#134 イナリ出立
「そっかぁ、中級昇格試験かぁ……そう言えばもうそんな時期だもんね」
中級昇格試験が近くに迫って来ている。そのため、もうあまりイナリに長居することが出来ない。
試験は王都で開催される予定のため、俺とルエルは明後日にはイナリを出立する予定だ。姉との買い物を終えた帰り道にその話をしてみたけど、反応は少し薄い感じだ。
「やっぱり試験って難しいのかな?」
落ちる気なんてさらさら無いけど、初めての試験ということもあって不安もある。なので、経験豊富な“絶“級冒険者である姉に試験がどんな物なのか聞き出してみようと思ったのだが。
「ん〜、どうなんだろうねぇ。試験の内容は毎年変わるから、今から試験のこと考えててもあんまり意味ないと思うよ?」
と、姉は首を傾げている。
そして気が付けば陽は少しずつ傾き始め、イナリの街並みに影が浮かび上がっていた。
「それじゃシファくん。今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。心配無いとは思うけど、試験がんばってね」
もうすぐ俺達がイナリを出立することは話しておいた。
どうやら、姉はまだこの街で用事が残っているらしく、暫くは滞在する予定らしい。冒険者組合からの、なにか重要な依頼を進めている途中だと言っていた。やはり"絶"級冒険者なだけあって、組合から頼られる存在ということなんだろう。
冒険者となって、少しは大好きな姉に近付けたかと思ったけど、まだまだ遠かった。今回のイナリでの一件で改めて痛感してしまった。
なんてことを、夕焼け色に染まった街に消えていく小さいけど大きい姉の背中を見ながら思った。
「さてと……」
そろそろ帰ろうか。
先に宿へと帰ったルエル達をあまり持たせるのも悪いしな。
◇◇◇
「……あれは」
大通りを抜けて宿へと続く道に行くと、俺達が利用している宿『風鈴亭』の前で見覚えのある少女がひとり、ポツンと立っていた。見た限りじゃ、どうやら誰か人を待っているようだ。
「フィリスじゃないか、どうしたんだそんな所で。兄貴は一緒じゃないのか?」
立っていたのは赤い髪の小柄な少女。フィリスだ。
「こんばんはシファ君」
小さな腰を深く折り、お辞儀をするフィリス。綺麗に切り揃えられた髪がフワリと浮いた。
この様子からすると、どうやら俺のことを待っていたようだ。
「近く、イナリを出立すると聞きました」
「あぁ。俺とルエルは冒険者だからな。もうすぐ"中"級への昇格試験が王都で開催されるらしいから、それに参加するんだよ」
フィリスは、幻竜王の大斧を自在に操れるようになるため、ここのところ毎日特訓を繰り返していたようだった。そんな彼女と何度か顔を合わせることがあり、その度に助言程度の協力をしていたんだが、そのせいで妙に仲良くなってしまった。
同じ素材の武器を扱い、兄を持つフィリスと姉を持つ俺。なにかと共通点が多かったのも理由の一つになっているのかも知れない。
「そうですか。少し寂しい気もしますが、シファ君は冒険者で私達は狩人……仕方ありませんね」
目を細め、優しく微笑んだ。
「なんだかんだで、シファ君には色々とお世話になりました。ですので今日は、そのお礼を言っておきたかったのです」
そう前置きしてから、再び小さな腰を折りながらお礼の言葉を口にする。
こう面と向かって改めて礼を言われるとなんだか照れてしまう。
「出発はいつ頃の予定ですか? 迷惑でなければ、兄と共にお見送りをさせてもらいます」
王都までは、大街道を巡回している定期馬車を利用するつもりだ。最短経路ではないらしいが、整備された街道であり所々に駐屯している騎士団が警備にあたってくれているという。比較的安全に王都までたどり着けるって、音無さんは言っていたな。
イナリでの用事もほとんど片付いたし、余裕を見て明後日の早朝にでも出発しようか。姉にも会えたしな。
「そうですか。それでは、定期馬車の時間に合わせて御挨拶に伺わせてもらいますね」
別にそこまで気を使わなくて良いよ。と言ってみたけど、フィリスの中で俺達の見送りは決定事項らしい。
やっぱり、兄妹想いの奴に悪い奴はいないんだな。
なんて、これまで丁寧なお辞儀をしてから背中を見せて去っていったフィリスを見ながら思っていた。
◇◇◇
部屋に差す朝日の暖かさに誘われてか、やんわりと目を覚ました。横に目をやると、ルエルと玉藻前が静かな寝息を立てている。
定期馬車の時間にはまだ少し時間があるが、たしかルエルは寝覚めが良い方では無かった筈。寝坊されても困るので、一応起こしておこう。
「おいルエル、そろそろ起きろよ」
「ん……」
少し眉を歪めながら寝返りを打った。
そして、スー……スー……と再び寝息を立てる。
起きる気配が無い。
朝日で僅かに光る蒼い髪が、さらりとルエルの頬を流れていく。妙に色っぽく見えてしまった。
しょうがない……もう少し寝させておいてやろう。どうやら、玉藻前もまだまだ夢の中を漂っているみたいだしな。
◇◇◇
定期馬車は、各都市を結ぶ『グランゼ大街道』を定期的に行き来している。この大街道に面している都市間を安全に行き来するなら、コレを利用するのが一般的という話だ。
玉藻前は、まだ安易に人前に晒すことは避けるべき。なので基本的には姿を消してもらっているが、万が一誰かに存在を気取られてしまったとしても、『友好指定種』への登録手続きはとりあえず済ませてあるので問題はない。そういった理由もあって、今回の王都への移動は定期馬車を利用することに決定した。
そして早朝、定期馬車へ乗り込むために俺達はイナリ正門へとやって来た。
見てみると、フィリスが既に立っているのに気付く。兄のガレスも一緒だ。
二人も俺達の姿に気が付いたらしい。妹のフィリスがぺこりと頭を下げた。
「わざわざ見送りなんて、なんだか悪いわね」
「いいえルエルさん。私達は本当にお二人には感謝しているんです、これぐらい気にしないでください。それに、お二人にはまたどこかでお会い出来るような気もしています」
「まぁ、そういうこった。俺達はまだ暫くはこのイナリを拠点に活動させてもらうつもりだがな」
「……」
「心配すんな。もうイナリ山には手を出さねーよ。ってか、完全に冒険者組合の管理化になったんだ出したくても出せねーし、もう興味もねぇ」
暫くはイナリを拠点にするという兄のガレスの発言に若干眉をひそめていたルエルに、そう釈明する。たしかに玉藻前が友好指定種と認められた今は、イナリ山は冒険者組合が管理することとなり、組合を通さずに探索が出来なくなってしまっている。
狩人の二人ではなかなか手を出し難いだろうな。
「そんなことよりも、俺がお前らに伝えておきたいのは狩人ギルド『魔喰い蛇』のことだ」
「ッ!!」
『魔喰い蛇』。今回の騒動の中心にいた人物、ラキアもその魔喰い蛇という狩人ギルドの構成員の一人という話。冒険者組合から危険指定されている狩人ギルドの一つ。
「王都へ行くなら、奴等に注意しておいた方が良い。魔喰い蛇の構成員は大陸中に存在してやがるが、王都での活動も活発な筈だ」
更にガレスは話を続ける。
「奴等は強え。幹部連中の強さは冒険者の"超"級、中には"絶"級にも匹敵する奴も存在すると聞いたことがある。そんな奴等が、目的のためなら手段を選ばず活動してやがる」
"超"級に"絶"級か……たしかに、ラキアも恐ろしく強かった。単純な戦闘力だけじゃなく、相手を陥れる手段というか、裏をつく闘い方に……俺は負けてしまった。目の前でルエルを傷付けられ、そして玉藻前を……。
「肝に命じておく」
もう今回みたいなことは御免だ。もう訓練生でもなく本物の冒険者になったんだ。依頼任務の内容によっては、失敗すれば怪我だけで済まないこともある。
俺だって、もっともっと強くならなきゃ駄目なんだ。
「今回の借りは、いつか必ず返させてくれ」
ガッチリと、ガレスと握手を交わした。
と、そこに――
「定期馬車、そろそろ出発の時間だよー! 行先は王都グランゼリア! 料金は前払いだよ!」
どうやら時間らしい。
「じゃ、そろそろ行くとするよ」
そう軽く二人に挨拶を済ませ、馬車へと乗り込んだ。俺がガレスと話している間に、ルエルもフィリスと話していたみたいだし、なんだかんだで仲良くなれているようだ。
定期馬車を利用する人が全員乗り込むと、ゆっくりと馬車は動き出す。
腕を組みながらコチラを見送るガレスと、小さく手を振り続けるフィリスの姿が少しづつ遠くなっていく。
俺達の乗り込んだ馬車は、イナリの正門を通り過ぎた――




