、ルエルが大きな瞳をパチクリさせている。


「いやだから、ルエルも……お姉さんに負けず劣らず綺麗だってことだよ。あんまり言わせないでくれよ」


 なんて言いながら、これまでのことを思い出す。

 カルディアの訓練所で出会い、玉藻前の一件とイナリでのこと。そのどちらでも、ルエルは俺を助けてくれた。彼女がいなければ、玉藻前を助けて護り抜くことは出来なかったように思う。

 俺にとってルエルは、十分に尊敬出来る女性なんだ。

 面と向かって改めてそんなことを口にするのが若干照れくさくて、妙なことを口走ってしまっただけだ。


「なによそれ。まぁ良いわ、悪い気はしないものね」


 少し呆れながらも、いつもの笑顔を取り戻す。

 気を取り直して、俺達は街を見て回ることにした。


 ◇◇◇


 比較的賑わっているのはやっぱり大通りだ。

 王都の正門からまっすぐ王城まで延びる大きな道。その大通りに面して様々なお店が建ち並ぶ。パッと見ただけでも武具屋に魔導具屋、それに雑貨屋が多いかな。

 ただ、ここらへんのお店はカルディアやイナリにもあったのであまり珍しさは感じない。強いて言うなら、その数が多いことだろうか。同じ武具屋でも、取り扱う商品に若干の違いがあるようで、品質や値段も店によって違う。

 うーん、俺達買い手からするとどのお店でどの武具を買うか非常に悩ましくなるところだ。でも、それがなかなかに楽しかったりもする。

 買わないにしても、商品をみているだけでも楽しい。


 そんな感じで、たまに店の中を覗いたりしながら大通りを進んでいくと、あまり見かけない店を見つけた。


「シーケンの、鍛冶屋?」


 お店の看板にはそう書かれている。


「鍛冶屋ね。武器の修繕や、依頼すれば自分だけの武具を製造してくれる所よ」

「ほほーう」


 なるほど鍛冶屋か。

 カルディアやイナリにもあったが、入ったことは無かったな。

 店の中から、カーン、カーンと金属を叩く音が響いてくる。


「覗いてみる?」


 正直興味はある……が、鍛冶屋という性質上、用もないのに訪ねるのは迷惑かも知れない。

『シーケンの鍛冶屋』という名の鍛冶屋がここにあることだけは頭に入れておこう。もし剣の修理とかが必要になればこのお店に頼んでみるのも良いかも知れない。

 こうして見ている間にも、数人の冒険者らしき人物が出入りしていたことから、それなりに信頼関係出来る鍛冶屋のような気もするし。


 そして、再び俺達は大通りを歩き出した。


 大通りを進み、王城が近くなるにつれて王国騎士の姿が多くなる。

 騎士団本部がもう目と鼻の先ということもあるが、単純に周辺を警備している王国騎士が多いらしい。

 と言うのは、道すがらに仲良くなった店の人から聞いた。

 なんでも、つい最近この王都でとても貴重な回復薬が何者かに盗まれると言う事件が発生し、それ以降警備の数が増えているということだ。

 王国騎士団から物を盗むという大胆な犯行……組織的な犯行と見られているが、犯人はまだ捕まっていないらしい。


「なんだか王都も物騒なんだなぁ」


 なんて、王国騎士の人達を横目に進むと、大きな階段と出会す。

 この階段を登っていくと、大きな庭園が視界いっぱいに広がった。中央には豪華な噴水と、綺麗な植木。所々にあるベンチには街の住人が思い思いの時間を過ごしている。勿論、数人の王国騎士の姿もある。

 この空間だけは、まるで別世界のような平和な時間が流れているように感じてしまう程だ。


「グランゼリア大庭園よ」


 この大庭園から四つの道が延びて、それぞれ違う建物につながっているらしい。

 一つは王城。嫌でも目に止まるが、いくつかの門を通って更に坂を登った先にあるため、まだまだ見た目以上に遠い。

 そして王国騎士団本部と『グレンゼリア大図書館』。最後に『アルビレオ大聖堂』だ。


 王城と騎士団本部へは流石に行けないので、ずっと興味があった大聖堂へと行くことにしよう。

 この時間なら、大聖堂と大図書館は自由に出入り可能という話だ。


 白いレンガ造りの道を進み、王城に負けず劣らず立派な建物である大聖堂を目指す。


 ◇◇◇


「おぉ……」


 そう遠くは無く、程なくして到着した。


 なんというか……神秘的だ。

 綺麗な白色に統一された壁ち、所々に青色を取り入れ、清々しいような雰囲気を醸し出す建物。

 そして大きい。

 目の前には、これまた大きな両開きの扉。

 今も、様々な街の人が出入りをしているようで、チラッと中を覗いてみれば、建物の奥に鎮座している像の前で祈りを捧げている人の姿が見える。


「これは……中に入るにはなかなか勇気がいるな」

「何言ってるのよ……別に誰も私達のことなんか気にしてないわ。勝手に入って、勝手に出ていけば良いのよ」


 呆れたような表情をされた。

 だが、その後にルエルは「ただし!」

 と語尾を強める。


「中で騒いだり、失礼なことはしないことね」

「お、おう」


 勿論、そんなことをするつもりは無い。

 外から見ても、中の雰囲気は伝わってくる。特に気にする必要はないが、遊び半分で来るような所でもない。

 この大聖堂を出入りする人達も……入っていく人の顔は、どこか思い詰めたり、悩んでいるような表情をしているのに対して、出てくる人達はと言うと、なんとも清々しくスッキリさっぱりした表情を浮かべている。笑顔の人も多い。

 街の人達に、愛されている場所なのだと分かる。


 ルエルは気にしないで入って、普通に出てくれば良いと言うが、ただ見物したいってだけで来るのがもう失礼になったりしないのか?

 なんて考えてしまって、足が前に出ない。

 そんな俺を見て、ルエルが「もう……」とため息を吐いたのが分かった。


「じゃぁ私が先に行ってあげ――」


 ルエルが俺の手を引き、歩き出すが。


「――っ!?」


「そこの方。どうされましたか? 遠慮なさらず、中にお入り下さいな」


 目の前に、女性が立っていた。

 いつの間にソコにいたのか、ルエルが歩き出そうとした足を止める。


「っ、失礼しました。初めはどうしても、聖堂に立ち入ることを遠慮してしまう方が多いのです。そういった方を発見した際は、私の方から声をお掛けするようにしているのですよ」


 とても綺麗な人だ。

 サラリと靡く銀色の髪に、青い瞳。

 今まで出会った誰よりも白く、透き通った肌。

 そして落ち着きのある上品なドレスが、彼女の魅力を更に引き立てているように感じる。


「え、えっと……あなたは?」


「? あぁ失礼いたしました。私、こちらの大聖堂を管理しています『メイヴィー・アルビレオ』と言います」


 深々とお辞儀をする。

 とても礼儀正しい綺麗な女性。彼女に対する俺の第一印象はそんな所だ。


 ところが、すぐに俺の頭の中に玉藻前の言葉が響き渡る。


『シファよ! その女、人間ではないぞ!』


「ッ!」


 思わず出そうになった声をギリギリで押さえ込む。

 そんな俺を見て、目の前の女性は何故か微笑んだ。

 そして人差し指を自分の口元へと運び、ピンと伸ばす。


『しー』


「ッ!?」


 姉が、小さな弟に対して……静かにするように促す時の仕草。はたまた、秘密を話さないように黙っているように促す時の仕草。

 いつか姉にやられた物と同じ仕草を、目の前の女性は俺に見せた。

 まるで、『自分が人間ではないことを』俺に黙っているようにと忠告しているようにしか見えない。


 だが――


「すみません。聖堂の中は勿論、聖堂の前でもあまり騒がられると困るのですわ。よろしければ、中へどうぞ」


 そう言って、俺達を建物の中へと促す。


 分からない。

 さっきの彼女の仕草が、玉藻前の言葉を聞いた俺に対しての物なのか……それともこの場で話し込もうとする俺達に対しての物なのか。

 でも少なくとも、彼女から敵意や害意と言った物は一切感じない。今も、大聖堂を出入りする人達に優しい笑いを浮かべながら挨拶しているし、街の人達も当然のように挨拶を返している。中には、綺麗な彼女に話しかけられて少し照れたような態度を取る人もいる。


 人間達と仲良くする魔物。

 自然と俺の頭の中に、コノエ様や玉藻前の姿が思い浮かぶ。


 街の人達は、彼女が人間じゃないと知っているのだろうか?

 そんな疑問が浮かんでくるが――


「せいじょさまー!」


 パタパタと、大庭園の方から幼い少年が駆け寄ってくる。


 可愛らしい声にすぐ気付いた彼女は振り返り、その場でしゃがんで目線を少年と同じ高さへと合わせた。


「こら。聖堂では静かにしてください。それに、走っては危ないですよ?」


 まるで、姉が幼い弟を優しく叱るようだ。叱ってはいるが、言い方には愛がある。


 叱られた少年も『エヘヘ』と照れながらも反省した態度を示していた。

 そして徐に何かを取り出して彼女へと差し出した。


「これ、あげます」


 少年の手には、可愛らしい一輪の花が握られていた。

 たしか、大庭園で似たような花が沢山咲いていたのを見たな。


「まぁ、綺麗な花ですね」


 嬉しそうに、少年の手から花を受け取る。


「でも、咲いているお花を取るのはイケナイことです。可哀想ですよ?」


 メッ! と言うように、チョンと少年の額を指でつつく。


 痛くはなかっただろうが、少年は額を手で押さえながら少し落ち込んでしまった。


「ですが、せっかくなので貰っておきますね。凄く嬉しいです。ありがとうございます」


 そんな、彼女の直視出来ないほどの綺麗な笑顔で落ち込んでいた少年の表情は一変。彼女に負けないくらいの笑顔を見せる。


 それから一言二言話してから、少年は再びパタパタと大庭園の方へ走っていった。


「もう、走っては駄目だと言ったのに……」


 呆れながら立ち上がる。


 ここまでの彼女の所作からは、慈愛にも似た優しさで満ちている。

 人間とか、人間じゃないとか……そんなこと一切の関係がないと分かる程。

 コノエ様や玉藻前と同じく、少なくとも警戒する必要は無さそうだ。


「それでえっと、聖女様って……?」


 少年が彼女のことをそう呼んでいた。

 少し気になったため聞いてみると、途端に頬を染めて恥ずかしがる。


「止めて下さいな。知らずの内に、街の人からそう呼ばれるようになったのですわ」


 このアルビレオ大聖堂は、街の人が祈りを捧げる場所。

 基本的に、自分の未来の成功や無事を祈りに来る人が殆どだが、中には過去の行いを懺悔しに来る人もいるそうだ。

 そして、大きな悩みを抱えてやって来る人も少なくないらしい。そう言った人の悩みを聞き、助言をしている内に人々から『聖女様』と呼ばれるようになってしまったのだという。


 終始照れながら、彼女はそう話してくれた。


「聖堂はいつでも開放していますので、お二人もいつでも遠慮せずに訪れて下さいな。私で良ければ、どんな些細な相談でも聞かせていただきますわ」


 彼女……メイヴィーさんは、そう言いながら俺達にお辞儀をしてから大聖堂の中へと入っていった。笑顔で街の人に声をかける姿も、もしかしたら彼女が聖女と呼ばれている理由なのかも知れないな。


「で? 中に入るの? 入らないの?」

「えっと……今回はやめとこうかな」


 なんだがタイミングを見失ってしまった。

 また今度ゆっくりと、お祈りしに来てみようか。

 忙しいそうに、それでも楽しそうに街の人達と言葉を交わすメイヴィーさんを遠目でみながら、俺達は来た道を引き返す。それからぐるりと街をひと通り見て回ってから宿へと戻った。


 アルビレオ大聖堂の聖女と呼ばれる女性『メイヴィー・アルビレオ』。見た目は完全に人間だが、玉藻前が言うには魔物で間違いないらしい。それも、玉藻前よりも遥かに強大な魔力を有していると言う話だ。

 玉藻前の危険指定レベルは18だから、その更に上……20以上と見た方が良いのだろう。

 そんな存在が何故、大聖堂で街の人達とあれ程の距離感で過ごしているのだろうか? 

 大きな疑問だが、今は知る由もない。

 少なくとも、人間と良好な関係を築けているように見えるし、深くは考えないようにしよう。俺とルエルは、そう結論付けて中級昇格試験に備えることにしたのだった。

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