#131 妖刀と蒼炎瓶
どうやら、フィリスは毎日あの場所で大斧の特訓をしているようだった。
次の日も、その次の日の早朝にもあの場所に顔を出してみたが、同じ時間にフィリスはあそこにいた。
あの日……兄を自分の手で護れなかったことが余程堪えているらしい。
ただ、少しずつ特訓の成果は出ているようで、大斧を振るえる回数は増えていないまでも、かなり扱い易くなっている気がする。とのことだ。
正直俺は……実の兄を想う妹のフィリスのことがかなり気になる。なんとなく彼女の気持ちが分かってしまうからだ。
とは言え、今の俺達の最優先事項は玉藻前を友好指定種にすることだ。
俺達が、玉藻前を友好指定種にすることでこんな恩恵がありますよと組合に宣伝しなければ、組合会議での最終判断で蹴られてしまう可能性が高いらしい。
二日後にはイナリを発たなければならない。時間はいよいよ無くなってきたと言える。
「シファ、上位狼の群れよ」
ルエルの声に誘われて前を見ると、魔獣の群れが俺達目掛けて駆けてくるのが分かった。
玉藻前の恩恵という――漠然とした物を見つけるために、実際に玉藻前の力をもう一度よく知る必要がある。そんな訳で、こうしてイナリの外れにある森に来ている。
玉藻前の力と言えば、もう一つ知っておかなければならない物がある。
「シファよ、我があの魔獣……葬ってやろうか?」
「いや、俺にやらせてくれ」
敵意を剥き出しにして全力で走ってくる上位狼が七体。
危険指定種だが、俺達にとっては何の脅威でもない。これくらいが最初の相手には丁度良いと思った。
意識を集中し、収納空間に意識を向ける。
初めて取り出す武器なだけに、いつもより少しだけ時間が掛かってしまったが、すんなりと出てきてくれた。
次からは、もっと素早く取り出せる自信がある。
妖刀――玉露だ。
長刀と言われる類の武器らしい。
玉藻前から貰ったばかりの新しい武器だ。姉から貰った物じゃない。冒険者となった俺が、報酬として玉藻前から貰った物だ。
「おぉ!!」
妖刀を構える俺を見てか、横にいる玉藻前が両手をギュッと握りピョンと跳ねた。
興奮しているらしい。
玉藻前の恩恵というならば、この妖刀にも玉藻前の力が宿っている。
妖刀に魔力を注ぎながら、薙ぎ払う。
すると、妖刀を介して俺の魔力は蒼炎――狐火へと変わり、目の前に壁のように広がった。
しかし、森を焼くことは決してない。
今出現したこの炎は、俺に敵意を向けてくる奴にしか効果がない。結果――向かってきた上位狼だけを跡形もなく消し飛ばした。
「おぉ!!」
玉藻前がピョンピョンと飛び跳ねる。
「……っ」
俺も自然と頬が緩み、少し興奮してしまう。
魔力の消費は聖剣以上、大剣未満と言った所だが、そんなことよりも今までにない能力を有した新しい武器を手に入れたことが、たまらなく嬉しいのだ。
「凄いわね、その刀」
「あぁ。完全に使いこなすにはもう少し時間はかかるかも知れないけどな」
とは言え、かなり扱い易いように感じる。
妖刀なんて名前だが、この蒼炎は玉藻前の狐火。つまりは守護の炎だ。
きっと、これからの俺達の冒険者活動で大いに役立ってくれるに違いない。
これが、俗に言うイナリ社の秘宝という物の一つらしいが。
「ほ、ほんとに貰っていいのか?」
使ってみた感じ、この妖刀は姉に渡されている色んな武器に匹敵するほどの性能を秘めているように感じる。
そんな物、ほんとに貰っていいのだろうか。
「もうお主にあげたのじゃよ」
エッヘン! と胸を張る玉藻前。後ろの尻尾がわさわさ揺れている。
「その妖刀は、我の力と同じ能力を秘めておるのじゃよ。きっと、主達を様々な危険から護ってくれる」
玉藻前の炎には、これまで何度も助けられて来たからな。
その炎を、この妖刀でいつでも使えるという訳だ。なんて頼りになる存在なんだろう。
早く使いこなせるようにならないとな。
コレも、俺からしてみれば玉藻前の恩恵みたいな物だ……。
「――あ」
そんな時ふと、思いついた。
「どうしたの?」
変な声が出してしまった俺を、二人が小首を傾げて見つめてくる。
「そうだよ! 炎! 狐火だよ! 玉藻前の恩恵!」
「は?」
「なんぞ?」
思わず頭を押さえる。
これ以上ない、玉藻前が俺達にもたらしてくれる恩恵を発見してしまった。
思い返してみれば、紅葉様も音無さんも気が付いていたんだ。
どうして教えてくれなかったのかは分からないが、今は置いておこう。
「コレだよ」
収納から、空の魔法瓶を取り出した。
先日、何故か音無さんが手渡して来た物だ。
「それがどうかした? 何も入ってないじゃない」
「そう、コレには何も入ってないんだよ」
「なんなの貴方、急に」
クワッ! と玉藻前に向き直る。
「な、なんなのじゃっ!?」
ほんのちょっと怯えた様子の玉藻前に、詰め寄った。
「ちょ、シファよ……我とお主は血が繋がっておるのじゃ、まだ早いぞっ」
「じゃなくて! コレに、玉藻前の狐火を封じ込めるんだよ」
コレは、回復薬や火炎瓶と言った魔道具に使われている魔法瓶だ。
この瓶には、多少の魔力を封じ込めておく効果があった筈。実際、ラキアが使っていた『聖火瓶』は、この魔法瓶に聖火を閉じ込めた物だ。
「なるほど。その瓶に玉藻前の炎を封じ込めておけば、その瓶を砕くことで炎は燃え広がる。すると、使用者を護ってくれる狐火が出現する訳ね」
そういうことだ。
「ちょっと試してみてくれ」
「う、うむ」
玉藻前に空の魔法瓶を手渡した。
受け取った魔法瓶の口に、玉藻前が軽く手を添える。そして少しだけ意識を集中したかと思うと、すぐに瓶の中が青く輝き出した。どうやら、上手く瓶の中に魔力を込めることに成功したようだ。
すぐに栓をすると、空っぽだった瓶の中にユラユラと青い炎のような物が閉じ込められた。
「おぉ……」
とても綺麗だ。
後は、実際にコレを試してみる必要がある。
出来れば、さっきみたいな魔獣相手に試してみたいが、近くに気配はない。
少し場所を移動してみよう。
◇◇◇
少しだけ森を進むと、いた。さっきと同じ上位狼だ。
数は三体と多くはないが、まぁ充分だろう。
「上手くいくかしら」
「大丈夫。きっと成功するよ」
間違いなくイケる筈だ。
ルエルと玉藻前には待ってもらい、俺一人で堂々と前に出る。
当然、上位狼は俺の存在に気付き、ジリジリと様子を窺いつつ近寄ってきた。
そして、一定の距離に到達した所で――一気に走り出してくる。
奴等が充分近付いた所で、さっきの魔法瓶を軽く投げた。
そんな物お構い無しに上位狼が飛び掛かってくるが、素早く取り出した聖剣で、狼ではなく放物線を描く瓶を斬り付ける。
――パリィンッ! と瓶が砕けた事で、中で燻っていた炎が瞬く間に燃え広がる。
さっきの妖刀による炎とまではいかないまでも、人間一人か二人を覆い隠す程度の炎の壁が出現した。
そのまま突進してきた上位狼は、やがて炎の壁に呑まれて消し飛んだ。
「……すげぇ」
成功だ。
これはつまり、玉藻前の力の一部を……魔道具として作り出せたということだ。
「玉藻前、魔力は大丈夫か?」
「うむ。この程度なら、何の問題もないぞ」
コレだ。
玉藻前の魔力的にも問題は無さそう。勿論、大量にいきなり作るのは無理だろうが、無理をしない程度に少しずつコレを作って、冒険者組合に提供すれば良い。
そうすれば、冒険者は組合からこの玉藻前の魔法瓶を購入することが出来るし、魔物や魔獣との戦闘で役立ててもらうことが出来る。
コレなら、玉藻前の恩恵として充分だろ。
「イケるよな?」
「ええ、間違いなくイケるわ」
そうと決まれば早速報告だ。
俺達は、冒険者組合へと向かうことにした。




