この世界に異物無し
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
僕の名前はグレンダ。
職業、暗殺者。
そして──異世界転生者だ。
神様から与えられた能力は、あまりにも地味だった。
《完全気配遮断》。
透明になるわけでも、無敵になるわけでもない。
火を吹くでもなければ、空を飛べるわけでもない。
僕は最初、肩透かしを食らった気分だった。
だが神様は、やけに楽しそうに笑っていた。
『それ、ね。かなり“危ない”能力だから』
その意味を、当時の僕はまるで理解していなかった。
***
最初の実験は、軽い気持ちだった。
酒場の隅で、自分にスキルを使う。
すると──
「あれ? 注文、まだだったっけ?」
店員が僕の前を素通りしていく。
「おーい」
声をかけても、反応がない。
肩を叩いて、ようやく気づく。
「うわっ!? い、いたのかよ!」
その反応に、僕は思わず笑ってしまった。
どうやらこれは、“気配を消す”なんてレベルじゃない。
存在そのものが、認識から抜け落ちる。
──そういう能力だった。
***
そして僕は、すぐに気づいてしまう。
これ、他人にも使える。
「……へぇ」
口元が歪むのを自覚しながら、僕は試した。
護衛にかける。
誰も護衛を認識しない。
城門兵にかける。
通行管理が崩壊する。
盗賊団にかける。
仲間同士で混乱が起きる。
「お前いたっけ?」
「は?」
「誰だよお前」
便利だった。
あまりにも、便利すぎた。
暗殺者としては、これ以上ない能力だった。
***
そしてある日。
僕は“思いついてしまった”。
「これ……村ごとやれば最強じゃないか?」
辺境の、小さな村。
魔物の被害に怯えていた貧しい場所。
なら簡単だ。
魔物に見つからなければいい。
「天才かもしれないな、僕は」
***
その日、僕は村の広場に立っていた。
「皆さん、安心してください!」
村人たちが集まり、期待の目を向ける。
「今日から、この村は魔物に見つかりません!」
どよめきが起こり、やがて歓声へと変わる。
「救世主だ!」
「さすが転生者様!」
胸が高鳴った。
承認欲求が満たされる。
気分が良くなっていく。
だから僕は──調子に乗った。
「《完全気配遮断・広域展開》」
その瞬間、世界が静まり返った。
***
効果は、完璧だった。
魔物が来ない。
一切、来ない。
狼も、ゴブリンも、果てはドラゴンですら。
村のすぐ前を通っても、何もないかのように去っていく。
まるでこの場所そのものが、世界から削除されたみたいに。
「すげぇ……!」
村人たちは歓喜した。
最初の三日間は。
***
四日目の朝。
「あれ?」
男が首をかしげる。
「俺の嫁、どこ行った?」
その“嫁”は、すぐ隣に立っていた。
「ここにいるでしょ?」
だが男は、びくりと後ずさる。
「……誰だ?」
空気が凍る。
「あなた、何言ってるの?」
「うわっ!? 急に声が……!」
男は、そこに人がいると認識できていない。
声だけが、聞こえる。
***
僕は、そのときようやく理解した。
このスキルの本質は、“気配消去”じゃない。
**世界の認識から除外すること**だ。
つまり──
人間同士でも、互いを認識できなくなる。
***
そこからは、地獄だった。
「母さんどこ!?」
「ここよ、すぐ近くにいる!」
「誰!? こわい!!」
子どもが泣き叫ぶ。
親が子を見失う。
目の前にいるのに。
そこにいるはずなのに。
“人として認識できない”。
しかも、それだけじゃない。
記憶が、壊れていく。
「……俺、独身だったか?」
「違う! 私が妻よ!」
「……そう、なのか?」
情報が定着しない。
顔を見ても、“知らない誰か”として処理される。
愛情すら維持できない。
***
村はすぐに機能を失った。
「村長はどこだ!」
「ここじゃ!」
「どこだよ!?」
会議室にいる。
でも誰も気づかない。
村長本人も、涙を流しながら叫んでいた。
「儂はここにおるんじゃあぁ……!」
***
僕は青ざめた。
「解除……解除しないと」
しかし、そのとき。
「お前、誰だ?」
村人が僕を見ていた。
「え……?」
「見かけない顔だな」
「いや、僕だよ! グレンダだ!」
「……知らないな」
血の気が引いた。
広域化したことで──
術者である僕自身も、世界から浮いていた。
***
やがて、外の世界でも異変が起きる。
「この地域に村があった記録がある」
「だが誰も行った記憶がない」
調査隊が派遣される。
彼らは戻ってきた。
「どうだった?」
「……何がです?」
全員が、“何もなかった”と認識していた。
***
そして、最も恐ろしい現象が始まる。
世界が、“辻褄合わせ”を始めたのだ。
「この一帯は昔から無人地帯だった」
「村? 聞いたことないな」
認識されないものは、存在しない。
なら最初から存在しなかったことにする。
歴史すら、静かに書き換えられていった。
***
村は滅びなかった。
飢えることもない。
襲われることもない。
ただ──
誰とも繋がれない。
愛しても、忘れる。
呼びかけても、届かない。
そこは、生きた幽霊の村になった。
***
数年後。
僕は一人、村の中央に座っている。
たぶん、僕には家族がいる。
妻がいて、子どもがいたはずだ。
でも、思い出せない。
顔も、名前も、何も。
ただ、ときどき。
誰もいない場所から声がする。
「あなた」
優しい声。
胸が締めつけられる。
けれど振り返ると──
もう、忘れている。
***
後の時代、人々はこう呼んだ。
《空白村》。
地図には載っている。
だが、誰も知らない。
旅人の中には、こう語る者がいる。
「あそこでは、誰かに見られている気がした」
「でも振り返ると、何もいないんだ」
見えない誰かが、そこにいる。
今もずっと。
認識されないままに。
今回は「気配遮断」の概念を極端に広げました。
普通、気配遮断は、「見つからない」程度で済みます。
ですが認識論的に考えると、
「存在を知覚できない」
はかなり危険です。
人間社会は“互いを認識すること”で成立しています。
名前。
顔。
存在感。
記憶。
それらが失われると、社会は一瞬で崩壊する。
特に怖いのは、
「敵だけでなく味方にも効く」
点です。
そして最後には、
世界そのものが“存在しないもの”として扱い始める。
これはある意味、
「孤独」を能力化した話かもしれません




