#132 《戦乙女の血晶華》
ハラリと、ローゼは身に纏っていた衣服を脱ぎ捨てる。
一糸まとわぬ自らの姿が、目の前の姿見に写った。
どちらかと言えばスタイルには自信がある方で、自分で言うのもなんだが、肌ツヤも他の女性に負けない自信があった。
だが――今のローゼの体には、歪な物が存在していた。
胸から脇腹にかけて、まるで体に埋め込まれたかのような大きな一輪の赤い蕾が姿を晒している。
触れてみると、その蕾は淡い光を放つ。感触は硬く、まるで赤い水晶でできた物のようだ。
見た限りでは蕾は完全に閉じているようで、この華が咲くには暫くの時間がかかりそうだった。
この蕾を見ると、先日のことを思い出してしまう。
◆◆◆
「ロゼ、貴方の願いは叶えたわ。約束通り、対価を払ってもらうわよ?」
「うん。勿論、そのつもりだよ」
ルシエラの魔法により、弟の血と体力、そして魔力は玉藻前に分け与えられた。これにより、死んでしまった玉藻前は人と妖獣、二つの種族が入り混じった存在として再び生を授かる。
だが、魔神種に魔法を使わせた代償として、ローゼは対価を求められた。
意識を失ってしまった弟と玉藻前はルエルに任せ、二人は離れた場所へとやってきた。
これだけ離れていれば、多少の事があったとしても気取られる心配はない。
「ふふ。かわいい弟のためなら、何でも出来ちゃうという訳ね」
一歩二歩と、ルシエラが歩み寄ってくる。
どうやらルシエラは、弟の血と魔力に触れたことで、シファがローゼの実の弟であることに気が付いたようだった。
隠していたわけでは無い。ただ、何かと好奇心旺盛なルシエラには、あまり知られたくはないと思っていたのも事実。
とは言え弟と自分の願いを叶えてくれたルシエラだ、結果的にはコレで良かったとも思った。
「それじゃ、失礼するわよ」
そう言いながらルシエラは、人差し指の先をローゼの胸へと僅かに触れさせた。
すると――
「ぐっ……っ!?」
人差し指で触れられた所に激痛が走る。
「あっ……あぁぁっ!」
「痛い? 我慢してね? まさか死んだりしないわよね?」
次に、体の中が何かに抉られるような感覚に襲われる。
立っていられなくなる。
熱くて、痛くて、全身がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「ッ……」
次第に痛みは収まっていく。
ただ、体の中に何かが入って来たような奇妙な感覚は抜けない。
なんとか、意識を失わずに済んだようだ。
「気分はどう?」
声に誘われて、立ち上がる。
「うぇぇ、なにこれ。めちゃくちゃしんどいよ」
「血晶華の種を貴方の身体に埋めさせてもらったわ。その種は、貴方の血と魔力を糧にして、いずれ華を咲かせるのよ」
身体の中にある異物感は、どうやらその種が原因らしい。
「華がちゃんと咲いたら、回収に来るわ」
そう言いながら、ルシエラが背を向ける。
そして――
「それまで、精々死なないように気をつけてね」
それだけ言い残して、暗闇の中に消えていった。
◆◆◆
この華が咲くまで、どれだけの時間がかかるのかは予想がつかない。
今も少しずつ、ローゼの血と魔力を吸い続けている。
これから先、この華が咲いてルシエラが回収してくれるまで……ローゼの魔力が全快になることは無い。
華が吸い上げる魔力の量は自身の自然回復量を上回っているが、宿主であるローゼをこの華が死に至らしめることは有り得ない。
ローゼの魔力が少なくなれば、この華は魔力の代わりに血を吸い始める。
そうして、魔力と血を交互に吸い続けることで宿主を生かし、華は成長を続ける。
一種の状態異常のような物だが、魔神種の力とも言えるこの異常を治療するのは限りなく難しい。
「……」
試しに、収納魔法を使用してみる。
意識を集中すれば、問題なく収納魔法陣は出現する。
「……っ!」
ただ――遅い。
他の冒険者に比べればそれなりには速いが、いつもの感覚に比べると、呆れるくらいには遅い。
果たして、コレを『超速収納』と呼べるのかは疑問だった。
そしていつもより疲れる。
常に魔力を失い続けている状態は、魔力量以外にも様々な弊害をもたらしてしまうようだ。
この分だと、『詠唱収納』は使えない。『多重収納』はなんとか使えるかも知れないが確実とは言えない。近いうちに試す必要がありそうだった。
いつもの自分の力に比べると、単純に実力が半減してしまったような感覚だ。
「はぁ……」
溜め息と共に肩を落とすが――
「まぁいっか」
仕方のないことだと、気持ちを切り替えた。
これは弟のために取った行動による結果なのだ。ならば仕方がない。
あのとき泣いていた弟を放っておくことなど、ローゼには出来る訳がなかった。
「早くこの華咲いてくれれば良いんだけどね」
身体に浮かび上がる赤い蕾。見た感じはとても綺麗だ、誰かに見せてみたいとも思うが……それは裸を見られるも同義だ。
残念ながら、誰にも見せることは出来ないだろう。
――コンコンコン。
そんな時、部屋の扉がノックされる。
「はーい」
「ローゼ様、朝食の準備が整いましたが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! お願いします!」
扉の向こうから聞こえる声に、そう返事をしてから慌てて服を着る。
山岳都市イナリ。
大通りから少し外れた道の奥にある高級旅館――『松』。
完全予約制のこの旅館に、ローゼは宿泊している。
これから、イナリ周辺の竜種の調査という重要な依頼任務に取り掛からなくてはならない。その間、この旅館に世話になることにした。料金の支払いは、既に済ませている。
今日もこのあと、朝食を済ませてからイナリの北側を調査する予定だ。
たとえ状態異常に陥ってしまったとしても、それは変わらない。
何故ならローゼは、全冒険者を代表する"絶"級冒険者の一人なのだから。




