<リピウス、本気になる>
渋谷の戦慄すべき事件から一週間。リピウスはようやく立ち直ってきた。
そして、自らの内にある不安を打ち消そうと、本格的な戦闘訓練に励みだした。
これまでもそれなりに頑張ってはいたのだが、渋谷での経験を経て、自らの覚悟がいかに甘すぎたかを痛感したのである。
(やっぱり、俺も平和ボケだな。本当の戦いってのは、次元の違うものだったんだ)
今までの訓練はあくまで模擬戦であり、ある意味ではゲーム感覚であったと猛省した。
「負けたら死ぬ」。そのくらいの覚悟がなければ、到底あの恐怖に打ち勝ち、本気の戦いなどできないだろう。
渋谷で感じた戦慄は、一瞬でもリピウスに死を予感させるものだった。だからこそ彼の魂が警鐘を発し、全身を震わせたのだ。
リピウスは、これまでのメイさんとの訓練を通じて、自らの欠点をある程度把握していた。
メイさんに勝てない最大の理由は「スピード」にある。
それは単純な動きの速さだけではなく、瞬間瞬間の反応速度が根本的に違うのだ。一つには人間の肉体とメイさんの義体では、根本的な性能差がある。だが、それだけならカバーも可能だ。
最大の問題は、スピードを上げた際に体の動きが追いつかず、バランスを崩してしまうことにあった。
要するに、イメージ通りにまだ体を動かせていないのである。
そこで、やはり徹底的に基本動作を繰り返し、考えるよりも先に反応するレベルまで、体に叩き込む必要があると認識した。
思えば、リピウスは基本動作を手抜きしてきた。その点、メイさんは黙々と基本動作を続けていた。この地道な積み重ねが、今の決定的な差を生み出していると考えたのだ。
あれから毎日、朝練で基本動作を繰り返し、朝食後にはメイさんに手伝ってもらって反射神経を鍛える訓練に没頭した。午後からはバランス感覚を養う運動を中心に、メイさんとの組手も交えながら特訓に励んだ。
デュークが来る日は、その時間だけリビングに戻っていたが、彼が来るとすぐに訓練室に招き入れ、メイさんとの一訓練を終えてから休憩を兼ねたコーヒータイムに入るようになった。
デュークもメイさんとの訓練を見て、これまでとの違いに驚いていた。
「なんか凄いな。だんだんおいらの目じゃ、お前らの動きが見えなくなってきたぞ」
リピウスとメイさんの激しい動きに、デュークの視界は追いつけなくなっていた。
それどころか、二人が放つ闘気のようなものが激しくぶつかり合うため、その衝撃波だけで体が吹き飛ばされそうになることもあった。
「う、うわっ! やばい、やばいって!」
そう言って、椅子を持って二人から逃げるように距離を置くことも度々であった。
* * *
こうして三ヶ月が経過すると、リピウスは10本に1本程度ならメイさんから一本奪えるようになった。
だがメイさんの人工知能も成長しているため、その差は思った以上に縮まらない。一度勝っても、次にはメイさんも対処してくるから始末が悪かった。
もう一つ、試していることがある。
現在、リピウスは霊力を10万に絞って訓練している。メイさんも同様だ。
霊力10万といっても、小型の戦術核並みの威力がある。これ以上のパワーを出すのは、流石にディメンション・ルーム内であっても恐ろしかった。
それに元々が格闘技系の動きと霊力の使い方を試す場であったため、最大パワーを使う必要もないと考えていた。
だが、そろそろ最大パワーでの動きも試したくなってきた。
リピウスの真の霊力値は122万であるが、ヨルダ爺たちには22万と認識されている。これは単に、簡易鑑定装置が100万オーバーに対応しておらず、100万の位が欠けて表示されてしまったためだ。
もっとも、どちらにしろ人間の体では、122万などという膨大な霊力を扱うことはできない。人間の肉体が耐えられるのは、せいぜい25万程度までだ。それも最高に鍛え抜いた肉体である場合の話だ。
そのため、リピウスも人間の体のままであれば、25万程度が限界になる。
ただし、リピウスは制御レベルがすでに「8」と高いため、実際には25万の160%、つまり40万程度までなら耐えられる。
まあ、制御レベルも現状は鑑定偽装で「7」に見えるようにしているので、その数値から言えば、最大パワーは22万の140%である30万まで、ということになる。
そこでまずは20万、25万、30万と、徐々にパワーを上げながら訓練を続けてみることにした。
やはりパワーを上げれば、それだけ肉体への負荷も大きくなるようだった。
メイさん側のパワーも合わせて増加させ、バリアも耐えられるレベルまで引き上げて模擬戦を行ったところ、30万を超えると二人とも体がパワーに振り回され始めた。
メイさんの義体は最高級品ではあるが、元々が戦闘タイプではないため、耐久力は霊力30万程度が限界のようだ。
そのため、現在は20万に抑えて訓練を続けている。
――そして、訓練を始めた頃、再び全身が激しい筋肉痛に襲われたことは内緒である。
今回はメイさんがいたので、数日間はメイさんの介助を受けながら不自由な生活を送る羽目になった。




