<リピウス、恐怖に慄く>
リピウスは久しぶりに一人で渋谷に来ていた。
池袋に中継拠点を設けてからは、新宿や渋谷方面へと外出することが増えていた。
外出時の姿はその時々で変えているが、一番多いのは30代の「アキバ系ぽっちゃり男」だ。なぜかその姿を一番気に入っていたが、今日は本来の素の状態に近い、20代細身のイケメン風に扮している。もちろん、顔立ちや髪型などは霊力で変化させており、素顔とはだいぶ違う印象だ。
渋谷に来たのは、若い姿の時に着る服を見に来るためだった。
現在はほとんどをウニクロで済ませているが、少しはお洒落な服も用意しておきたかったのだ。最近の若者ファッションには疎いので、実際に見て回ろうと考えたのである。
渋谷は昔からあまり馴染みはないが、リピウスにとっては今でも「若者の街といえば渋谷」というイメージが強かった。ネットで調べた店を何軒か回り、自分に合いそうな服をチェックしていく。
すると、突然。霊力探知に妙な反応が現れた。
リピウスは外出時、半径300メートルの範囲で常時霊力探知を展開している。
霊気量は「10」前後。特に異常な数値ではない。だが、なぜか反応がチラチラと点滅するのだ。
注意深く見ていなければ分からない程度だったが、常時展開しているからこそ違和感に気づいた。注視を続けると、さらに妙な反応を感じる。
それは霊気とは違う、何か禍々しい「気」としか言いようのない感覚だった。
(なんだ、これは……?)
リピウスが今まで感じたことのない、嫌な予感のする気配だった。
点滅の原因は、霊気と禍々しい気が混在しており、時折その「禍々しさ」が霊気に勝るため、その瞬間に探知が乱れるようだった。
探知を続けながら、怪しい気の持ち主へと接近していく。
反応は3つ。並んで歩いているような動きをしていた。
距離100メートルまで接近したところで、リピウスは霊力ドローンを飛ばし、その姿を確認することにした。
ドローンはすぐに、交差点で信号待ちをしている3人を捉えた。
10メートルほどの距離まで近づけ、その姿を鮮明に映し出す。
だがその瞬間、リピウスの全身に言いようのない悪寒が走った。
恐怖。
これ以上、近づきたくない。一刻も早く、この場を離れたい。
ドローンの映像を見ていることすら苦痛に感じるほどの、圧倒的な忌避感だった。
それでも我慢して映像を見続けていると、3人のうちの一人がドローンの方に視線を向けた。
その瞬間、リピウスの体はガタガタと震え出した。
(気づかれた……!?)
何もアクションをとることができず、ただ硬直する。
しかし、3人は信号が変わるとそのまま横断歩道を渡り、進んでいってしまった。
追いかけるべきか。一瞬そう考えたが、先ほどの恐怖感がぶり返し、即座に「これ以上関わってはいけない」と結論を出した。
人通りのない狭い路地へ飛び込むと、ワープゲートを開いて自宅へと逃げ帰った。
* * *
帰宅後、保存しておいたドローンの映像を改めて確認した。
3人は日本人ではなかった。
中央の初老の男は小柄で細身。イギリス風の太い縦縞柄のスーツを着て、同じ柄のシルクハットを被り、手にはステッキを持っていた。まさに頑固なイギリス老紳士といった風情だ。だがその眼光は鋭く、映像越しに顔を見ただけで、リピウスの心に再び恐怖が満ちてくる。
本能が「見てはいけない」と告げているのだ。
右側の男は大柄でがっしりとした体格。40代ほどだろうか、軍服のようなカッチリとした服装で、顔つきも厳つい。見るからに戦士という風貌だった。
左側にいたのは女性。背が高くすらりとした体形で、年齢は30前後。眼鏡をかけ、ブロンドの髪を束ねた姿はいかにもインテリ風だ。
この女性こそが、ドローンの方を振り返った人物だった。映像を見直しても、明らかに「何か」を感じ取った様子が目の動きに出ていた。ある意味、もっとも油断できない人物かもしれない。
リピウスはその日、自宅に戻ってからも霊力探知を最大出力で展開し続けた。家の周囲に結界を張り、厳重な警戒を敷く。ワープで戻った以上、跡をつけられる心配はないはずだが、それでもそうせずにはいられないほどの衝撃だった。
* * *
リピウスが逃げ帰った頃、渋谷の交差点を渡りきった例の3人組は、自分たちが誰かに見られていたことを察知していた。
「ティモラよ。お主も感じておったようだな」
英国紳士風の男が、隣を歩く長身の女性に話しかけた。
「はい。ダーズリー卿様もやはり気づいていましたか」
「うむ。なかなか面白い能力者のようだったがな。こちらが気づいたと感じたのか、意外にあっさりと消えてしまったようだ」
英国紳士風の男は、ダーズリー卿と呼ばれているようだった。
「何の話だ? 今何かあったのか?」
大柄な戦士風の男が、不思議そうな顔をして二人を見つめる。
「やっぱりガードナーは気づいていなかったのね。今しがた、誰かが私たちを監視していたのよ」
「なに! 霊界の監視人か?」
ガードナーと呼ばれた男が振り返り、辺りを見回した。
「もういないわよ。それに私の感覚だと、監視人とは少し違う感じもしたわ」
ティモラの言葉に、ダーズリー卿も頷く。
「私も同感だな。あの気配は、人間のようにも感じたよ」
「人間? 人間の能力者が、我々に気づけるほどだというのですか?」
ガードナーが驚きの声を上げた。
「そうね。今までは聞いたこともないわ。でも私も、人間かもしれないと思っていたわ」
「ふむ。まあ、既に消えたのだ。もう少し買い物を楽しもうではないか」
ダーズリー卿の言葉にガードナーが表情を緩めたが、ティモラは神妙な顔で問いかけた。
「よろしいのですか? もし監視人の協力者だった場合、あの『赤い魔女』が来るかもしれませんよ」
「う……! あれは駄目だ。赤と黒の魔女だけは勘弁だな」
大柄なガードナーが肩をすくめ、明らかに拒否反応を示した。
「ふむ。ティモラの言うことももっともだな。残念だが、ここで引き上げるとするか」
ダーズリー卿がそう告げると、彼らは人気のない路地へと入っていった。
周囲に誰もいないことを確認すると、ティモラがワープゲートを開き、3人はどこかへと消え去った。




