#133 白石桜の長剣
玉藻前の狐火を封じ込めた瓶は『蒼炎瓶』と名付けることにした。
俺達が持っていた空の魔法瓶はあの一つだけだったが、空瓶は冒険者組合でも買うことが出来る。五つ購入し、その全てにまた同じようにして玉藻前の狐火を封じ込めて『蒼炎瓶』を作成した。
そして、俺達は満を持してソレを支部長紅葉様の所へと持っていったのだ。
「へー、なるほどなぁ、蒼炎瓶なぁ。まぁ良いんちゃう?」
「……」
効果は実証済み。
瞬間的な現象ではあるが、玉藻前の強力な狐火を出現させることが出来る蒼炎瓶だ。ただ、やはり紅葉様の反応はいまいちな物だった。
多分紅葉様は、玉藻前の狐火を瓶に封じ込めることを思いついていたんだろう。そもそも、初めの空き瓶を手渡して来たのは音無さんだし。
どうしてそんな回りくどい事をするのかとは聞かないことにした。
まさか魔法瓶にこんな使い方があるとは思いもしなかったからだ。これからは空の瓶を幾つか持っておこうと思う。
それはそうと――
「あの、音無さんはいないんですか?」
「ん? あぁ音無な」
音無さんの姿が無い。
いつもなら受付に立っているんだが、今日は別の人が立っていた。紅葉様と一緒にいるのかと思って来てみれば、支部長室にもその姿は無かった。
「なんや? 音無のことが気になるん?」
「え――いや別に変な意味じゃなくて」
「変な意味ってなんや?」
紅葉様がニヤニヤしてる。何か良からぬことを想像しているみたいだ。
たしかに音無さんは綺麗で、着物姿なんかもう最高に似合っているし……それこそ姉とはまた違ったタイプの女性で凄く魅力的だとは思うが、別にそういう意味で気になる訳ではないのだ。
ただ単に、俺の中で音無さんはイナリ支部の『顔』みたいになっている。その音無さんが居ないのは、どうしても気になってしまう。
「まぁ冗談は置いといて、音無なら昨日から出張でイナリには居らんよ。暫くは帰ってけーへんと思うで」
「出張?」
「そ、出張。もし伝言があるなら私から伝えとくけど?」
「いえ、特に用があるって訳では無いので大丈夫です」
もう明後日にはイナリを出発する予定だ。
その前に一言挨拶でもしておきたかったんだが、どうやら無理みたいだ。
どこに出張してるのか気にはなるところだが、そんなことまで聞く訳にもいかないしな。それに、聞いた所でどうしようもない。
「じゃ、この『蒼炎瓶』? は預からせてもらうわ。まぁこれなら問題なく友好指定種にはなれると思うから、安心してな」
「はい! よろしくお願いします」
隣に座るルエルも、俺と同じように頭を下げていた。
そして、紅葉様はどこからともなく一枚の紙きれを取り出していた。
サラサラと何かを記入したかと思ったら、その紙きれをコチラに差し出してきた。
「はいコレ」
「――?」
受け取り、内容を確認してみる。
「――友好指定種……(仮)登録書?」
友好指定種(仮)登録書という表題の用紙だった。
冒険者組合イナリ支部の名前と、支部長紅葉様の押印がされている。
「そ。本登録が済むまでの間はソレが玉藻前を護ってくれるから。何かあったらソレを見せればええよ。そう玉藻前にも伝えておいてくれる?」
なるほど。
となるとコレは、俺じゃなくて玉藻前本人が持っておいた方が良いんだろうな。後で渡しておこう。
「分かりました。ちゃんと玉藻前にも渡しておきま――」
と言おうとした所で突然、視界の端にドロンと浮かび上がる青い炎。
「――っておい!」
玉藻前が勝手に出てきてしまった。
思わずツッコんでしまうが、考えてみれば……紅葉様や音無さんの前なら別に構わないのか。
「紅葉とやら、一つ質問があるのじゃが」
姿を現したかと思えば、礼儀正しくちょこんと正座して、紅葉様に話しかけていた。
「なんや?」
「我はシファ達と共に行きたいと思っておるのじゃが……それは許されるのか?」
「それは……この二人とこれからも一緒に行動していきたいという意味?」
コクリと玉藻前が頷いていた。
「そうやねぇ。正式に友好指定種登録されるまでは大人しくしておいて欲しい所なんやけどなぁ」
「それなら問題ないのじゃよ。シファが傍におる方が、我は大人しくしておるのじゃよ」
そうなん? みたいな目で紅葉様が俺を見てくる。
まぁ間違ってはいないが……。
「いや玉藻前……お前、イナリ社を離れても良いのかよ」
勿論、俺達としては玉藻前が同行してくれるのは願ってもない話だ。もう頼りになる仲間だと思っているし、単純に一緒にいたいとも思っている。
けど、玉藻前はイナリ社のことを大切に思っていた筈。無事帰って来れたことをあれだけ喜んでいた。
「イナリ社も勿論大切じゃが……な、何故かあの日から……お主のことがより一層、た、たたた、たい――ッ!」
え――なに? どうしてしまったんだ?
ボッ!! と顔から湯気が出るんじゃないかと思うくらい赤くなる玉藻前。
あの日とはおそらく、俺の血が分け与えられた日のことだと思うが。
「とにかく! イナリ社にはまたいずれ帰るのじゃが! 我はお主らと一緒に行くのじゃよ!」
支部長室に、玉藻前の叫び声が響いた。
◇◇◇
紅葉様に別れの挨拶をしてから、支部長室を後にする。
玉藻前はこれからも俺達と共に行動することになった。
現状は友好指定種の仮登録状態だが、行動を共にすることは特に問題は無いらしい。勿論、知らない人間が玉藻前を見たら驚くこともあるだろう。そういう時のためにさっき貰った(仮)登録用紙があるらしい。(仮)ではあるが、きちんとした効力を持っているということだ。
ただ、正式に登録されていない状態の今、玉藻前が何かのトラブルの原因になることは極力避けた方が良いと紅葉様は言っていた。
そしてイナリ社だが、友好指定種となった魔物や魔獣の生息領域を冒険者組合が管理することは選択肢の一つとしてあるようだ。
今回の場合、玉藻前本人がソレを希望したことで、今後のイナリ社はイナリの冒険者組合が管理することになった。
まぁ管理と言っても、イナリ社は通常は幻術により隠されているので、イナリ山で無理にイナリ社を探そうとする狩人などを取り締まるといった形だ。
良い感じの結果に落ち着いたんじゃないかと思う。
なにより、玉藻前がすごく喜んでくれていた。
「さってと。これでほんとにイナリでの用事は無事に済ませたことになるな」
「そうね。後は明日一日、必要な物をイナリで準備してから王都へ向けて出発すれば良いわね」
冒険者組合から出た所で、めいっぱい伸びをする。
身体のあちこちがコリコリ音を立てていた。
「それじゃ、今日のところは宿に戻って休むとするか」
何だかんだでもう良い時間だ。日もだいぶ傾き始めているし、今日はここまでだな。
ルエルも賛成らしく、二人揃って足を進めようとするが……ふと、視界の端に見慣れた後ろ姿を見つけてしまった。
「っ! 悪いルエル、先に戻っといてくれ」
「え? どうして――えぇ、わかったわ。それじゃ、玉藻前と私は先に戻ってるから」
ルエルもその人の姿が視界に入ったらしく、理由を聞くまでもなくそう言ってくれた。
ルエルが歩いていく向きとは反対方向に、俺は走る。
まさかこんな所で見つけるとは、意外だった。
冒険者組合と同じ大通りに面した武具屋。主に武器の品揃えが豊富な店の前で、その人は多種多様な武器を眺めて首を捻っていた。
「――ロゼ姉っ!!」
「――ひゃぁっ!!」
姉だった。
驚かすつもりで後ろから声をかけると、思っていたよりもビックリしてくれた。
「びっくりしたぁ……シファ君じゃん! もう! ほんとにびっくりしたじゃん」
「いつも知らない間にいなくなってるから、そのお返しだ」
ニヤリと笑ってやった。
「ってかロゼ姉、武器なんて見てどうするんだ? え、買うの?」
「え、あーこれ? う、うーん……買おっかなぁ、なんて?」
姉が今見ていた武器は、この武具屋の店頭で見せびらかすように展示されている物だ。
値段はかなり高い。おそらく、客引きようのために置かれている物で、この店自慢の一品のような扱いだ。
『白石桜の長剣』という名前の剣。値段は150万セルズ。
高いが、姉なら今すぐ買うことが出来るだろうと思う。
「必要なのか?」
正直、姉には不要な物に思える。
姉は、俺の知る限りでは数え切れない程の武器を持っていた筈。この『白石桜の長剣』がどれほどの力を秘めた物なのかは分からないが、姉が持つ武器に匹敵する物なのかと言われると、微妙だ。
「うーん……ま、まぁほら、こういう魔法的な力を持たない普通の剣も、もっと持っておいた方が良いと思ってさ! ほら、なんか綺麗じゃない? これ」
薄い桃色の装飾が少しだけ施された白色の長剣だ。
たしかに姉の言うとおり、凄い綺麗だと思う。
この剣を姉が持っている姿を想像してみたが……うん。姉によく似合う長剣に違いない。
「たしかに! きっとロゼ姉に似合うと思う!」
「だ、だよねぇ! よし、私これ買うよ! あと他にも気になってるのがあるから、良かったらそれも見てくれない!?」
「おう! 任せてくれ!」
どうやら、剣の能力どうこうの話ではないようだ。
使う機会があるのかどうかはさておき、ちょっと楽しそうな姉を見てると、買うのが正解のように思えた。




