<老師のトドメの一言>
しかし、所長たちはまだ抵抗するようだった。
「いえ、だからと言って、このシステムが元凶だというのは、早急すぎる結論だと思いますが……」
その返事を聞いて、リピウスが変な声を上げた。
「あっれれ~? おっかしいぞ~?」
室内の全員が、何事かとリピウスを注視した。
「だってさ、さっき引き継ぎもしているって言ったでしょ。主要な担当者が総入れ替えになるほどの問題が起きているなら、引き継ぎ時に具体的な現象とかも引き継がれていたんじゃないの?」
「ふむ。それはそうじゃな。どうなんじゃ所長」
ヨルダが再び介入した。
「管理部長! 君はあの時に赴任しているのだから、その辺の引き継ぎにも立ち会っていたんじゃないのかね?」
所長は慌てて管理部長に話を振った。
「あ、はい。しかし私はその時は違う担当で、今話題になっている処理に関しては引き継ぎに関与していませんでしたから……。そうだ、主任と副主任はその時から担当だったよな」
「い、いえ。その……確かに担当でしたが、不具合があったというような話は引き継ぎでは無かったかと……」
答えながらも、何か歯切れが悪い。
「ふ~ん……。まあ良いけどさ。その引き継ぎ資料を開示してくれればハッキリするよ。それに引き継ぎ資料を作成した根拠になる、システムログ等の記録も保管されているはずだよ。でなければ、また同じ問題が発生すると考えられるからね。それら一式をヨルダ爺に開示すれば、貴方たちの責任ではないと証明できるんじゃないの?」
リピウスから再び鋭い突っ込みを受けて、エンジニアたちは何も言い返せなくなってしまった。
「それとも、引継ぎ資料を公開できない理由があるのかな?まさかヨルダ爺に、当時の関係者を探させて、事情聴取をさせる気なのかな?まあ、ヨルダ爺ならその程度の事も簡単だとは思うけどね・・・」
とリピウスが畳み込む。
「そ・それが……当時の引継ぎ資料等が見当たらない……のです。なにせ、当時はセンター内も大混乱しておりまして……」
と管理部長が苦しげな表情で弁明した。
「老師様、これは何か意図的に問題を隠蔽した可能性も有りますね」
ジンがヨルダに向かって意見を述べた。
「ふむ……思ったよりも厄介な事態なのかもしれんな……」
暫くの沈黙の後、おもむろにヨルダが発言した。
「もしじゃ、わしの方から天界の評議会へ、『封印解除がシステム的に可能であり、正規の手順以外で発生している可能性もあるかもしれん』と報告したら、どうなるかな?」
この発言に、所長以下全員が震撼した。
そんなことになれば、絶対にあり得ないという証拠を示す必要が出てきてしまう。
「そ、それは……」
所長も言葉が出てこない様子だった。
「ふむ。まあ良い。わしもそこまでする気はないからの。じゃが、人間界の人口は爆発的に増えておるんじゃよ。昔とは管理対象となる人数が極端に違っておるじゃろ。その意味で、一度システム全体をチェックし直してみるのも良いのではないかの? あくまで自主的に、の」
「お、おっしゃる通りです。私どももその辺を検討していたところでして! 老師のお言葉を胸に、計画の前倒しも含めて早急に検討し、作業に取り掛かるようにしたいと思います」
所長は必死の面持ちで老師に訴えかけた。その横ではエンジニアたちも大きく頷いて、祈るような目を老師たちに向けているのだった。
「まあ、自主的に取り組んでくれるなら、それに越したことはないのう。じゃが、わしにもシステムに詳しい友人の一人や二人はおるからのう。そやつらがその気になると、少々厄介じゃぞ」
所長たちは老師の横で、ケーキ皿に残ったクリームを指で掬い、名名残惜しそうにしているリピウスを見つめていた。
「も、もちろんです。早急に納得いただけるよう、誠心誠意努力いたします」
所長も、そう答えるのが精一杯のようであった。
* * *
その後、ヨルダたちはセンターを出た。
「老師の言葉は、だいぶ堪えたようですね」
ジンがため息交じりにヨルダに話しかけた。最後のやり取りにジンは入り込めなかったが、その緊迫した様子に引き込まれて、少々疲労感も感じていた。
「うむ。どうも霊界全体がぬるま湯で、弛んでおるように見えてきたわい」
ヨルダは妙にホッとした表情で呟くように言った。
「それにしてもリピウスさんの見識は素晴らしいですね。まるでアリエル様がシステムを作った際に立ち会っていたかのようで、途中ではふいにアリエル様の顔がダブって見えたほどですよ」
ジンは二人の後ろから、相変わらずキョロキョロ周りを見ながらついてくるリピウスを見て、感心したような声を上げた。
「ほっほっほ。それはわしもリピウスには時々感じておるよ。妙にアリエルと似た所がある様なんじゃよ」
こうしてリピウスは大役を果たして、人間界へと戻っていった。
戻る際には、「せっかく天界に来たんだからさ、もう少し天界を観光案内しておくれよ。もう二度と来られないかもしれないのだからさ」と、かなりの駄々を捏ねた。
しかし、「こんな所をウロウロしていて、嘉助や杏子に出会いでもしたら厄介じゃぞ」というヨルダ爺の一言で、諦めて素直に戻っていったのであった。




