#127 『玉藻前』
不思議な感覚がした。
胸に小太刀を突き立てられた時は、本当に死ぬんじゃないかと思った。全身から力が抜けていく……と言うのとは少し違う、自分の中の全てが小太刀に吸い取られていくような感覚だった。
そして、視界がグワングワン回っているような気がして、立っていられなくなった。
「……っ。はぁ、はぁ、はぁっ」
俺の胸から小太刀を引き抜き、今度は倒れているを玉藻前へ向かって小太刀を突き立てている姿を、意識が飛びそうな中なんとか見ることが出来た。
玉藻前の胸に突き立った小太刀が、不気味な光を放ちながら脈動しているように見える。
赤い光の筋が浮き上がり、まるで血管のように……玉藻前へと何かを送り込んでいるようだ。
「お、俺の……」
あれは多分、今まさに俺から吸い上げた物だ。
それが小太刀を介して、玉藻前へと送られているんだ。
そんな能力があの小太刀にあったなんて……でも、もしこれで玉藻前が助かるなら、俺の中の物なんていくらでも使って欲しいくらいだ。
俺の胸に突き立てられた小太刀は、割とすぐに引き抜かれたような気もするが、あれで足りたのだろうか?
少し心配だ。必要なら、もっと使ってくれて構わないのに……
なんて、ドクン――と胸を跳ねさせる玉藻前の姿を見ながら、考えていた――
◇◇◇
気がつくと、視界は山の中から部屋の中へと変わっていた。
どうやら寝ていたらしい。
体に伝わってくるこの柔らかい感触は、ベッドの物だ。
「気がついた?」
「え、ルエル……」
少しだけ頭がボーっとする。
体の節々が少し痛いが、なんとか体を起こす。
周囲を見回してみて、ここが宿酒場『風鈴亭』の俺達が取っている部屋だと分かった。
ベッドの横の椅子に、ルエルが座っていた。
「え? えっと……あれ?」
いまいち状況がのみ込めないぞ。
たしかイナリ山でラキアと戦って……そうだ、負けたんだ俺は。
それで玉藻前が助けてくれて、でも玉藻前が殺されて……姉が来て、エシルさんとよく似た人が後からやって来て……玉藻前を助ける方法があるみたいな事を言われて――そうだ! 小太刀だ! 小太刀を胸に刺されたんだ……あれ?
でも、そこからの記憶が全然ない。
「あなた、あの後倒れたのよ。意識を失ったのよ」
「え?」
「もう二日経ってるわ」
「……」
二日? ずっと寝てたのか俺。
「た、玉藻前は!?」
そうだ、玉藻前は助かったのか?
もしかして、俺が気絶してしまったからあの魔法は失敗してしまったのか?
焦りながら身を乗り出して俺が迫ると、ルエルはやれやれと肩を竦めながら「ん――」と顎でクイッと後ろを示した。
「そこにいるでしょ」
「……」
恐る恐る後ろを振り向くと――いた。
玉藻前だ。
俺のよく知る玉藻前だ。
綺麗な銀髪が少しボサッたくなってしまっているが、間違いなく玉藻前だ。
僅かな寝息を立てながら、胸を上下に揺らして、俺と同じベッドに入ってぐっすり眠っている。
頬に触れてみると、柔らかくて温かかった。
「――!」
バッと、被さっていた布団を引っ剥がす。
「ちょ、ちょっとシファ! なにやってんのよ!」
横でルエルが抗議の声を上げるが、確認せずにはいられない。
「……良かった」
玉藻前の腰から伸びる九つの尻尾が、ベッドの殆どを占領している。
少しはだけた着物から覗き見える白い肌にも、一切の傷は見当たらない。勿論、あのときラキアに付けられた斬り傷もだ。
本当に良かった。
上手く言葉に言い表せないくらいに、ホッとした気分だ。
「玉藻前は、貴方が気絶したすぐ後に目を覚ましたわ」
そうだったのか。ということは、入れ違いか。
「彼女の魔法は……貴方の生命力と血を、玉藻前に与える物だった。玉藻前は、貴方の血縁者として生まれ変わった……ということらしいわ。信じられないけどね」
「血縁者……」
ということは、家族ってこと?
俺の血が玉藻前の中に流れているって解釈で良いのか? なら、玉藻前はロゼ姉の妹ってことになるのか?
それなら、俺と玉藻前の関係はどうなるんだ? 玉藻前は俺の妹か?
「うーん」
玉藻前の綺麗な顔を観察してみる。
初めて会ったときは幼い姿だった。
でも今は、力を取り戻して成長した姿になっている。見た目は俺達より歳上、姉と歳が近いように見えるな。見た目は……だが。
「んみゅ……」
奇妙な気配を察知したのか、玉藻前の瞼が重たそうに開いた。
「――ん、っ!」
そして、目が会った。
すると、眠たそうな瞳に即座に力が宿ったように見えた。
「玉藻前……本当に良かっ――えぇ!?」
俺が言いたいことを言い終える前に、玉藻前が覆いかぶさってきた。
まだちゃんと体に力が入らない俺は、難なくベッドに押し倒されてしまった。
「お、おい」
「ちょ、ちょっと玉藻前?」
「また、我はお主に助けられてしまったのじゃな」
俺達の言葉は聞こえている筈だが、玉藻前は俺の上から降りる気は無さそうだ。
そして、俺の手を優しく持ち上げた玉藻前は、そのまま胸のあたりに持っていく。
――トクン、トクンと、心臓がしっかり動いている音を手のひらに感じることが出来た。
「我の中に、お主の血が流れておる。もう我は……お主の物になってしまったのじゃろうか……」
そう言って玉藻前は、そのまま俺に甘えるように抱き着いてきた。
スルリと首に手を回し込み、優しく体を密着させられる。
「俺が助けたんじゃないだろ……お前が俺を助けてくれたんだろ」
そうだ。
俺が玉藻前を助けたんじゃない。
玉藻前は、俺を護るために一度死んでしまったんだ。
なら、俺の血とか、生命力とか魔力なんか、あげられる物はなんでも玉藻前にあげてやる。
こうやってまた話すことが出来るんなら、全然安い物だった。
「……」
「……」
「え、えっと……玉藻前?」
俺達が何を呼び掛けても、玉藻前はそのまま何も喋らずに抱き着いたまま離れない。
どうやら、暫くはこのままらしい。
「ま、今回だけは多目に見てあげるわ」
ルエルはというと、呆れたような顔で再び――その手に持つ『イナリ攻略本』のページをぺらりとめくったのだった。
〜山岳都市イナリ編 完〜
ここまでお付き合いして下さった方々、本当にありがとうございます。
この話で、山岳都市イナリ編は終了です。
この後、少しの間話を挿んでから新編を開始しますので、引き続きよろしくお願いします。




