#126 《血別》
「あまり良い血とは言えないけれど、まぁ構わないわ。貴女だしね」
ペロリと唇を舐めてから、ルシエラが近付いてくる。
耳はピンと鋭く立ち、ニコリと笑ったときにちらりと牙が見えた。どうやら、人間に扮して冒険者を楽しんでいる『エシル』ではなく、正真正銘の吸血姫として登場してくれたようだ。
「辛そうね、ロゼ……大丈夫?」
言われてみれば、頭がぼーっとしていた。
体温の感じからして、どうやら熱もありそうだ。
魔剣を持ち出したことで、一度に大量に魔力を消費してしまったのが原因だ。
自我を保てない時点で、魔剣を完全に使いこなすのにはまだまだ時間が必要なのだと分かる。
「うん、大丈夫だよ……それより」
ルシエラを呼び出した理由を告げる。
どれだけの年月を生きてきたか見当もつかない……吸血鬼という種族の最後の生き残りであるルシエラに、頼みたいことがあった。
人間では不可能なことでさえ、彼女にとっては不可能ではない。だが勿論、ルシエラにも出来ないことは存在する。
その一つが、死者の蘇生だ。
ルシエラであっても、死んだ者を生き返らせることは出来ない。以前、本人に聞いたことがある。
ふと疑問に思い、訊ねてみたのだ。
『ルシエラちゃんって、死んだ人間も生き返らせたり出来るの?』
と、しかしローゼの質問に返ってきた答えは『できない』という物。
彼女に出来ないのなら、もう出来る者はいない。少なくともローゼと肩を並べて活躍する他の"絶"級冒険者には不可能だ。
僅かに可能性を残している者が存在してはいるが、会いにいく手段もないし、時間もない。
だからローゼは、ルシエラに出来ることを『お願い』する。
「……対価は、払ってもらうわよ?」
吸血姫は対価を求める。
この世で最も大切な者のためなら、ローゼはどんな対価でも差し出せる。
◇◇◇
弟が待つ場所へ戻ると、弟とルエルは変わらずにソコにいた。
眠る玉藻前へ寄り添うようにして、ジッと座って待っていたらしい。
「ロゼ姉……」
「お待たせ……」
玉藻前を殺した『魔喰い蛇』の二人は私が殺したよ。などとは口が裂けても言わない。
別に弟はそんなことを望んでいた訳ではないとローゼは理解している。
あの二人を殺したのは、ローゼ自身そうしないと気が収まらなかっただけだ。
ゆっくりと丁寧に、収納から玉藻前の九尾を取り出した。
奪われてすぐ取り戻した甲斐あってか、状態は良い。仮に何かの素材にするために少しでも使われてしまったら、それこそ本当に取り返しがつかなかったに違いない。
「ロゼ姉、それ……」
「と、取り返して来たんですか? どうやって……」
そっと玉藻前の傍らに九尾を置いた。
こうして並べて見ると、とても立派な九尾だったんだなと気付く。完全に力を取り戻し、成長した玉藻前程の大きさを持つ、立派な九尾だった。
「お姉ちゃんだからね、弟の頼みは聞かないとね……」
「…………」
玉藻前の九尾は取り戻した。
たったそれだけのことだと言うのに、弟は少しだけ安心したような表情を見せていた。
九尾が戻ってきたところで、玉藻前が再び起き上がることはない。そんなこと分かりきっているというのに、弟はなかなか動こうとしない。
玉藻前の死を受け入れられてはいるが、別れることが出来ない。といった所だろう。
「さてと……」
ゆっくりと立ち上がる。
どうやら、弟の中で玉藻前という存在はとても大きな物になっていたらしい。
ソレを確信したローゼは、弟に問いかける。
「シファくんはさ……タマちゃんにもう一度会いたいの?」
「え?」
「『蘇生魔法』という物が存在するかは分からない。少なくとも私は使えない、勿論シェイミもエヴァも。コノエ様だって無理」
ほんの少しだけの期待が込められた眼差しを向けられていた。
ローゼには、弟の期待を裏切ることは出来ない。
期待を持たせるだけのために、わざわざこんな話を口にすることはしない。
「でも、タマちゃんに戻ってきてもらう方法が一つだけあるよ」
「ろ、ロゼさん、そんなこと……」
「…………」
死者を蘇らせることが出来る魔法薬も魔道具も、彼等が知る限りでは存在していない。当然、二人とも驚いていた。弟は言葉を失っているようだ。
目を閉じたままの玉藻前に視線を戻して、暫く考え込んでしまっている。
「会いたいの? 会いたくないの?」
もう一度、弟の気持ちを確認する。
「……会いたい。会えるんなら、会いたいよロゼ姉」
「……そう」
複雑な気分だった。
ローゼも、玉藻前にはもう一度会いたい。弟と良い関係を築けていたのだから、これからも一緒にいて欲しいと本気で考えている。
しかし、これから起こることを想像すると、単純に喜ぶことは難しいのだ。
死んでしまった者にもう一度会う。これがどれだけ特別なことなのか、弟は分かっているようだった。
強力な武器を扱うのに多くの魔力を必要とするように、強大な魔法を使用するのに膨大な魔力を消費するように――死者の復活にも等しい行為に、どれだけの困難が必要なのか、弟は少なからず理解しているように見えた。
スッ――と、ローゼはその場から少しだけ横にずれる。
弟の願いを叶えることが出来るのは自分ではないからだ。
暗闇の中からゆっくりと近づいてくる人影。
「「――え?」」
次第に見えてきた姿に、流石に驚いているようだった。
「話が長いわロゼ。――あら? 妖獣……ふふ、可愛らしい狐さんね。死んでしまったのはこの狐さん?」
倒れている玉藻前を見て、あらあらと笑うルシエラ。
「え? エシル……さん? いや、違う? え、似てる……?」
冒険者として活動するルシエラと何度か会っている弟が、酷く困惑していた。
尖った耳と、たまに見える牙以外は冒険者としての彼女と何も変わっていない。誰でもそんな反応になるだろう。
だが、彼女が魔神種の吸血姫だということを二人はまだ知らない。とは言え、ルシエラが放つ異様な雰囲気は即座に感じ取ったようだ。
「ロゼさんっ!!」
即座に、ルエルが弟を庇うように前に出た。
「二人とも……今は何も聞かないで。大丈夫だから、彼女の言うとおりにして」
詳しい説明はまた今度だと、今はそう答えるしかできなかった。
「あら? 貴方は、何度かお会いしましたね。また一緒にお茶を飲める時を楽しみにしていますわ」
一方のルシエラは、自分の立場を理解していないのかそんなことを言う始末。
ローゼは少しだけ頭が痛くなる思いだ。
「え、やっぱり――エシルさん!?」
「あら? あ、えっと――うふふ、違いますよ? 私はルシエラです」
ローゼは頭を抱える。
「と、とにかく説明は後! ルシエラちゃん、お願い出来る?」
「えぇ。貴方達が良いのなら、私はいつでも構わないわ」
弟に視線を向けると、弟は強く頷いてくれた。
「ろ、ロゼさん! シファ、危険だわ! 彼女は……」
一方で、ルエルは変わらずに弟を庇っている様子だった。
痛いほど気持ちが分かる思いだ。目の前に危険な存在が迫っているのだから、大切な者を庇おうとするのは仕方のないことだ。
「大丈夫だよルエル。ロゼ姉もいるんだから」
「だ、だけど……」
やがて、渋々といった様子で引き下がった。
「もうよろしいですか?」
「はい」
「じゃぁ、ロゼ……小太刀を出して」
ルシエラが要求してきたのは、彼女の血がほんの少し混ざった小太刀だった。
その小太刀を今持っているのは……弟だ。
ローゼは、弟に目を向ける。
すると、弟は不思議そうな表情を浮かべるも何も聞かずに、小太刀を取り出してくれた。
「あら、貴方が持っていたのですね」
そして小太刀を受け取ったルシエラは、弟とルエルをじっくりと観察する。
「なるほど……貴方ですね」
「え……」
ルシエラが視線を固定したのは……弟だ。
「失礼します」
「え、え――」
――ズブリと、弟の胸に小太刀が深々と突き立てられた。
「シファっ!!」
堪らず、ルエルが駆け出すが――
「ルエルちゃん駄目!」
ローゼがルエルの腕を掴み、引き止める。
「どうして! いったい何をするつもりなんですか!? シファが死んでしまう!」
「ぐ、うう……」
ガクリとその場に座り込み、弟は苦しそうに悶えている。
小太刀は対象の生命力と魔力、そして血を吸い上げる。
それらを一度に吸われている本人の苦しみは、果たして測りようがない。
そんな弟の姿を見て、ローゼも心が焼かれるような思いだが、耐えるしかない。
「あ……あぁ、うううぅ」
みるみると、吸い上げられていく。
いざという時のために持たせていた小太刀が、まさか弟ではない者のために、弟を利用することになるとは、ローゼは夢にも思わなかった。
そして――
「ふふふ、良い血です」
勢いよく小太刀が引き抜かれる。
「……っ、はぁ……はぁ……はぁっ!」
両手を突き、大きく肩で息をする弟。
かろうじて、意識を保ったようだった。
そしてルシエラは、玉藻前へと向き直る。
「――さぁ、死したこの者に……貴方の血と生命を分け与えましょう。これを以て貴方達の血は繋がり、この者は新たなる血縁者として、再び生を宿すのです」
勢いよく玉藻前の胸に――小太刀を突き立てた。
「黙示録詠唱――『血別』」
弟とルシエラ、そして玉藻前を……魔法陣の光が包み込んだ。




