#128 友好指定種の条件
「結局、ロゼ姉はまたどっか行ってしまったのか?」
「ええ。玉藻前が目を覚まして、貴方の無事を確認してからすぐにね……あのルシエラっていう女の人と一緒にね」
「そうか」
俺が気を失った後について、軽くルエルに訊ねてみた。
まず姉の姿が見えないのは、今ルエルが言ったとおりだ。
ちゃんと礼も言えてないのに、知らん間にいなくなってるんだよな。まぁいつものことと言えばいつものことだが……。
それでいて唐突に現れたりするから驚いたりもする。
そしてイナリ山だが、冒険者組合によって立ち入りが制限されているらしい。
今回イナリ山で起こった騒動について、詳しく調査するためだとかナントカだ。
で、俺達はと言うと――
「で、冒険者組合が俺達を呼んでるって?」
「ええ、まぁ当然よね。私達から詳しく話を聞きたいそうよ」
俺が目を覚ましたら、冒険者組合の紅葉様を訪ねるように言われていたらしい。
ということで目を覚ました翌日である今日、こうして組合を訪れた訳だ。
ちなみに玉藻前も同行している。
玉藻前を友好指定種へ登録してもらう件についても話したいと思っていた所なので、丁度良いとも言えるな。
組合の扉を押し開き、中へと足を踏み入れた。
組合内には他の冒険者の姿もある
受付に立っていた音無さんに声をかけると、二階の支部長室へと案内してくれた。
中へ入ると、支部長である紅葉様がソファへだらりと腰掛けていた。
相変わらずやる気が無さそうに見えるが、これでいて油断出来ない相手なんだよな。
対面する形で腰を落とした。
「よー来たね。玉藻前も、姿を見せてくれてもええんやで? まぁ別に、無理にとは言わんけどな」
確実に気配を消している筈だが、この紅葉様は玉藻前の存在に気が付いているようだ。
あのカルディアのコノエ様といい、組合の支部長はただ者じゃないんだなやっぱり。
今更紅葉様と音無さんが玉藻前に何かしてくるとも思えないが――
「今回は俺達二人で話を伺いますよ」
とりあえずは、玉藻前にはまだ隠れておいてもらおう。
姿を現さなくても、玉藻前には俺達の会話は聞こえているし、何より玉藻前は冒険者じゃないんだ、出てくる義務も無い筈だしな。
「そうか……ま、君等二人にはちょっとした事実確認をさせてもらおう思ってな」
そう言いながら、紅葉様が音無さんに向かってなにやら視線で合図を送る。
すると、横に立っていた音無さんが収納から何かを取り出して、目の前の机に置いた。
「――ッ!?」
「これ、見覚えあるな?」
音無さんが机の上に置いたのは、黒と紫の不気味な装飾が施された長剣だった。
忘れる筈がない。これは、ラキアが持っていた長剣だ。
たしか――『魔喰い蛇』の素材を用いて作られた長剣と言っていた。
「あるみたいやね。これは、君等を襲った狩人が持っていた物で間違いないな?」
しっかりと頷いた。
「どうしてソレがここに?」
「あぁ、コレは君のお姉さんがイナリ山で確保して、組合に届けてくれたんやで」
姉は玉藻前の九尾をラキアから取り返してくれた。
どうやって取り返したのかは聞いていないが、あのラキアが大人しく九尾を差し出すとも思えないし、やっぱり姉とラキアは戦闘になったんだろう。
姉がラキアに遅れを取ることは有り得ないし、負けを認めさせて九尾を奪い返した。そう思っていたけど、長剣まで奪ったのか?
「これを持っていた狩人とその仲間が、イナリ山に竜種を呼び寄せたと君のお姉さんから報告を受けてるんやけど、君等の認識もそれで合ってるん?」
俺とルエルはもう一度しっかりと頷いた。
「なるほどなぁ。ちなみにこの長剣を持ってた狩人は、冒険者組合が警戒してる狩人ギルドの構成員や。もし、またコレと似たような武器を扱ってる人間を見かけたら用心しいや」
「と言うと?」
「狩人ギルド『魔喰い蛇』。コイツらは、魔神種――魔喰い蛇の素材を使用した武器を使うってこと」
「「――!?」」
びっくりした。
ラキアが使っていた長剣には、魔神種の素材が使われていた。
「と言っても、この長剣の素材使用率は5%と言った所やね。ま、それでもかなり強力な長剣であることには変わりない訳やけど」
「と言うことは、その魔喰い蛇っていう魔神種は討伐されたってことですか?」
「んー、どやろね。魔神種を討伐出来る人間が存在してるとも思えんけどな」
魔神種か……たしか危険指定レベルは推定で20後半っていう話だよな。
我が姉でも難しいんだろうか。
たしか俺が持ってた小太刀には、吸血姫っていう魔神種の血が使われてるんだよな。
この小太刀の血は確か、ほんの少し分けてもらった……みたいな話をいつか姉がしていたのを覚えてる。
……そう言えば、イナリ山で姉が連れてきた人もルシエラって名乗ってたな。
……何か変な汗が出てきた。
「話はそれだけですか?」
「え? まぁこんな所やね」
何となく、魔神種の話題は避けた方が良いような気がして話を終わらせる。
紅葉様も、俺達から聞きたい話はこれぐらいらしい。ならばと、いくつか聞きたいことがあった俺から質問することにした。
「ロゼね……姉は、どこに行ったか分かります?」
まず姉の行方を知りたかった。
あまり期待せずに訊ねてみたんだが、以外にも紅葉様はあっさりと答えてくれた。
「君のお姉さんなら、暫くはイナリに滞在するって言うてたよ。って言うか、彼女は今重要な依頼任務の真っ最中やからね、その任務場所がこのイナリ周辺やから、この街を拠点にするってことちゃう?」
いやー、"絶"級冒険者が街におったら心強くてええわぁ!! と最後に上機嫌に笑っていた。
「イナリを拠点に……か」
姉の依頼任務がどんな物なのかすごく興味がある。
正直に言えば一緒にやりたいが、"絶"級と"初"級じゃ次元が違い過ぎるもんな、迷惑にしかならない気がする。
とは言え、姉がイナリを拠点にするなら、俺達ももう暫くはイナリに滞在してもいい気がするな。
なんて考えているのを見透かしたのか――
「私達は、もうそれほど長くイナリに滞在することは出来ないわよ」
ルエルがそんなことを言ってきた。
「何でだよ。別にイナリを拠点にしても良いんじゃないのか? 良い街じゃんイナリ」
料理は美味しいし景色は綺麗だし、街の人達も良い人ばっかりだしな。
「シファ……貴方大事なことを忘れているわ」
「――?」
何かあっただろうか?
一向に思い出せず首を傾げていると、教えてくれたのは音無さんだった。
「シファ様。『中級昇格試験』の日が近付いております」
「おおっ!」
それはとても大切だ。
思わず声を出してしまった。
「今年の試験は王都で行われることになっています。イナリから王都までは、大街道を通る定期馬車を利用して六日程かかります。御二方がイナリに滞在出来る日数は、五日程度かと……」
「そういうことよ。勿論、受けるんでしょ? 試験」
「あたり前だ」
今からやる気が出てくるな。
早く中級になって、いずれは"絶"級になってやる。そして、姉と並んで依頼を受けれるようになりたい。
そのためにも中級昇格試験を逃す訳にはいかない。残念だが、今回はイナリを拠点にすることは諦めよう。
そして俺は、次の話題を振ることにした。
コレが最も重要なことだ。
「次に紅葉様、玉藻前を友好指定種にしてもらいたいんです」
「……」
友好指定種になれば、玉藻前は少なくとも冒険者から狙われることは無くなる筈だ。
それに冒険者組合が護ってくれるとなれば、狩人も迂闊に手を出せなくなるに違いない。
玉藻前を友好指定種にしてもらうのは、イナリに滞在するうちにやっておかなければならないことだ。
まだ必要な手続きを済ませた訳じゃないが、先に支部長に伝えて了解を得ておけば、申請も通り易いんじゃないだろうか。そう思ったんだが――
少しだけ、紅葉様が驚いているように見えた。
そして一枚の紙きれを机の上に置いて、笑った。
「ナニそれ、ホンマ君等姉弟なんやね。考えてること一緒かいな」
紅葉様が差し出してきた紙きれを手に取り、読んでみる。
コレは紛れもない『友好指定種申請書』だ。
……驚いた。
申請者は姉。
内容は玉藻前を友好指定種へするための申請だ。
必要な押印も全てされている。各支部長の押印までもだ。残された押印はただ一つ。
『必須』と書かれた欄にあるイナリ支部長の押印だけは、未だ空白のままだった。
「紅葉様……コレ」
「そ、今まさに君がやろうとしてたこと。後は私が押印すればこの申請は通って、支部長会議で議題に上がり、検討された後に決定される」
「じ、じゃぁ!」
「せやね。私も、もう判は押しても良いと思ってるよ? でもな」
紅葉様の少しやる気の無さそうな瞳が、誰もいない空中を射抜く。もしかしたら、玉藻前を見ているのかも知れない。
「このままやったら、検討された後、結局実現せんで終わるだけやで」
「ど、どうしてですか?」
「玉藻前が冒険者に、どんな恩恵を持たらしてくれるのかが不明やからやな」
つまり、玉藻前が人間に対してただ優しいだけじゃ駄目ってことか。
組合が護るだけの価値を提示しなければならないのか。確かに、コレはかなり厳しい条件かも知れないが……
「玉藻前はかわいいですよ!」
「却下」
駄目か……。
「ちなみに、既に友好指定種は存在しとるよ? もし玉藻前が友好指定種になったら、三番目やね」
紅葉様の話では、既に存在する二体の友好指定種は、人間達に大きな恩恵をもたらしているらしい。
続いて、紅葉様はまた何かを取り出した。
――コトリと机に置かれたのは小瓶だった。
中にはほんのりと輝く液体が入っている。
間違いなく魔法薬だ。冒険者組合や道具屋で普通に売っている程度の魔法薬。
どうして今コレを取り出したのか一瞬不思議に思ったが、まさかと思って顔を上げた。
「そ。この大陸に出回ってる殆どの魔法薬は、その友好指定種の力による物なんやで。本来、治癒の効力を液体に宿して、恒久的に持続なんてこと……人間には不可能やからね。私らに出来るのは、まぁ効きの良い薬草から気休め程度の回復薬を作るくらいやろ」
安価な魔法薬から、最高級の魔法薬が全て、その一人の友好指定種によって作り出されていると紅葉様は話してくれた。
友好指定種になるためには、ここまでの恩恵とは言わないまでも、それなりの物が必要らしい。
それから、もう少し友好指定種についての話を聞いて、俺達は支部長室を後にした。
部屋を出る途中、音無さんに何故か中身が空っぽの小瓶を手渡されたが、いまいち意味が分からなかった。
「参ったな、友好指定種にするための条件……か」
「でも逆に言えば、その恩恵さえ提示出来れば、玉藻前は友好指定種になることが出来るということよ。少なくとも、紅葉様はそのつもりみたいよ」
まぁそうなんだろうな。
紅葉様も音無さんも、俺達の話には親身になって聞いてくれていた。
条件さえ揃えれば、後は紅葉様が上手くやってくれるんだと思う。
とは言え、イナリを出発するまでに何か良い方法を考えないとな。
となると、あまり時間はないような気がする。
はぁ……とため息を吐きながら組合の扉を押し開け、外に出た。
「あれ?」
すると組合を出た所に、見覚えのある二人が立っていた。
そして俺達の姿を認めると、そのうちの妹の方が――ペコリと礼儀正しくお辞儀していた。




